未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜

文字の大きさ
上 下
1 / 58

華麗なる未亡人クローディア

しおりを挟む
 彼女が舞踏会の会場に一歩足を踏み入れた途端、場がざわついた。

 誰もが美女と言うに違いない顔には、あでやかな笑み。

 未亡人という言葉がつくからか、魅惑的な肢体を見て唾を嚥下する男もいた。

 色とりどりのドレスで溢れる舞踏会の中、彼女が纏う色は――黒。

 精緻なレースやフリルで仕立て上げられた、それは豪奢な漆黒の喪服ドレスを纏い、彼女――クローディアは胸の谷間も露わに舞踏会のボールルームに現れたのだ。

「どういうつもりなの?」

 貴婦人の一人が眉をひそめ、隣にいる友人に扇の陰で囁いた。

「クローディア様って、つい先日、夫のバフェット伯を亡くされたばかりでしょう? 少なくともあとひと月は城に籠もって喪に服しているものだと思っていたけれど……」

 大きなシャンデリアには何本もの蝋燭が立ち、揺らめく火がクリスタルガラスに反射する。
 大理石の床には貴族たちの姿が反射し、まるで鏡のようだ。
 天井に描かれたフレスコ画のキューピッドは、矢をつがえたまま、物言いたげな目で彼らを見下ろしている。

「皆様、ごきげんよう。どうされたのです? さあ、音楽を! こんなに楽しい舞踏会なのですから、踊らなければ損を致しますわ」

 クローディアはエメラルドグリーンの瞳を細め魅力的に笑うと、高らかに声を張り上げて、手を止めていた楽師たちに声を掛ける。

 自分の仕事を思いだした指揮者は、大きく手を振り、それに合わせて楽師たちも演奏を始めた。

 ワルツを踊る手を止めていた貴族たちは、もはや条件反射でパートナーの手を取り体を揺らし始める。

 豊かな黒髪を結い上げ、そこに深紅の薔薇を簪にして差したクローディアは、まるで舞踏会が自分のために開かれたかのように、幸せそうな顔で舞踏会に集まった人々を見ていた。

 その唇が口ずさむのは、楽師たちが演奏する音楽ではなく、どこかもの悲しいメロディーだった。

 胸元にあるダリアが刻まれたペンダントに触れ、彼女は唇をすぼませ透き通った音で口笛を吹いた。





「あの女性は?」

 一連の様子を見て、美しい金髪の王太子ディストは、ブルーアイを細め側に控えていた従者に声を掛ける。

 二十五歳の男性レンは、腰を屈めて小さな声で王太子に情報を教える。
 彼は公爵家の三男坊で、二十八歳のディストの身の回りの世話をする従者だ。

「長年病床に伏せられていた、西のバフェット領辺境伯イグナット様に嫁がれた、ルーフェン子爵家のご令嬢クローディア様です。嫁がれてから二年、辺境伯の地でイグナット様と共に静かに過ごされていたようですが」

 言われて、ディストは記憶を取り戻す。

 この国、ハーティリア王国の西にはエルガー山脈と呼ばれる雪を抱いた山々がある。

 その麓には深い森があり、昔は宝石産出国として有名だった幻の小国エチルデがあった。
 だがその小国も、あまりに宝石が採れる事で周辺国から狙われ続け、戦火にさらされた結果滅んでしまった。

 それが二十年前の話になる。

 現在、エチルデにいた民たちは難民としてバフェット領に逃れ、国は廃墟と化している。
 エチルデ領はハーティリアに属しているものの、肝心の鉱山に入る道を知る鉱夫たちは行方不明になり、巨万の富を秘めた宝物庫も、王族が亡くなった事によりどこにあるのか分からなくなってしまった。

 お宝はあるはずなのに、誰も在処が分からない。

 そんな状況になった旧エチルデを含む、西の辺境伯がイグナットだ。

 彼は先の戦で武勲を立てたものの、妻を戦火に失い、子にも先立たれた。
 そのあとしばらく独り身だったものの、つい二年前に二十歳に満たないうら若いクローディアを娶った。

(『財産目当てだ』と姉上が嬉々として噂していたな。姉上がゴシップ好きなのは昔からだから、話半分に聞いていた)

 他国に嫁いだ姉とは、姉弟仲がいいほうだ。
 嫁ぎ先から頻繁に手紙があり、なぜかハーティリアにいるディストより国内に精通している話題を提供してくるので、ありがたく思うも女の情報網は恐ろしいと思っていた。

「女はたくましいな……」

 王太子であるディストは、ボールルームより数段階段を上がった場所で、国王や王妃たちと共に座っている。
 彼は椅子の肘掛けに頬杖をつき、近くの男性を誘ってワルツに興じるクローディアを見た。

 クローディアは喪服を着ているものの、夫を失ったばかりと思えない華やかな笑顔を浮かべている。
 男性も酒が入っている上、あの美貌のクローディアに誘われては、応じる他なかったのだろう。

「しかし、おかしいですね」

 レンが呟き、ディストは「ん?」と顔を上げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)
恋愛
「俺の妃になって欲しいんだ」  従兄弟として育ってきた憂炎(ゆうえん)からそんなことを打診された名家の令嬢である凛風(りんふぁ)。  実は憂炎は、嫉妬深い皇后の手から逃れるため、後宮から密かに連れ出された現皇帝の実子だった。  自由を愛する凛風にとって、堅苦しい後宮暮らしは到底受け入れられるものではない。けれど憂炎は「妃は凛風に」と頑なで、考えを曲げる様子はなかった。  そんな中、凛風は双子の妹である華凛と入れ替わることを思い付く。華凛はこの提案を快諾し、『凛風』として入内をすることに。  しかし、それから数日後、今度は『華凛(凛風)』に対して、憂炎の補佐として出仕するようお達しが。断りきれず、渋々出仕した華凛(凛風)。すると、憂炎は華凛(凛風)のことを溺愛し、籠妃のように扱い始める。  釈然としない想いを抱えつつ、自分の代わりに入内した華凛の元を訪れる凛風。そこで凛風は、憂炎が入内以降一度も、凛風(華凛)の元に一度も通っていないことを知る。 『だったら最初から『凛風』じゃなくて『華凛』を妃にすれば良かったのに』  憤る凛風に対し、華凛が「三日間だけ元の自分戻りたい」と訴える。妃の任を押し付けた負い目もあって、躊躇いつつも華凛の願いを聞き入れる凛風。しかし、そんな凛風のもとに憂炎が現れて――――。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...