【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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ノスタルジック

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 そのような事を考えながらTシャツを脱いだ祥吾の前に、女性が膝をつき、しげしげと患部を見てくる。

 彼女の手元には救急セットがあり、その中から真新しいガーゼを取り出すと祥吾の傷口に押し当てた。

「痛むかもしれませんが、少し我慢してください」

「大丈夫です」

 患部を圧迫され、多少の痛みは感じるものの、我慢できないほどではない。

「……お名前を聞いてもいいですか?」

 その間に恩人になる彼女の名前を尋ねると、「ああ」と失念していたというように彼女は瞠目する。

「私は西城鞠花(さいじょうまりか)と言います。この近くの病院で勤務している看護師です」

「俺は……」

 名乗ろうと思って、祥吾は一瞬言い淀む。

 自分はある程度、名のある人物だと自負している。
 ここで本名を名乗ってしまっては、せっかく恩人と思った彼女に余計なフィルターを与え、心からの付き合いができないと思った。

「……修吾(しゅうご)……です」

 本名を少しだけ変えた名を名乗ると、鞠花は疑わず「そうですか」と笑った。

「災難でしたね。何か心当たりはありますか? 手当てをしたらすぐ警察に通報したほうがいいです」

「いや……、心当たりは……」

 そのあとに「ありすぎて分かりません」と続くのを、祥吾は呑み込む。

 もしそんな事を言えば、自分がトラブルメーカーだと白状するのと同義だ。
 せっかく助けてもらって人心地ついたのに、放り出されてまた通り魔に鉢合っては困る。

「スマホはありますか? それとも私から通報しますか?」

 鞠花にジッと見つめられ、祥吾は彼女が本気で自分を心配してくれているのだと理解し、神妙な顔になる。

(そう言えば、こんな風に本気で心配された事なんて、なかった気がするな)

 祥吾は王様だ。

 仕事さえきちんとこなせば、他は少し逸脱した面があっても、ほとんどの者は許してしまう。

 友人からは「そのうち刺されるんじゃないか? 気を付けろよ」と笑い半分に言われていたが、さして真剣に考えていなかった。

「たとえ通り魔が怖くても、泣き寝入りする必要はないと思います」

 なよやかな印象からは想像できないほど、鞠花は凛とした雰囲気で言い放つ。

 その後彼女は祥吾の傷口を消毒したあと、大判の治癒パッドを貼ってくれた。

「応急処置ですので、もしあとからどうしても痛くて気になる時は、必ず病院に行ってください」

「分かりました。それで通報の件ですが、俺にも仕事があるので、事情聴衆などで時間を取られると困るんです。なので不審者がいたという第三者の通報で済ませたいと思います」

「そうですか。被害者である修吾さんが仰るなら、私は何も言いませんが……」

 その時、電子音が鳴って米が炊けた事を知らせた。

 タイミングが合ったかのように、修吾の腹が鳴る。

 情けない音を聞いて、鞠花は相好を崩した。

(やっぱり笑うと可愛いな)

 思わず笑い返した祥吾に、鞠花が提案してくる。

「もし良かったら、何かのご縁ですし食べていきませんか? 簡単なものしか出せませんが」

 何ともタイミング良く腹が鳴って恥ずかしいが、興味を持った彼女ともう少し過ごせるのなら、いい口実だ。

「いいんですか?」

「ええ」

 微笑んだあと、鞠花は小さな台所に立って、手早く朝食の準備を始めた。
 炊飯器の白米を混ぜたあと、味噌汁を作り、ぬか床に漬けていた茄子を取り出し、切る。

「塩鮭を焼いている間、汗を流してきます。すみません」

 塩鮭を二枚グリルにセットしたあと、彼女はアコーディオンドアの向こうに消えた。

 衣擦れの音が聞こえたあと、すぐに水音が聞こえてくる。

 祥吾はクーラーの心地いい風を浴びながら、座椅子ソファにもたれ目を閉じた。

 こんな小さく狭い、生活感の溢れた部屋なのに、なぜだか安心する。
 自分はこんな空間など知らないのに、なぜだか「懐かしい」という感覚すら味わっていた。

 窓の向こうから、車の走行音が聞こえる。

(あぁ、そうか。大学生時代に入り浸ってた、先輩のアパートに似てるんだ)

 自分の心の奥底にあるノスタルジックな感覚の正体を知り、祥吾は薄く笑う。

 あの頃は何もかも自由で、楽しかった記憶しかない。

 当時からヤンチャ――と言えば一部の人は怒るかもしれない事はしていたが、社会人としての地位を得る前だったので、無責任に色々な事ができた。
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