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覚悟と誠意
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やがて鞠花は落ち着きを取り戻し、室内にあったティッシュで鼻をかんだ。
そしてようやく椅子に座り、溜め息をつく。
「……あなたが大井修吾ではなく、鳳祥吾だと知った時、あなたが『刺されるかもしれない』と言っていた言葉もすべて納得できました。あなたはまごうことなきクズで、最低な人間だから」
ズクン、と祥吾の心が傷つく。
自分でクズと言うのと、最愛の人から憎しみを込められて言われるのとでは、受けるダメージがまったく異なる。
そして鞠花は祥吾を「クズ」と言う権利があり、彼女の言う事は何一つ間違えていない。
「私はあなたを愛していて、あなたにもしプロポーズされたら、受けようとも思っていました。だからこそ、テレビ番組であなたの姿を見て正体を知ったあと、直接会って自分の感情を叩きつけず、消える事を選択しました」
今ならもう、すべてを理解できている。
「……俺にとどめを刺しに来た?」
苦く笑ってみせたが、鞠花はまた溜め息をつき窓の外を見る。
「……殺したいとは思いましたが、それを実行するかといえばまた別です。私の両親は、私が生き延びて幸せになる事を望んでいました。両親はあなたの事を、恨んでいた訳でもありませんでした。両親が最後まで恨んだのは自分たちのふがいなさです。最後まで私の両親は、自分たちの末路を誰かのせいになどしませんでした」
「……それは、……すまない」
鞠花はまた息をつき、室内に沈黙が落ちる。
「俺はどうやって君に償えばいい?」
「……亡くなった人は蘇りません」
きっぱりと言われて、祥吾は頷く。
また沈黙が落ちたあと、鞠花が尋ねてきた。
「あなたは本当に改心して、私を愛そうとしたんですか?」
その問いを受け、祥吾は必死に訴える。
「本当だ。鞠花のために、いい夫になろうと思っているし、君が望むならすべてを差し出そうと思っている」
しばらく鞠花は、その言葉の真偽を問うように祥吾を見つめる。
祥吾は、ただ自分の想いが伝わるようにと、鞠花を見つめ返すしかできなかった。
すべての信頼を失っている今、どんな言葉を重ねてもただの言い訳にしかならない。
そして鞠花が舌先三寸の言葉で誤魔化される人ではない事も、重々承知していた。
見つめ合ったまま、どちらも視線を外さない。
やがて溜め息と共に視線を外したのは、鞠花の方だった。
「……じゃあ、私の言う事を聞いてください」
鞠花が自分の主張を通したがるのは珍しいと思ったが、自分の犯した罪を思えば、彼女の願いをすべて叶えたいと思った。
「何でも聞く」
瞳に覚悟を宿し、祥吾は頷く。
「怪我が完治してからでいいので、今まであなたが雑に扱った人たちに対して、誠実な謝罪をしてください。謝罪を受けて、その人たちの心の傷が癒えるとは思いません。ですが謝罪せずのうのうと生きて、恨まれ続けるよりはマシです」
言われて、鞠花らしいなと思いながら祥吾は「分かった」と頷いた。
「今後、あなたの側にいる者として、私や生まれる子まで恨まれては困ります。その前に、あなたは未来の夫として、父親として、家族を守る行動を取ってください」
その言葉を聞き、祥吾は目を丸くした。
鞠花の言葉を理解するまで数秒を要し、ノロノロと問う。
「……俺と、結婚してくれるのか?」
尋ねられ、鞠花の表情に初めて怒り以外の感情が浮く。
「……あなたがどんなクズだったとしても、私はあなたを愛してしまった」
また鞠花の表情が、泣きそうに歪む。
けれどそれは先ほどの悲しみとは異なった、もっと切ないものだった。
「…………っ、大っ嫌いで、憎んでいたのに……っ! ~~~~、あなたは……っ、私にとって、とてもいい恋人だったんです! あなたほど優しくて、とても素敵な人は他に知らない……っ」
ポロポロと、鞠花の頬に水晶のような涙が零れる。
――あぁ、鞠花は本当に心の綺麗な女なんだな。
それを見ながら、祥吾は痛感する。
普通なら、どんな付き合いをしても、自分の両親を死に追いやった相手を前にしたら冷静でいられないだろう。
