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ノスタルジック
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そのような事を考えながらTシャツを脱いだ祥吾の前に、女性が膝をつき、しげしげと患部を見てくる。
彼女の手元には救急セットがあり、その中から真新しいガーゼを取り出すと祥吾の傷口に押し当てた。
「痛むかもしれませんが、少し我慢してください」
「大丈夫です」
患部を圧迫され、多少の痛みは感じるものの、我慢できないほどではない。
「……お名前を聞いてもいいですか?」
その間に恩人になる彼女の名前を尋ねると、「ああ」と失念していたというように彼女は瞠目する。
「私は西城鞠花(さいじょうまりか)と言います。この近くの病院で勤務している看護師です」
「俺は……」
名乗ろうと思って、祥吾は一瞬言い淀む。
自分はある程度、名のある人物だと自負している。
ここで本名を名乗ってしまっては、せっかく恩人と思った彼女に余計なフィルターを与え、心からの付き合いができないと思った。
「……修吾(しゅうご)……です」
本名を少しだけ変えた名を名乗ると、鞠花は疑わず「そうですか」と笑った。
「災難でしたね。何か心当たりはありますか? 手当てをしたらすぐ警察に通報したほうがいいです」
「いや……、心当たりは……」
そのあとに「ありすぎて分かりません」と続くのを、祥吾は呑み込む。
もしそんな事を言えば、自分がトラブルメーカーだと白状するのと同義だ。
せっかく助けてもらって人心地ついたのに、放り出されてまた通り魔に鉢合っては困る。
「スマホはありますか? それとも私から通報しますか?」
鞠花にジッと見つめられ、祥吾は彼女が本気で自分を心配してくれているのだと理解し、神妙な顔になる。
(そう言えば、こんな風に本気で心配された事なんて、なかった気がするな)
祥吾は王様だ。
仕事さえきちんとこなせば、他は少し逸脱した面があっても、ほとんどの者は許してしまう。
友人からは「そのうち刺されるんじゃないか? 気を付けろよ」と笑い半分に言われていたが、さして真剣に考えていなかった。
「たとえ通り魔が怖くても、泣き寝入りする必要はないと思います」
なよやかな印象からは想像できないほど、鞠花は凛とした雰囲気で言い放つ。
その後彼女は祥吾の傷口を消毒したあと、大判の治癒パッドを貼ってくれた。
「応急処置ですので、もしあとからどうしても痛くて気になる時は、必ず病院に行ってください」
「分かりました。それで通報の件ですが、俺にも仕事があるので、事情聴衆などで時間を取られると困るんです。なので不審者がいたという第三者の通報で済ませたいと思います」
「そうですか。被害者である修吾さんが仰るなら、私は何も言いませんが……」
その時、電子音が鳴って米が炊けた事を知らせた。
タイミングが合ったかのように、修吾の腹が鳴る。
情けない音を聞いて、鞠花は相好を崩した。
(やっぱり笑うと可愛いな)
思わず笑い返した祥吾に、鞠花が提案してくる。
「もし良かったら、何かのご縁ですし食べていきませんか? 簡単なものしか出せませんが」
何ともタイミング良く腹が鳴って恥ずかしいが、興味を持った彼女ともう少し過ごせるのなら、いい口実だ。
「いいんですか?」
「ええ」
微笑んだあと、鞠花は小さな台所に立って、手早く朝食の準備を始めた。
炊飯器の白米を混ぜたあと、味噌汁を作り、ぬか床に漬けていた茄子を取り出し、切る。
「塩鮭を焼いている間、汗を流してきます。すみません」
塩鮭を二枚グリルにセットしたあと、彼女はアコーディオンドアの向こうに消えた。
衣擦れの音が聞こえたあと、すぐに水音が聞こえてくる。
祥吾はクーラーの心地いい風を浴びながら、座椅子ソファにもたれ目を閉じた。
こんな小さく狭い、生活感の溢れた部屋なのに、なぜだか安心する。
自分はこんな空間など知らないのに、なぜだか「懐かしい」という感覚すら味わっていた。
窓の向こうから、車の走行音が聞こえる。
(あぁ、そうか。大学生時代に入り浸ってた、先輩のアパートに似てるんだ)
自分の心の奥底にあるノスタルジックな感覚の正体を知り、祥吾は薄く笑う。
あの頃は何もかも自由で、楽しかった記憶しかない。
