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彼を愛する事を、許してください
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しばらく鞠花は「本当なのだろうか?」と探る目で見ていたが、ふ……と息をつくと表情を和らげた。
「約束ですよ?」
「ああ」
ようやく彼女が許した――とは言わないかもしれないが、態度を軟化させてくれた事に祥吾は安堵する。
鞠花は立ち上がり、祥吾の手を握った。
八月下旬に彼女を見失ってから、実に四か月ぶりに鞠花に触れられた。
祥吾は大事そうに両手で鞠花の手を握り、そのほっそりとした輪郭を辿る。
「私には両親がいません。あなたのような人が結婚するのに、向いていない存在かもしれません。私自身も努力しますが、どうか嫁姑問題などにならないように、しっかりご家族に話を通してください」
「分かった。俺は一生、鞠花の味方だ。絶対に裏切らない」
「約束ですよ」
聖母のように微笑み、鞠花は祥吾の小指に自分のそれを絡めた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指きった」
美しい声で鞠花が昔ながらの誓いの歌を歌い、小指を話してからふわっと微笑んだ。
その微笑みを見て、祥吾は自分が〝赦された〟のだと察した。
鞠花はベッドの端に座り、ぼんやりと天井を見上げていた。
そして祈るように目を閉じる。
彼女の眦からツッ……と涙が零れ落ちるのを見て、祥吾は鞠花が今何を思っているのか分かった気がした。
(……心の中で、両親に報告しているんだろうな)
直感でそう感じた祥吾は、自分が足蹴にした彼女の両親のためにも、必ず鞠花を幸せにしてみせると自分自身に誓った。
――変わらなければ。
強く、強く己に言い聞かせる。
正しい道を教わらないクズは、いつまでもクズのままだ。
けれど改心したクズなら、間違えたあとでも正解の道を歩けるのではないだろうか。
自分がクズである事は、今更どう足掻いても変わらない。
ならばただ、より善い人間となるために足掻き、進まなければ。
クズ、最低、極悪人、人の子ではない、血の通っていない人間――。
今まで数多くの罵り言葉を受けた、外見だけ美しいモンスターは、今日で終わりだ。
周りがすぐに赦してくれなくても、一生周囲に頭を下げ続けてでも、自分の見いだしたたった一つの真実を守り抜いてゆく。
気が付けば祥吾は、長年自分の心の奥底に溜まっていた汚泥を感じなくなっていた。
すべてものを「くだらない」と感じていた感覚も、自分に媚びへつらう者や女性を軽んじる気持ちも、もう消えていた。
尽きなかった性欲も、鞠花への一途な愛の中にしかない。
心にあるのはただ、美しい花(かのじょ)の守り手として、相応しい男にならなければという想い。
そして志半ばにしてこの世を去った彼女の両親の代わりに、自分が必ず彼女を幸せにし、一生尽くすのだと改めて決意した。
**
心の中で、鞠花は両親に詫びた。
――好きになってはいけない人を、好きになってごめんなさい。
そしてもう一つ詫びる。
――彼を愛する事を、許してください。
いまだ、すべてのわだかまりを捨てて、彼の全部を赦して認めた訳ではない。
けれど、両親が生きていたのなら、「反省した人を赦せる子でいてほしい」と願うはずだ。
鞠花は自分を普通の女だと思っている。
理不尽な事があれば怒るし、腐って自棄酒をする時もある。
長い間、両親が自殺をした原因である鳳祥吾を、文字通り〝仇〟として憎んでいた。
しかし九年抱えた怨念とは別の所で出会った〝大井修吾〟は、淡々と職場と自宅の往復をしていた鞠花に、喜びと生きる理由をくれた。
一人の女性として丁寧に扱い、愛してくれた。
普段接している人に雑に扱われている訳ではないが、鞠花の心は〝修吾〟に愛されてたっぷり潤った。
「約束ですよ?」
「ああ」
ようやく彼女が許した――とは言わないかもしれないが、態度を軟化させてくれた事に祥吾は安堵する。
鞠花は立ち上がり、祥吾の手を握った。
八月下旬に彼女を見失ってから、実に四か月ぶりに鞠花に触れられた。
祥吾は大事そうに両手で鞠花の手を握り、そのほっそりとした輪郭を辿る。
「私には両親がいません。あなたのような人が結婚するのに、向いていない存在かもしれません。私自身も努力しますが、どうか嫁姑問題などにならないように、しっかりご家族に話を通してください」
「分かった。俺は一生、鞠花の味方だ。絶対に裏切らない」
「約束ですよ」
聖母のように微笑み、鞠花は祥吾の小指に自分のそれを絡めた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指きった」
美しい声で鞠花が昔ながらの誓いの歌を歌い、小指を話してからふわっと微笑んだ。
その微笑みを見て、祥吾は自分が〝赦された〟のだと察した。
鞠花はベッドの端に座り、ぼんやりと天井を見上げていた。
そして祈るように目を閉じる。
彼女の眦からツッ……と涙が零れ落ちるのを見て、祥吾は鞠花が今何を思っているのか分かった気がした。
(……心の中で、両親に報告しているんだろうな)
直感でそう感じた祥吾は、自分が足蹴にした彼女の両親のためにも、必ず鞠花を幸せにしてみせると自分自身に誓った。
――変わらなければ。
強く、強く己に言い聞かせる。
正しい道を教わらないクズは、いつまでもクズのままだ。
けれど改心したクズなら、間違えたあとでも正解の道を歩けるのではないだろうか。
自分がクズである事は、今更どう足掻いても変わらない。
ならばただ、より善い人間となるために足掻き、進まなければ。
クズ、最低、極悪人、人の子ではない、血の通っていない人間――。
今まで数多くの罵り言葉を受けた、外見だけ美しいモンスターは、今日で終わりだ。
周りがすぐに赦してくれなくても、一生周囲に頭を下げ続けてでも、自分の見いだしたたった一つの真実を守り抜いてゆく。
気が付けば祥吾は、長年自分の心の奥底に溜まっていた汚泥を感じなくなっていた。
すべてものを「くだらない」と感じていた感覚も、自分に媚びへつらう者や女性を軽んじる気持ちも、もう消えていた。
尽きなかった性欲も、鞠花への一途な愛の中にしかない。
心にあるのはただ、美しい花(かのじょ)の守り手として、相応しい男にならなければという想い。
そして志半ばにしてこの世を去った彼女の両親の代わりに、自分が必ず彼女を幸せにし、一生尽くすのだと改めて決意した。
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心の中で、鞠花は両親に詫びた。
――好きになってはいけない人を、好きになってごめんなさい。
そしてもう一つ詫びる。
――彼を愛する事を、許してください。
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けれど、両親が生きていたのなら、「反省した人を赦せる子でいてほしい」と願うはずだ。
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