だが鞠花は、二つの事柄をきちんと分けて考えている。
どんなに泣き叫んで自分に恨み言を述べ連ねても、彼女の根っこの部分はやはり冷静で理知的だ。
「こうなってまだあなたが私を望むというのなら、私もその気持ちに応えたいです。でも、本当にあなたが過去の自分と決別したというのなら、相応の覚悟と誠意を見せてもらいたい。それが私の望みです」
透明な涙を流しながらも、背筋を伸ばして座る鞠花は、凛としていて美しい。
「分かった。鞠花の望みをすべて聞く。俺は生まれ変わる」
きっぱり言って頷いた祥吾を、鞠花はまた見つめる。
そしてようやく椅子に座り、溜め息をつく。
「……あなたが大井修吾ではなく、鳳祥吾だと知った時、あなたが『刺されるかもしれない』と言っていた言葉もすべて納得できました。あなたはまごうことなきクズで、最低な人間だから」
ズクン、と祥吾の心が傷つく。
自分でクズと言うのと、最愛の人から憎しみを込められて言われるのとでは、受けるダメージがまったく異なる。
そして鞠花は祥吾を「クズ」と言う権利があり、彼女の言う事は何一つ間違えていない。
「私はあなたを愛していて、あなたにもしプロポーズされたら、受けようとも思っていました。だからこそ、テレビ番組であなたの姿を見て正体を知ったあと、直接会って自分の感情を叩きつけず、消える事を選択しました」
今ならもう、すべてを理解できている。
「……俺にとどめを刺しに来た?」
苦く笑ってみせたが、鞠花はまた溜め息をつき窓の外を見る。
「……殺したいとは思いましたが、それを実行するかといえばまた別です。私の両親は、私が生き延びて幸せになる事を望んでいました。両親はあなたの事を、恨んでいた訳でもありませんでした。両親が最後まで恨んだのは自分たちのふがいなさです。最後まで私の両親は、自分たちの末路を誰かのせいになどしませんでした」
「……それは、……すまない」
鞠花はまた息をつき、室内に沈黙が落ちる。
「俺はどうやって君に償えばいい?」
「……亡くなった人は蘇りません」
きっぱりと言われて、祥吾は頷く。
また沈黙が落ちたあと、鞠花が尋ねてきた。
「あなたは本当に改心して、私を愛そうとしたんですか?」
その問いを受け、祥吾は必死に訴える。
「本当だ。鞠花のために、いい夫になろうと思っているし、君が望むならすべてを差し出そうと思っている」
しばらく鞠花は、その言葉の真偽を問うように祥吾を見つめる。
祥吾は、ただ自分の想いが伝わるようにと、鞠花を見つめ返すしかできなかった。
すべての信頼を失っている今、どんな言葉を重ねてもただの言い訳にしかならない。
そして鞠花が舌先三寸の言葉で誤魔化される人ではない事も、重々承知していた。
見つめ合ったまま、どちらも視線を外さない。
やがて溜め息と共に視線を外したのは、鞠花の方だった。
「……じゃあ、私の言う事を聞いてください」
鞠花が自分の主張を通したがるのは珍しいと思ったが、自分の犯した罪を思えば、彼女の願いをすべて叶えたいと思った。
「何でも聞く」
瞳に覚悟を宿し、祥吾は頷く。
「怪我が完治してからでいいので、今まであなたが雑に扱った人たちに対して、誠実な謝罪をしてください。謝罪を受けて、その人たちの心の傷が癒えるとは思いません。ですが謝罪せずのうのうと生きて、恨まれ続けるよりはマシです」
言われて、鞠花らしいなと思いながら祥吾は「分かった」と頷いた。
「今後、あなたの側にいる者として、私や生まれる子まで恨まれては困ります。その前に、あなたは未来の夫として、父親として、家族を守る行動を取ってください」
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また鞠花の表情が、泣きそうに歪む。
けれどそれは先ほどの悲しみとは異なった、もっと切ないものだった。
「…………っ、大っ嫌いで、憎んでいたのに……っ! ~~~~、あなたは……っ、私にとって、とてもいい恋人だったんです! あなたほど優しくて、とても素敵な人は他に知らない……っ」
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