【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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甘えていいんだよ

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 元彼とのセックスは、触れ合ってイチャイチャするのは好きでも、乳首や秘部を強く扱われると痛く、時に我慢が必要な行為だった。

「痛いから優しくして」と理由と要望を言えば、きっと聞き入れてくれたかもしれない。
 けれど男性は性的な事において意見を言うと、とても傷ついてやる気を失うとも聞いていたので、言えなかった。

(修吾さんはどうなんだろう……。女性に慣れてそうだけど)

 ソファの上で膝を抱え、鞠花は膝に顔を伏せて目を閉じた。





 どれだけそうしていたのか、トントンと肩がつつかれる。

「っ……はい!?」

 ウトウトしかけていた鞠花は素っ頓狂な声を上げ、バッと顔を上げた。

「疲れてる? 大丈夫か?」

 目の前にはバスローブを羽織った修吾がいて、気遣わしげな目を向けていた。

「あ、いえ。大丈夫です」

「なら良かった」

 彼は手に持っていた水のペットボトルを、ゴッゴッ……と喉を鳴らして飲み干してゆく。

(あ……。喉仏)

 上下する喉仏を見て、彼の性を改めて意識した。

「……できる?」

 トン、と空になったペットボトルをテーブルに置き、修吾が尋ねてくる。
 その問いかけは、「嫌ならここで引き返してもいいよ」と、鞠花に逃げ道を示していた。

「……大丈夫です」

 鞠花は立ち上がり、俯いて赤面しつつもハッキリとした声で返事をする。

「じゃあ……、おいで」

 差し出された手は、大きい。

 節くれ立った男性の手を見て鞠花は胸を高鳴らせ、自分の手を重ねた。





 ベッドルームのすぐ手前には茶室があり、皇居を望む大きな一枚ガラスの窓の手前に、キングサイズのベッドがあった。

 勿論、生まれて初めてのキングサイズベッドだ。

 鞠花はおずおずとベッドの上にのり、どうしたらいいか分からず正座した。
 修吾はリラックスした様子でベッドに座り、指の背で鞠花の頬を撫でてくる。

「ん……」

 優しく何度か撫でられ、壊れ物でも扱うかのような手つきだ。

 やがて修吾は鞠花のロングヘアに指を掻き入れ、サラサラと梳っていく。
 元彼にこんな風に優しく扱われた事はなく、鞠花は戸惑って彼を見る。

「ん? どうした?」

 その目に気づき、修吾が微笑む。

「……すぐ、キスしたりしないんだなって思って……」

 すると彼はクシャッと笑った。

「せっかくのご馳走があるのに、すぐ食べ散らかしたら勿体ないだろう? 料理もワインも、まず見て楽しんで、香りを嗅ぐとか順番はある。女性を抱けるからってすぐにがっつくのは、慣れてない奴のする事だ。相手はちゃんと心のある、人間だからな」

 鞠花を見つめ、修吾は彼女の頭を撫でる。

「…………っ」

 頭を撫でられた事など、子供の頃以来ない。

 甘えていいんだよ、というサインに思えて、長年「一人で頑張らないと」と張り詰めてきた鞠花の心が震える。
 このままでは泣き出してしまいそうで、鞠花は下を向き必死に唇を噛む。

 彼女の心の内を察したかのように、修吾が囁いてきた。

「甘えていいんだよ。抱きついて、泣いてもいい。セックスは心を見せる行為だから。鞠花が俺を信頼して心を見せてくれるなら、きっとお互い気持ち良くなれると思う」

 修吾の言葉が、やけに胸に響いた。

 元彼と修吾を比べてはいけないが、自分は元彼に甘えられていなかったと今自覚した。
 いつも気を張っていて、元彼の前でも「きちんとしないと」と思っていた。

 彼の少しだらしない所を見つけては、「仕方ないなぁ」と母親のように思って、悪癖が直ればいいなとやんわり注意をしていた。
 時々、「お前って母親みたいだよな」と言われたあの台詞は、きっと鞠花が甘える事を望む裏返しの言葉だったのだろうか。

 ――申し訳ない。

 今さらになってズシッと情けなさと悲しみが押し寄せ、涙が零れる。

「……っごめ、……なさ……っ」

 こみ上げたものを堪えきれず、鞠花は小さく嗚咽しだす。
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