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番外編3:新婚調教19(完)
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オーガストのシャツに身を包まれたリディアは、夫婦の部屋に運ばれ身を清められたあと、ネグリジェを着せられ昏々と眠っている。
食事の時間もとうにすぎたが、オーガストはリディアの意識が戻ってから好きな時間に好きなだけ食べればいいと思っている。
天蓋のない開放的な寝台の脇で、オーガストは揺り椅子に座り月明かりに照らされる湖を見下ろしていた。
ときおりリディアの寝顔を見ては微笑み、何かを夢想するかのように目を閉じる。
「……ねぇ、リディア。俺は本当は女という生き物をすべて憎んでいた。本当の母親の愛など知らず、パールは俺にこの世の地獄を見せた。王太子という立場の俺に対し、周りの女たちは幼い頃から猫のようにすり寄ることしかしない。ガキだった俺を目の前に、十代後半、酷い時は二十代や三十代の女が妃の座を狙って近付いてくる。……女という生き物全員が、醜いハイエナに見えた」
キィ、と揺り椅子を揺らし、組んだ脚の上で手も組み合わせる。
白い天井は月光を反射し、ぼんやりと淡く光っていた。
「そんななか、……どうしてだろうな。初めて出会ったあなたがとても綺麗に見えた。きっと俺のことなど何も知らなかったからだと思う。〝商人の息子ジュリアン〟の家庭事情を案じてくれ、初対面のガキの幸せを祈ってくれた。世の中にこんな善人がいるなんて、にわかに信じられなかった。……だから、欲しくなった」
視線の先で寝ているリディアは、睫毛をピクリともさせず深い場所に意識を落としている。深い寝息を聞いていると、夜な夜な悪戯をした日々をつい昨日のように思い出す。
「綺麗なあなたを自分のものにしたいと思った。同時に汚してやりたいとも思ったんだ。汚泥のなかに突き落として、様々な美辞麗句が当てはまるあなたも所詮『女』なのだと教えてやりたかった。理想の女などいないのだと、自分に言い聞かせたかったのかもしれない」
窓の外には満月があり、湖がキラキラと輝いている。
白銀のその光は、確かにリディアの髪の色と似ていると思った。
「でもあなたは、汚しても汚しても、決してその美しさを違えなかった。俺が飲ませた毒を飲んで病床についてなお美しく、父上を喪って泣き暮れても美しかった。未亡人だなんて余計な単語が増えて、いっそう色気が増した。夜ごとあなたに淫らな真似をしても、翌朝のあなたは朝日を従え目覚めた女神のようだ。……いつしか俺はあなたに完全な敗北を認めていた。……あなたは、あなただけは、俺の特別な女性だ」
ゆっくりと立ち上がり、オーガストはベッドに腰掛ける。
リディアの髪を指先で梳り、心の底から微笑んだ。
「心から謝りたい。俺のような男が、あなたを愛してしまい人生を狂わせてしまったことについて、深く陳謝する。……一生離さない代わりに、俺はあなたの望むすべてを叶えよう。だから俺の底なしの感情にも、どうか付き合ってほしい」
リディアの髪を梳いていた手は、己の胸板に押しつけられる。
オーガストは己のなかに、誰にも飼い慣らせない醜く穢れた獣がいるのを知っている。荒神のようなそれが昂ぶったとき、リディアを酷く苛むことでしかオーガストは鎮めかたを知らない。
リディアにとってはいい迷惑だろう。
本来なら楚々とした淑女が、娼婦顔負けのことを言わされ、させられる。普通の女性なら屈辱のあまり自死しているかもしれない。
「……でもあなたは、自分を『母』だと思うから俺に付き合ってくれるんだね。俺が一番憎んだモノを掲げて、あなたは俺を包み込み癒やしてくれるんだ。俺の前では一人の女であってほしいと思うのに、あなたが俺を無条件で許す動機は母性他ならない。……分かっている」
冷たく整った美貌に、切なげな微笑が浮かんだ。
「俺はあなたに『母を捨てろ』と言いながら、一生その母性を求めるだろう。それが、生まれ持って心に欠陥のある俺の愛し方だ。『母』のなかにあらゆる女の姿を求め、倒錯した思いを抱いてあなたに種付けをする。どれだけ酷いことをしても、『母』のように無条件で許してくれるあなただから、俺は愛したんだ」
羽布団の上に出ていたリディアの手を握ると、オーガストはそっと指先に口づけた。
「父上を殺すほどの歪みを持ったからこその、罰だと言われてもいい。俺はこのやり方でしか、女(あなた)を愛せない」
切なげにオレンジガーネットの目が細められ、オーガストは何度も柔らかな手に口づける。
「ごめんね、母上。……こんな俺に愛されて可哀相だね」
その声は慈愛に富み、心からリディアを案じ詫びていた。
愛情深い目の奥に、絶えず灯っている暗い炎がある。
――その名は、狂気。
