【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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ささやかで、手に入りづらいもの

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 けれど修吾は先ほど鞠花からもらったメモ用紙に自分の連絡先を書き、それを握らせた。

「連絡帳に加えておいてもらえますか? 鞠花さんの都合のいい時に、食事に行けたらと思います」

「……はい」

「本当にいいんですって」と言いたい気持ちはあったが、修吾からすれば命の恩人なのだろう。

 彼の気持ちを考えると、お礼をしたいと思う気持ちも分かる。

 ひとまず理解を示してから家を出ると、早朝より気温が上がっていた。

「一人暮らし、危なくないですか?」

「え? ……んー、まぁ力仕事とかは不便だなって思いますけど、一人暮らしそのものについては、もう慣れています」

「そう……ですか」

 狭いエレベーターの中で、フワッといい匂いがしたのは修吾の香水だろうか。

(格好いい人は匂いも格好いいんだな)

 鞠花は香水にさほど興味はないが、「この匂いはいいな」と少し思う。

 やがてエレベーターは一階につき、二人は別れる事になった。

「それじゃあ、お気をつけて」

 ペコリと頭を下げると、修吾も丁寧に頭を下げた。

「助けてもらったご恩、きちんとお返しします」

「いいですって」

 軽く笑ってから、鞠花はいつもの道を歩き始めた。



**



 祥吾は近くを走っていたタクシーに乗り込み、鞠花の家からさほど離れていない自宅に戻った。

「あぁ……、死ぬかと思った」

 人から恨みを買っている自覚はあるが、まさか刃傷沙汰になると思っていなかった。

 鞠花に手当てをしてもらったものの、胸板の傷はチリチリと痛んでいる。

 コンビニTシャツを着たまま、祥吾はリビングのカウチソファに寝転び天井を見上げる。

(妙な気分だ)

 目を閉じると、鞠花の家の感覚がまだ生々しく蘇る。

 女性が生活している小さな部屋。

 彼女が料理を作る音に、匂い。
 脱衣所から聞こえた衣擦れの音に、シャワーの水音。

 手に入れようと思えば、祥吾の周囲にいる女性たちが喜んで差し出してくるものばかりだ。

 なのに〝あれ〟だけは、強引に手に入れてはいけない気がする。

 無理矢理掴んで手元に引き寄せようとしたら、手の中でクシャリと壊れてしまいそうな感覚がする。

 そして直感で、鞠花は祥吾が身分を明かして「付き合おう」と言っても、「光栄ですが、お断りします」と言う気がする。

 たおやかで線の細い女性に見えて、鞠花は一筋縄でいかない人だと雰囲気から分かる。

 それでなければ、目の前で人が襲われているのに、あれだけ冷静な対応はできないだろう。

 明らかに、鞠花は今まで祥吾が接してきた女性とは違う。

 一つやり方を間違えれば、二度と会う事もできなくなるだろう。
 だから、今までの女性と同じやり方をしては、簡単に失ってしまう。

「……なんでこんな気分になるんだ」

 腕で目元を覆い、祥吾は呟く。

 けれど考えても考えても分からず、彼は小さく舌打ちをしてから、彼女を連れて行くレストランを考え始める。

「何が好きなのか聞いたほうがいいんだろうか。俺の好きな店はあるけど……」

 一度考え始めると気になってしまい、祥吾はつい鞠花にメッセージを送っていた。

『先ほどはありがとうございます。無事帰りました。食事に行くのに都合のいい日があったら教えてください。ちなみに好きな料理があったら、教えてください。和洋中、フレンチ、イタリアン、寿司、アジア、食べ歩いているので、色々店は知っています』

 メッセージを送ってからぼんやりしていると、ピコンと音がした。
 とっさにスマホを掴んで起動させると、鞠花から返事がある。

 ちなみに祥吾のアカウント名はただ『S』と書いてあるだけなので、祥吾でも修吾でもごまかせた。

『無事ご帰宅されたようで何よりです。もし何かあったら、すぐ警察に通報してくださいね。何かあってからでは遅いですから。食事のお誘い、逆に気を遣わせてしまってすみません。スケジュールを確認しましたら、一番近くて今週の金曜日なら空いています。昼間空いている日もあるのですが、夜勤の前に出掛けるのは避けたいです。ちなみに好き嫌いはありませんので、修吾さんのオススメで結構です』

 鞠花のメッセージは、想像していた通り祥吾に媚びる言葉は使わず、要件のみ伝えるものだ。

 彼女のフラットな態度がどうにも気に掛かり、ソワソワする。

 ――もっと自分に女としての顔を見せてほしい。
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