【R-18】悪人は聖母に跪く

臣桜

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序章 潮騒に消えた名前 ☆

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 八月の終わり、彼は一人ぼんやりと海を眺めていた。

 堤防に座り、ジーンズにTシャツという実にラフなスタイルで煙草を咥えている。

 煙草は吸うというよりもただ咥えられているだけで、強い海風に紫煙が流され、先端はあっという間に白くなってポロポロと崩れていった。

 いつもの彼なら「風の強い日は煙草がすぐ減って腹が立つ」と言っただろう。

 けれど今の彼はそんな事も気にならないようで、最初の一口を吸ったあとはただ口に咥えているだけだった。



 ザァン……と波が打ち寄せる音がし、青い海が日差しを反射して煌めく。

 海鳥が鳴き、彼が何か美味しい物を持っていないか品定めをするように、ときおり低空飛行をする。
 彼の視線の先にはサーファーたちがいて、サーフボードの上に乗っては波を操り、水中に落ち、またパドリングしていく。

 それを見たいつもの彼なら「下手くそだな」ぐらいは毒づいただろうか。

 だが今の彼は、目に映る光景に何の感情を持てないほどに放心していた。



 どれだけ時間が経ったのか、目の前で空が燃えるほど赤くなり、ラベンダー色と紺色に支配されたあと、濃紺に変わってゆく。

 煙草は、何本無意味に火を付けられ、消えていったか分からない。

 暗闇に包まれたまま、彼はポツリと一人の女の名を呟いた。

「鞠花(まりか)……」



 顎の先から滴ったのは、涙だったのだろうか――。



**



 鳳祥吾(おおとりしょうご)は元は鳳財閥と呼ばれた巨大な財閥一族の末裔だ。

 一八六〇年代には先祖が両替専用の商店から事業を始め、現在ではフィナンシャルグループや損害保険など金融業に力を入れている。
 その中で祥吾は『かなえフィナンシャルグループ』にある大手銀行『かなえ銀行』の代表取締役社長を担っていた。

 少し前に祖父が最前線から身を引いて会長となり、父が『かなえフィナンシャルグループ』の代表取締役社長を務めている。

 現在祥吾は三十四歳で、男盛りだ。

 キリリとした眉に二重の幅が広い目元、濃く長い睫毛に通った鼻筋、そして形のいい唇。

 当たり前にモテるが、まだ決まった相手はいない。

 両親が「生きているうちに孫を見せてほしい」と言っているのだが、祥吾は一人のほうが身軽でいいと、見合いの話が出るたびに用事をつけて拒絶していた。

 両親の連れて来る女性は、大体見当が付く。
 企業の社長令嬢、または由緒ある家柄の息女、どれも大人しくて聞き分けが良くて、恐ろしくつまらない女だ。

 何でも「はい」と従順に返事をするのは、部下だけで十分だ。

 かといって、自分に反抗する生意気な女が好きな訳でもない。

 彼の母校の大学は、偏差値の高い有名校だ。

 学生時代の女友達は、優秀でウィットに富んだ会話のできる面白い人たちだが、彼女らを妻や恋人にするとなると、御免被りたい。

 結局のところ、彼は自分を気持ち良くさせてくれる存在が好きなのだ。
 適度におだてて、甘えて嫉妬するフリをして、大事なところでは口を出さずしつこくしない。


 その加減ができる女性は少ない。





 八月の初め、『かなえ銀行』本社の社長室。

「東(あずま)、あと何分」

 チュプ……、と秘書の唇をついばみ、祥吾は問いかける。

 彼の声に、プレジデントチェアの肘掛けに尻を乗せた秘書は、華奢な作りの腕時計に目をやった。

「十三分は余裕がございます」

 ロングヘアを纏めた秘書は、少し落ちた口紅を気にしつつニッコリ笑う。

 勿論、抜かりのない彼女の事だから、さらに二分ほどは自分の口紅を塗る時間として計算してあるのだろう。

「じゃあ、少しぐらいは楽しめるな」

 祥吾は悪い笑みを浮かべ、椅子を回転させると秘書に向き直った。

 彼女は心得ていると微笑んだあと、床の上に膝をついて祥吾のベルトを外す。
 ホックとファスナーを外し、下着の隙間から彼の男性器を取り出すと、ピンクベージュのマニキュアを塗ったほっそりとした手を掛けた。

 そして慣れた手つきでしごき始め、亀頭に舌を這わせる。

 秘書が奉仕に勤しんでいる傍ら、祥吾はガラス張りになっている壁面から都心のビル群を見下ろした。

(つまらない)
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