【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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ホテル

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 けれどここで目を逸らしたら、気持ちを真摯に伝えられない気がした。

 修吾は尋ねられて一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したような、苦笑いの表情になった。

「ならないよ。それは言える。逆に鞠花がもっと引く事を言えば、鞠花となら結婚してもいいと思ってる」

 結婚と言われ、鞠花のほうこそ驚いて目をまん丸にした。

「こんな風に価値観を書き換えられたのは初めてなんだ。今までの俺はとても最低な人間だった。そんな俺に鞠花は一般人の常識と、表面だけで判断しない誠実さを教えてくれた。俺は人をあまり簡単に信用しない。でも、鞠花は勘で『信じていい』と思っているんだ。……あんまりにも直感的で、自分でも笑ってしまうんだが」

 聞けば三十四歳という修吾が、学生のような事を言ってはにかんでいる。
 けれど彼の環境を考えると、今まで人を信じられずに過ごしてきたというは仕方がないように思えた。

「……じゃあ、信じます」

 鞠花の心の奥に、コトリと納得が落ちる。

 だから彼女は頷いていた。



**



 入ったのは日比谷にある五つ星ホテルだった。

 生まれて初めて入るスイートルームを一通り満喫したあと、裸を見られるのは恥ずかしいからと、一人で風呂に入らせてもらった。
 東京の夜景を見下ろしながらジェットバスに入るのがとてもゴージャスで、それだけで満足してしまったが、ここには修吾に抱かれるために来た。

(もっとエステとか行ってれば良かった)

 シャワーブースで丁寧に髪と体を洗った鞠花は、しっかり温まりながら溜め息をつく。

 一応、同僚にデート前に何に気を遣っているか尋ね、とりあえず自宅でパックやスクラブなどを全身に念入りに施してきた。

 幸か不幸か、脱毛はしてある。

 というのも男性のためではなく、病院勤めをしていると「脱毛してあると、下のお世話するのに楽だよね」という生々しい話を同僚としていたからだ。
 自分にもいつ何が起こるか分からず、その時は衛生を考えてお金のあるうちに脱毛を……と思い、してあったのだ。

「肌……、気持ちいいって思ってくれたらいいな」

 何とはなしに自分の腕や太腿を撫でれば、自分では「悪くない」と思える手触りがある。
 全身の無駄毛という無駄毛を脱毛したので、どこもかしこもスベスベ……と自分では思っている肌が、密かな自慢だった。

 他の女性だって普通に脱毛している時代だし、肌の手入れをしている人はもっとしているので、自分が特別にとは思わないが。

(あんまり待たせても悪いから、そろそろ出よう)

 絶景を見下ろしながらの風呂に別れを告げ、バスルームを出た鞠花はバスタオルで丁寧に体を拭き、今日のための少しいい下着をつける。

 ドライヤーで髪を乾かし、有名ハイブランドのアメニティを恐る恐る使い、最後に火照りが収まった体にバスローブを羽織った。

「お待たせしました」

 リビングに戻ると、修吾はオットマンに足をのせて水割りを飲んでいた。

「もっとゆっくり入っていても良かったのに。俺も入っていいか?」

「どうぞ」

「キッチンにある飲み物は自由に飲んでいいよ」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 鞠花に微笑んだあと、修吾はバスルームに向かった。

 シャンデリアの下がったラグジュアリーなリビングを見回し、窓辺に寄って摩天楼をぼんやりと眺める。

 やがて鞠花は息をつくと、厚意に甘えてキッチンに向かう事にした。
 冷蔵庫にはいわゆるミニバー的に様々な飲料が入っていて、他にワインやブランデーなどもある。

(凄いな……)

 触るのは怖いので見るだけだが、どれも一本数万円以上しそうだ。
 大人しく水のペットボトルをもらうと、鞠花はリビングに戻ってソファに座り、コクコクと飲み始めた。

(男の人に抱かれるのって、久しぶりだな)

 そう思うと今更ながらドキドキしてくる。

 夕食からはあっという間の流れだったので、受け入れたものの状況を冷静に理解できないままだった。

 別に変態的な事をされる訳ではない。
 二十代にもなればセックスなど誰でも普通にしている。

 元彼とは大した喧嘩はせず、セックスにも不満はなかった。

 ただ時々友人が「凄く上手い人がいて、とっても気持ち良かった」と言っていた事については、未知の領域だった。
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