「可哀相だけど、一生離してあげられないからね。ごめん」
慈悲深い笑みを浮かべ、オーガストはリディアの額にキスをした。
完
食事の時間もとうにすぎたが、オーガストはリディアの意識が戻ってから好きな時間に好きなだけ食べればいいと思っている。
天蓋のない開放的な寝台の脇で、オーガストは揺り椅子に座り月明かりに照らされる湖を見下ろしていた。
ときおりリディアの寝顔を見ては微笑み、何かを夢想するかのように目を閉じる。
「……ねぇ、リディア。俺は本当は女という生き物をすべて憎んでいた。本当の母親の愛など知らず、パールは俺にこの世の地獄を見せた。王太子という立場の俺に対し、周りの女たちは幼い頃から猫のようにすり寄ることしかしない。ガキだった俺を目の前に、十代後半、酷い時は二十代や三十代の女が妃の座を狙って近付いてくる。……女という生き物全員が、醜いハイエナに見えた」
キィ、と揺り椅子を揺らし、組んだ脚の上で手も組み合わせる。
白い天井は月光を反射し、ぼんやりと淡く光っていた。
「そんななか、……どうしてだろうな。初めて出会ったあなたがとても綺麗に見えた。きっと俺のことなど何も知らなかったからだと思う。〝商人の息子ジュリアン〟の家庭事情を案じてくれ、初対面のガキの幸せを祈ってくれた。世の中にこんな善人がいるなんて、にわかに信じられなかった。……だから、欲しくなった」
視線の先で寝ているリディアは、睫毛をピクリともさせず深い場所に意識を落としている。深い寝息を聞いていると、夜な夜な悪戯をした日々をつい昨日のように思い出す。
「綺麗なあなたを自分のものにしたいと思った。同時に汚してやりたいとも思ったんだ。汚泥のなかに突き落として、様々な美辞麗句が当てはまるあなたも所詮『女』なのだと教えてやりたかった。理想の女などいないのだと、自分に言い聞かせたかったのかもしれない」
窓の外には満月があり、湖がキラキラと輝いている。
白銀のその光は、確かにリディアの髪の色と似ていると思った。
「でもあなたは、汚しても汚しても、決してその美しさを違えなかった。俺が飲ませた毒を飲んで病床についてなお美しく、父上を喪って泣き暮れても美しかった。未亡人だなんて余計な単語が増えて、いっそう色気が増した。夜ごとあなたに淫らな真似をしても、翌朝のあなたは朝日を従え目覚めた女神のようだ。……いつしか俺はあなたに完全な敗北を認めていた。……あなたは、あなただけは、俺の特別な女性だ」
ゆっくりと立ち上がり、オーガストはベッドに腰掛ける。
リディアの髪を指先で梳り、心の底から微笑んだ。
「心から謝りたい。俺のような男が、あなたを愛してしまい人生を狂わせてしまったことについて、深く陳謝する。……一生離さない代わりに、俺はあなたの望むすべてを叶えよう。だから俺の底なしの感情にも、どうか付き合ってほしい」
リディアの髪を梳いていた手は、己の胸板に押しつけられる。
オーガストは己のなかに、誰にも飼い慣らせない醜く穢れた獣がいるのを知っている。荒神のようなそれが昂ぶったとき、リディアを酷く苛むことでしかオーガストは鎮めかたを知らない。
リディアにとってはいい迷惑だろう。
本来なら楚々とした淑女が、娼婦顔負けのことを言わされ、させられる。普通の女性なら屈辱のあまり自死しているかもしれない。
「……でもあなたは、自分を『母』だと思うから俺に付き合ってくれるんだね。俺が一番憎んだモノを掲げて、あなたは俺を包み込み癒やしてくれるんだ。俺の前では一人の女であってほしいと思うのに、あなたが俺を無条件で許す動機は母性他ならない。……分かっている」
冷たく整った美貌に、切なげな微笑が浮かんだ。
「俺はあなたに『母を捨てろ』と言いながら、一生その母性を求めるだろう。それが、生まれ持って心に欠陥のある俺の愛し方だ。『母』のなかにあらゆる女の姿を求め、倒錯した思いを抱いてあなたに種付けをする。どれだけ酷いことをしても、『母』のように無条件で許してくれるあなただから、俺は愛したんだ」
羽布団の上に出ていたリディアの手を握ると、オーガストはそっと指先に口づけた。
「父上を殺すほどの歪みを持ったからこその、罰だと言われてもいい。俺はこのやり方でしか、女(あなた)を愛せない」
切なげにオレンジガーネットの目が細められ、オーガストは何度も柔らかな手に口づける。
「ごめんね、母上。……こんな俺に愛されて可哀相だね」
その声は慈愛に富み、心からリディアを案じ詫びていた。
愛情深い目の奥に、絶えず灯っている暗い炎がある。
――その名は、狂気。
「可哀相だけど、一生離してあげられないからね。ごめん」
慈悲深い笑みを浮かべ、オーガストはリディアの額にキスをした。
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