32 / 40
贅沢病
しおりを挟む
それから一週間後、金曜日の朝にいつものように東が祥吾の自宅まで迎えに来た。
「社長、おはようございます」
合い鍵で部屋に入ってきた東は、カーテンを開けキビキビと動く。
まだベッドに入っている祥吾と、ベッドサイドにあるウィスキーの空き瓶とグラスを見て、彼女は盛大な溜め息をついた。
「またこんなに飲んで……」
「……仕事はする」
下着一枚でキングサイズのベッドに寝ていた祥吾は、うめきながら寝返りを打つ。
「そんなにその女性の事が好きだったんですか?」
東に尋ねられ、祥吾は薄く目を開いた。
――何気なく横に置いた腕に、以前なら鞠花の頭がのっていたのに。
「……好きだ……。本気で、……惚れてる……」
窓の方を向いて呟いた祥吾は、自分の後ろで東がどのような表情をしていたのか見えていなかった。
東がギリ……と歯ぎしりをしたのも、気付いていなかった。
「『惚れてる』って、現在進行形なんですね」
「……ああ……。――――あっ……?」
その時、脇腹にドスッと何かが突き刺さった。
「っ――――ぁー…………。……ぃ、てぇ…………」
ノロノロと右脇腹を見ると、果物ナイフの柄が生えていた。
信じられない、という表情で東を見上げると、彼女は美しい顔を歪めて金切り声を上げた。
「裏切り者!!」
叩きつけるように怒鳴られ、一瞬ベッドルームにキィンッと彼女の声が反響した。
「私はずっと社長をお側で支えてきましたよね? 私の気持ちが分からなかったんですか? 分かっていたから、他の女性をつまみ食いしつつも一番側にいた私を特別扱いしてくださっていたのだと思っていました。夫には勿論内緒にしましたし、あなたに抱かれるのが何よりの幸せだった」
そこで息継ぎをし、東は釣り上がった眼からボロボロと涙を零す。
「あなたの言う事なら何でも聞いたのに! 私はただの性処理係だったの? いつか他のくだらない女に愛想を尽かしたあと、私の良さに気付いてくれると思っていたのに! そうしたら、あんなつまらない夫なんて捨ててあなたの妻になったのに!」
刺された所が焼けつくように熱い。
――いや、刃の冷たさが肉に伝わって、そこからゾクゾクと寒気が伝わってきている気もする。
(ここで……死ぬのか……?)
激痛で動けないなか、東がギャアギャアと何かを喚いているのが聞こえるが、祥吾はほとんど理解していない。
最後に東は「死ね!!」と叫んで部屋を出て行った。
少ししてから玄関のドアが閉まる音がし、彼女が去って行ったのが分かる。
そしてシン……と静寂が訪れた。
傷に響かないようにごく浅く呼吸をしても、刺された部分はズキズキと痛んだ。
『もしも誰かに刺された時は、凶器を抜いてはいけませんからね。余計に血が出てしまいます』
こんな時になって、鞠花の言葉を思い出した。
自分が大勢の人の恨みを買っていると話した時、「いつか刺されるかもしれない」と冗談交じりに言った。
すると鞠花は真剣な顔で、そう言ってきたのだ。
実に、看護師の彼女らしい。
(……このまま、死んじまってもいいのかもな……)
鞠花に見放された今、生きている意味を見失った。
今は享楽的に過ごしていた日々に、戻ろうとすら思わない。
本当に欲しいもの――鞠花を知ってしまった以上、彼女が手に入らないなら死んでしまってもいいのでは……とすべてを捨てかけた。
――と、鞠花の別の言葉も思い出す。
『私、命を軽んじる人は嫌いです。それは命の重みを分かっていない人の、贅沢病ですから』
「社長、おはようございます」
合い鍵で部屋に入ってきた東は、カーテンを開けキビキビと動く。
まだベッドに入っている祥吾と、ベッドサイドにあるウィスキーの空き瓶とグラスを見て、彼女は盛大な溜め息をついた。
「またこんなに飲んで……」
「……仕事はする」
下着一枚でキングサイズのベッドに寝ていた祥吾は、うめきながら寝返りを打つ。
「そんなにその女性の事が好きだったんですか?」
東に尋ねられ、祥吾は薄く目を開いた。
――何気なく横に置いた腕に、以前なら鞠花の頭がのっていたのに。
「……好きだ……。本気で、……惚れてる……」
窓の方を向いて呟いた祥吾は、自分の後ろで東がどのような表情をしていたのか見えていなかった。
東がギリ……と歯ぎしりをしたのも、気付いていなかった。
「『惚れてる』って、現在進行形なんですね」
「……ああ……。――――あっ……?」
その時、脇腹にドスッと何かが突き刺さった。
「っ――――ぁー…………。……ぃ、てぇ…………」
ノロノロと右脇腹を見ると、果物ナイフの柄が生えていた。
信じられない、という表情で東を見上げると、彼女は美しい顔を歪めて金切り声を上げた。
「裏切り者!!」
叩きつけるように怒鳴られ、一瞬ベッドルームにキィンッと彼女の声が反響した。
「私はずっと社長をお側で支えてきましたよね? 私の気持ちが分からなかったんですか? 分かっていたから、他の女性をつまみ食いしつつも一番側にいた私を特別扱いしてくださっていたのだと思っていました。夫には勿論内緒にしましたし、あなたに抱かれるのが何よりの幸せだった」
そこで息継ぎをし、東は釣り上がった眼からボロボロと涙を零す。
「あなたの言う事なら何でも聞いたのに! 私はただの性処理係だったの? いつか他のくだらない女に愛想を尽かしたあと、私の良さに気付いてくれると思っていたのに! そうしたら、あんなつまらない夫なんて捨ててあなたの妻になったのに!」
刺された所が焼けつくように熱い。
――いや、刃の冷たさが肉に伝わって、そこからゾクゾクと寒気が伝わってきている気もする。
(ここで……死ぬのか……?)
激痛で動けないなか、東がギャアギャアと何かを喚いているのが聞こえるが、祥吾はほとんど理解していない。
最後に東は「死ね!!」と叫んで部屋を出て行った。
少ししてから玄関のドアが閉まる音がし、彼女が去って行ったのが分かる。
そしてシン……と静寂が訪れた。
傷に響かないようにごく浅く呼吸をしても、刺された部分はズキズキと痛んだ。
『もしも誰かに刺された時は、凶器を抜いてはいけませんからね。余計に血が出てしまいます』
こんな時になって、鞠花の言葉を思い出した。
自分が大勢の人の恨みを買っていると話した時、「いつか刺されるかもしれない」と冗談交じりに言った。
すると鞠花は真剣な顔で、そう言ってきたのだ。
実に、看護師の彼女らしい。
(……このまま、死んじまってもいいのかもな……)
鞠花に見放された今、生きている意味を見失った。
今は享楽的に過ごしていた日々に、戻ろうとすら思わない。
本当に欲しいもの――鞠花を知ってしまった以上、彼女が手に入らないなら死んでしまってもいいのでは……とすべてを捨てかけた。
――と、鞠花の別の言葉も思い出す。
『私、命を軽んじる人は嫌いです。それは命の重みを分かっていない人の、贅沢病ですから』
3
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる