【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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贅沢病

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 それから一週間後、金曜日の朝にいつものように東が祥吾の自宅まで迎えに来た。

「社長、おはようございます」

 合い鍵で部屋に入ってきた東は、カーテンを開けキビキビと動く。

 まだベッドに入っている祥吾と、ベッドサイドにあるウィスキーの空き瓶とグラスを見て、彼女は盛大な溜め息をついた。

「またこんなに飲んで……」

「……仕事はする」

 下着一枚でキングサイズのベッドに寝ていた祥吾は、うめきながら寝返りを打つ。

「そんなにその女性の事が好きだったんですか?」

 東に尋ねられ、祥吾は薄く目を開いた。

 ――何気なく横に置いた腕に、以前なら鞠花の頭がのっていたのに。

「……好きだ……。本気で、……惚れてる……」

 窓の方を向いて呟いた祥吾は、自分の後ろで東がどのような表情をしていたのか見えていなかった。

 東がギリ……と歯ぎしりをしたのも、気付いていなかった。

「『惚れてる』って、現在進行形なんですね」

「……ああ……。――――あっ……?」

 その時、脇腹にドスッと何かが突き刺さった。

「っ――――ぁー…………。……ぃ、てぇ…………」

 ノロノロと右脇腹を見ると、果物ナイフの柄が生えていた。
 信じられない、という表情で東を見上げると、彼女は美しい顔を歪めて金切り声を上げた。

「裏切り者!!」

 叩きつけるように怒鳴られ、一瞬ベッドルームにキィンッと彼女の声が反響した。

「私はずっと社長をお側で支えてきましたよね? 私の気持ちが分からなかったんですか? 分かっていたから、他の女性をつまみ食いしつつも一番側にいた私を特別扱いしてくださっていたのだと思っていました。夫には勿論内緒にしましたし、あなたに抱かれるのが何よりの幸せだった」

 そこで息継ぎをし、東は釣り上がった眼からボロボロと涙を零す。

「あなたの言う事なら何でも聞いたのに! 私はただの性処理係だったの? いつか他のくだらない女に愛想を尽かしたあと、私の良さに気付いてくれると思っていたのに! そうしたら、あんなつまらない夫なんて捨ててあなたの妻になったのに!」

 刺された所が焼けつくように熱い。

 ――いや、刃の冷たさが肉に伝わって、そこからゾクゾクと寒気が伝わってきている気もする。

(ここで……死ぬのか……?)

 激痛で動けないなか、東がギャアギャアと何かを喚いているのが聞こえるが、祥吾はほとんど理解していない。

 最後に東は「死ね!!」と叫んで部屋を出て行った。

 少ししてから玄関のドアが閉まる音がし、彼女が去って行ったのが分かる。

 そしてシン……と静寂が訪れた。

 傷に響かないようにごく浅く呼吸をしても、刺された部分はズキズキと痛んだ。



『もしも誰かに刺された時は、凶器を抜いてはいけませんからね。余計に血が出てしまいます』



 こんな時になって、鞠花の言葉を思い出した。

 自分が大勢の人の恨みを買っていると話した時、「いつか刺されるかもしれない」と冗談交じりに言った。

 すると鞠花は真剣な顔で、そう言ってきたのだ。
 実に、看護師の彼女らしい。

(……このまま、死んじまってもいいのかもな……)

 鞠花に見放された今、生きている意味を見失った。

 今は享楽的に過ごしていた日々に、戻ろうとすら思わない。

 本当に欲しいもの――鞠花を知ってしまった以上、彼女が手に入らないなら死んでしまってもいいのでは……とすべてを捨てかけた。

 ――と、鞠花の別の言葉も思い出す。



『私、命を軽んじる人は嫌いです。それは命の重みを分かっていない人の、贅沢病ですから』
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