【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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朝食

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 クラブで音に酔い、朝まで飲んで相手が誰か分からないのに、複数人とセックスした。

 勧められるがままに、好奇心で〝気持ち良くなる葉っぱ〟を吸った事もあった。

 あの頃から決まった彼女はおらず、自分を巡って女性たちが勝手に争うのを、楽しく見ていた。
 友達の彼女を寝取った事もあったし、年上のOLのマンションにも入り浸っていた。

『君、いつまでもこんな生活してたら、まともな人間になれないよ』

 セックスしたあとに言った彼女も、上司と不倫していたのだからお互い様だ。

 ――あの時彼女が吸っていた煙草の銘柄は……。

 そこまで考えた時、鞠花がシャワーを浴び終えてアコーディオンドアを開けた。

「すみません、お待たせしました。本来、初対面の男性の前でシャワーなんて入るものじゃないですが、ジョギングをしていたので……。私もすぐ、ご飯を食べたあと出勤する準備をしなければなりませんし」

 真面目な表情ながらも、やや恥じらって言い訳をする彼女がどこかおかしい。

「いえ、お気にせず。世話になってるのはこっちですから」

 グリルにセットしていた魚は十五分少しで焼け、彼女はその間にあっという間にシャワーを浴び終えた。
 髪をバスタオルで包んだまま、彼女は塩鮭を皿に取ると、祥吾の前に白米を盛った茶碗などを並べていく。

「ご飯、これぐらいでいいですか?」

 自分が食べるより、少し多いぐらいと考えたのだろうか。

 そうやって気遣われるのも慣れていなくて、どこかこそばゆい。

「ええ、ありがとうございます」

「先に食べていてください。私、髪を乾かしたらコンビニまでTシャツを買いに行きます」

「あっ、すみません! 自分で買いますから大丈夫です」

「どうか任せてください。上半身裸の男性がうろついたらそれこそ通報案件ですよ?」

 言われてそれもそうだと思い、厚意に甘える事にした。

 鞠花はドライヤーで髪を乾かし、仕事用なのか髪をきっちりまとめたあと、Tシャツにショートパンツというラフな格好で出て行った。

(……食べるか)

 せっかく作ってくれたのだし、と思い、祥吾は割り箸を手にする。

 味噌汁を一口飲むと、料亭や寿司屋のように特別美味しい訳ではないが、「不味くない」と思う味だった。
 具は絹ごし豆腐にワカメが入っていて、豆腐の大きさはやや小さめ。
 焼き物の小鉢に残り物らしい煮物も入っていた。

 米は祥吾がいつも食べている最上級の物ではないが、それでも炊きたてだからか「美味い」と思える。

「……悪くない」

 呟いた祥吾は、上半身裸のまま初対面の女の手料理を食べる。

 本来彼は、女性の手料理は食べない主義だ。

 女性というのは「男の胃袋を掴めばこっちのもの」という言説を信じている。
 大して魅力のない女性が「手料理ご馳走してあげる」と自信満々に言う姿を見ると、「絶対に食べてやるもんか」という気持ちになる。

 世界中の名だたるレストランで舌の肥えた自分が、素人の料理で満足などできるはずがないのだ。

 今だって祥吾の家には、プロの家政婦が通っている。

 その家政婦は星付きレストランで働いていた経歴があり、現在は結婚して子育てをする傍ら働けるようにと、シェフに復帰せず家政婦をしている。
 家庭料理すら一流の味にする家政婦の味に慣れ、祥吾は一般人が作る料理など食べられないと思っていた。

 それなのに、その辺のスーパーで買ってきた食材で作った料理を、今は「悪くない」と思っている。

(吊り橋効果かな)

 助けてくれた恩があるから、と言われたらそれまでだ。

(彼女はずっと冷静だったけど、本当は動揺してたのかな)

 そう考えると、鞠花が何を考えているのか知りたくなった。

(いつもならこれっきり会わないだろうけど、……もう少し彼女を知ってみてもいいな)

 ポリ……と囓ったぬか漬けは、昔祖母が漬けていた物と似た味がした。



**



(ああ……、びっくりした!)

 鞠花は部屋から出て階下に向かいながら、無言で目を見開く。

 幾ら看護師をやっていて、様々な患者、果ては幽霊相手に図太くなっていても、人が切りつけられている現場を見たのは初めてだ。
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