当時からヤンチャ――と言えば一部の人は怒るかもしれない事はしていたが、社会人としての地位を得る前だったので、無責任に色々な事ができた。
彼女の手元には救急セットがあり、その中から真新しいガーゼを取り出すと祥吾の傷口に押し当てた。
「痛むかもしれませんが、少し我慢してください」
「大丈夫です」
患部を圧迫され、多少の痛みは感じるものの、我慢できないほどではない。
「……お名前を聞いてもいいですか?」
その間に恩人になる彼女の名前を尋ねると、「ああ」と失念していたというように彼女は瞠目する。
「私は西城鞠花(さいじょうまりか)と言います。この近くの病院で勤務している看護師です」
「俺は……」
名乗ろうと思って、祥吾は一瞬言い淀む。
自分はある程度、名のある人物だと自負している。
ここで本名を名乗ってしまっては、せっかく恩人と思った彼女に余計なフィルターを与え、心からの付き合いができないと思った。
「……修吾(しゅうご)……です」
本名を少しだけ変えた名を名乗ると、鞠花は疑わず「そうですか」と笑った。
「災難でしたね。何か心当たりはありますか? 手当てをしたらすぐ警察に通報したほうがいいです」
「いや……、心当たりは……」
そのあとに「ありすぎて分かりません」と続くのを、祥吾は呑み込む。
もしそんな事を言えば、自分がトラブルメーカーだと白状するのと同義だ。
せっかく助けてもらって人心地ついたのに、放り出されてまた通り魔に鉢合っては困る。
「スマホはありますか? それとも私から通報しますか?」
鞠花にジッと見つめられ、祥吾は彼女が本気で自分を心配してくれているのだと理解し、神妙な顔になる。
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祥吾は王様だ。
仕事さえきちんとこなせば、他は少し逸脱した面があっても、ほとんどの者は許してしまう。
友人からは「そのうち刺されるんじゃないか? 気を付けろよ」と笑い半分に言われていたが、さして真剣に考えていなかった。
「たとえ通り魔が怖くても、泣き寝入りする必要はないと思います」
なよやかな印象からは想像できないほど、鞠花は凛とした雰囲気で言い放つ。
その後彼女は祥吾の傷口を消毒したあと、大判の治癒パッドを貼ってくれた。
「応急処置ですので、もしあとからどうしても痛くて気になる時は、必ず病院に行ってください」
「分かりました。それで通報の件ですが、俺にも仕事があるので、事情聴衆などで時間を取られると困るんです。なので不審者がいたという第三者の通報で済ませたいと思います」
「そうですか。被害者である修吾さんが仰るなら、私は何も言いませんが……」
その時、電子音が鳴って米が炊けた事を知らせた。
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思わず笑い返した祥吾に、鞠花が提案してくる。
「もし良かったら、何かのご縁ですし食べていきませんか? 簡単なものしか出せませんが」
何ともタイミング良く腹が鳴って恥ずかしいが、興味を持った彼女ともう少し過ごせるのなら、いい口実だ。
「いいんですか?」
「ええ」
微笑んだあと、鞠花は小さな台所に立って、手早く朝食の準備を始めた。
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「塩鮭を焼いている間、汗を流してきます。すみません」
塩鮭を二枚グリルにセットしたあと、彼女はアコーディオンドアの向こうに消えた。
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祥吾はクーラーの心地いい風を浴びながら、座椅子ソファにもたれ目を閉じた。
こんな小さく狭い、生活感の溢れた部屋なのに、なぜだか安心する。
自分はこんな空間など知らないのに、なぜだか「懐かしい」という感覚すら味わっていた。
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自分の心の奥底にあるノスタルジックな感覚の正体を知り、祥吾は薄く笑う。
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