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番外編3:新婚調教11

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「あなたは本当に残酷な女だな。俺の気持ちなど、ちっとも分かっていない」

 オーガストの手がドレスをたくし上げ、ドロワーズの薄布越しに突起をカリカリと引っ掻きだす。胸も先端を優しく愛撫され、リディアの唇から切ない吐息が漏れた。

「……私だって、オーガストのことが分からないもの。子育て時代からずっとずっと、あなたには振り回されてばかりだわ」

 残酷な女と言われ、リディアは少し唇を尖らせる。
 なおも「子育て」という単語がオーガストの胸に刺さる。

「……ふん。だったら母親として息子である俺に、自ら性教育でも施せば良かったんだ。俺が精通する時も母として導き、結婚を意識する年齢の前には閨の作法を学ばせる。母親として当たり前じゃないか?」
「! そんなの、異常だわ!」

 ガバリと起き上がったリディアは、少し紅潮した顔でオーガストを睨む。

「……そういうの、やめて頂戴。いまは夫婦になったとはいえ、私は当時本気で『母親』をしていたの。あなたを立派な息子だと思い、国王陛下になる方を育てているという自負があったわ。苦労だってあったし、……そういう私の努力や頑張りを否定する物言いはやめて。……そりゃあ確かに……至らない所は多々あったけれど……」

 最後は俯くと、ゆっくり衣服を整えだした。

「今日は……、少し湖で過ごすわ。頭を冷やしたい……」

 フワリとシュミーズドレスの形を整え、リディアはゆっくりと歩き部屋から出て行った。

「…………」

 剣呑な目をしたオーガストは、腕を組みテーブルに足を乗せた。
 ちっ、と小さく舌打ちをし、忌々しげに呟く。

「お堅い思考も何もかも捨てて、一人の女になればいいものを。どこまで俺に逆らうつもりなんだ」

 リディアの中にある『母親』という自覚は、オーガストに大きく立ち塞がっていた。
 一時はオーガストからリディアを母に……と望んだが、その関係をいつまでも続けるつもりは勿論ない。
 オーガストは目の前の空間を暗く睨む。
 形のいい唇をペロリと舐めたあと、彼は見る者を震わせる薄暗い笑みを浮かべた。

「……あなたの中の『かくあるべき母親像』を壊してやる」


**


 リディアは二階のバルコニーに出て裸足になり、湖に続く階段を下りていた。

 外に出ると空気が心地良く、湖を渡る風は濁った頭を透明にしていくような気がする。
 足を滑らせないように手すりに掴まり、大理石の冷たさを足裏に感じた。
 多少濡れてしまっても構わないように、侍女がバルコニーに控えて体を拭く物を用意している。

「……私はオーガストとどうなりたいのかしらね」

 風にシルバーブロンドがフワリと靡き、軽い素材のドレスも舞い上がる。

 王都にいた時なら真っ赤になっていただろうが、この離宮には余計な人がいない。
 基本的にとりまきの貴族はいないし、外部の人間と言えば、たまにオーガストとカルヴィンの間を行き来する連絡係が定期的に訪れるだけだ。なんだかんだ言いつつオーガストアはカルヴィンの手腕を認めているようなので、リディアも嬉しくなる。

 微笑したまま衣服や髪を風に乱すリディアは、傍から見ると女神の如き美しさがある。しかしそれをゆっくり鑑賞できるのは、この離宮ではオーガストだけだ。

 つくづく王都にいると、色々な人に囲まれていると思う。
 しかし離宮での生活は、かつて領地で家族と気の知れた使用人のみで暮らしていた、穏やかな日々を思い起こす。

「……私もさっき、少し言い過ぎてしまったかもしれないわ。オーガストがああやって私を煽って、怒らせようとするのはいつものことなのに……」

 地階部分に下りると、砂地がありそこからすぐ湖だ。
 細やかな砂を踏んで歩き、つま先に冷たい水が当たる。少し水を蹴るとパシャッと涼しげな音がした。

「……気持ち良さそう」

 呟いたリディアは、キョロキョロと周囲を見回してみる。
 離宮にも護衛はいるが、王都の城と違って四六時中付き従っている訳ではない。歩哨が見回りをする頻度も低く、オーガストが新婚旅行に連れて行く厳選した人材なら、国王と王妃に邪気を抱く者もいないのだろう。
 しかし万が一を考え、リディアは侍女を呼ぶ。

「ねぇ、アビー。周りに誰かいるかしら?」

 少し声を張って尋ねると、アビーと呼ばれた侍女が階段の上に姿を現した。

「誰もおりません。如何なさいましたか?」
「ちょっとドレスを脱いで湖に入ってみたいのだけれど……。大丈夫かしら?」

 レディにしてはかなりはしたないが、個人的な用向きで離宮に来ており、誰も見ていないのなら多少ハメを外しても……という心が芽生えたのだ。
 それに少々、冷たい水に身を浸して冷静になりたい気持ちもある。

「まぁ、それではお風邪を召されてはいけませんから、着替えなども用意させますね」

 アビーは基本的にリディアの発案に反対をしない。
 彼女は裏でオーガストに仕えており、オーガストから「これはいけない」と言われていること以外は、全面的にリディアを甘やかす方針のようだ。
 湖のこともオーガストが人を使って事前に調べ、人間を刺す生き物がいないことや、深さなども調査してある。

「ありがとう」

 リディアはご機嫌になり、腰の後ろのリボンを自分で解きシュミーズドレスを脱ぎ去った。
 シュミーズとドロワーズを着たまま水に入ろうか悩んだが、それらも脱いでしまう。結局洗濯をされるのは同じだが、着衣のまま水に入るとリディア自身が動きにくそうだと思ったのだ。
 時刻は夕方だがまだ空は明るい。陽光のぎらつきも薄くなった大自然のなかに、リディアの輝かんばかりの裸体が晒された。
 パシャ、パシャ、と水音をたてて湖に入り、砂地を踏んでゆっくりと前進してゆく。腰のあたりまで水に浸かると、両手でゆっくりと水面を掻いた。

「……はぁ、気持ちいい」

 両手で水を掬って顔を洗い、そのままグイ、と前髪ごと髪を撫でつける。

「……私は、何があってもオーガストと一緒にいたいわ。その気持ちは変わらない」

 まず自分の気持ちのなかで、確固としている部分を口にした。
 室内で悶々としているより、冷たい水に体を浸し遠くに山々を望み、頭上に大空が広がっている状況の方が、とても前向きになれる。

「でも……」

 しかしすぐに、口にした決意を打ち消す言葉が出る。

「……オーガストの女性関係って何も知らないけど、きっと想いを寄せている女性は多いのだわ。私の耳に入らないようになっているだけかもしれない。……でも、本当に私が王妃になって良かったのかしら。……『お母様』、……なのに」

 心の奥底に黒い澱があり、リディアはそれを振り払うかのように大きく首を振った。
 ザブンッと水音をたてて頭まで湖に潜り、その冷たさを全身に味わってから水面から顔を出す。

「……オーガストの『普通の』未来を潰してしまったかと思うと、恐ろしいし申し訳ないわ……っ」

 水で濡れた頬に交じり、温かい涙がツゥ……と流れる。

「周辺国でも醜聞だと思われていないのかしら? 息子が母を娶るだなんて……」

 やるせない息をつき、リディアは両手で顔を覆った。

 そのとき――。

「まだそんなくだらない事で、うじうじ悩んでいるのか」

 凛とした声がし、リディアはビクッと反射的に震える。
 振り向くと、やはり全裸のオーガストがザブザブと水を掻き、こちらにやって来るところだ。
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