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終章 殺意
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その戯れは夕方近くまで続き、二人は休日をたっぷり愛し合って過ごしたのだった。
「陽が落ちるのが早くなってきたな」
トラウザーズを穿き、オーガストは見事な上半身を晒したまま窓の外を見る。
木々のシルエットは寂しくなり、葉をつけているものが珍しいほどだ。針葉樹は変わらない姿を保っているとしても、リディアが好きな花々はもうほぼ姿がない。
これから真冬が訪れ、春になって夏の初め頃にはリディアは出産するだろう。
正直男児であっても女児であっても、自分とリディアの子ならどちらでもいいと思う。妊娠の関係で彼女を抱けないなら我慢するが、解禁になればまたリディアを抱く。
そうなればきっと、次の子もその次の子も生まれるだろう。
「何せ……。少し口利きをすれば受胎しやすくなる薬も手に入るしな」
室内にあったワインをグラスに注ぎ、まろやかで深みのある赤ワインを口の中で転がす。
視線の先では疲れ切って深い眠りについているリディアが、羽布団に埋もれてぐっすり眠っていた。
「父上の手つきにならないよう、あなたの体調を崩す薬を盛ったのは許してほしい。家族団欒の時間に、懐いている俺が運んだ茶なら疑いもせずに飲んだだろう?」
形のいい唇が優美な曲線を作り、何も悪びれない笑みを浮かべオーガストは独り言ちる。
「あなたは早くに結婚したいと言っていたから、とりあえずはその望みを叶えた。だがその後は未亡人になろうがどうだろうが、本当にあなたを愛する男のものになる方がいいだろう?」
オーガストは隣の絵画室の隣にある予備部屋を思い浮かべる。
父ブライアンの描きかけの絵を自分はいま手がけているが、それは父王への対抗心だ。
ブライアンはそれ以前にもリディアの絵を描いていて、彼女はとても喜んでいた記憶がある。
だがオーガストは知っている。
父亡き後、それなりの感傷を抱いてブライアンが描いたリディアの絵画を見ていた。
その中に不自然なカンバスを見つけたのだ。
不審に思い上のカンバスをナイフで裂けば――。
「……あのエロ親父。リディアの肌を想像していいのは俺だけだ」
奥にあるカンバスには、微笑んでいるリディアの裸婦画があった。真っ白な肌に桃色の乳首を晒し、媚びるような笑みを浮かべたリディアの姿。
あれを見て、オーガストは全身が燃え上がるほどの怒りを覚えたのだ。
同時に父に毒を飲ませるよう手はずを整えた自分は、間違えていないと思い直した。父を間接的に殺した罪悪感も、すべて捨てた。
ブライアンはリディアを抱けない欲求不満を、絵にぶつけていたのだ。
リディアは無垢の体のままで、ブライアンに肌を晒す事もしていないだろう。そこまでしていれば、もっとオーガストを拒んでいたと思う。
だからオーガストは我慢できなかった。
父亡き後、習慣だった寝る前のお茶は必ずオーガストが淹れていた。
リディアも何の疑いもなくそれを飲み――、深い眠りについた。
女性の機能を発達させ、睡眠作用を促進し濡れやすい体にするというハーブは、遠方の国で結婚を控えた女性がよく飲むものらしい。
自然の物なので体に悪い影響もなく、長年そのお茶を飲んだリディアは淫靡な体に変わっていった。
オーガストの真夜中の淫戯にも体を開き、彼が二十一歳になるその日まで着々と準備を整えていたのだ。
「邪魔者はすべて消した。あとは俺とあなたで素晴らしい王国を築いていくのみ」
歌うように言い、オーガストは艶然と笑う。
それはただ一人の愛しい女を求めた男の、純愛ゆえの笑みだった。
「あなたからもらったレースのリボンは、肌身離さず大事に持っているよ」
先ほどまで絵を描くのに座っていた椅子に、オーガストのフロックコートが掛かっている。
その内ポケットに手を滑らせれば、掌ほどの大きさの革袋があった。
硬く縛られた革紐を解けば――あの日の思い出が蘇る。
「……あぁ、リディア」
目の前でまどろんでいる女神の名を呟き、オーガストは思いきりレースのリボンの匂いを嗅ぐ。
はぁ……と蕩けた吐息をつくと、レースのリボンをリディアの髪に結んだ。
「約束通り、俺は幸せになるための努力をした。だからあなたも、これから先、ずっとずっと……。俺の生きがいでいてくれ」
あの夏の草原で靡いたシルバーブロンドは、何も色あせる事なくオーガストの前で輝いている。
閉じられた睫毛が開けば、国を超えて賞賛された瞳がある。
「俺のものだ……」
積年の思いを呟き、覇道を極めた国王は陶酔しきって笑うのだった。
完
「陽が落ちるのが早くなってきたな」
トラウザーズを穿き、オーガストは見事な上半身を晒したまま窓の外を見る。
木々のシルエットは寂しくなり、葉をつけているものが珍しいほどだ。針葉樹は変わらない姿を保っているとしても、リディアが好きな花々はもうほぼ姿がない。
これから真冬が訪れ、春になって夏の初め頃にはリディアは出産するだろう。
正直男児であっても女児であっても、自分とリディアの子ならどちらでもいいと思う。妊娠の関係で彼女を抱けないなら我慢するが、解禁になればまたリディアを抱く。
そうなればきっと、次の子もその次の子も生まれるだろう。
「何せ……。少し口利きをすれば受胎しやすくなる薬も手に入るしな」
室内にあったワインをグラスに注ぎ、まろやかで深みのある赤ワインを口の中で転がす。
視線の先では疲れ切って深い眠りについているリディアが、羽布団に埋もれてぐっすり眠っていた。
「父上の手つきにならないよう、あなたの体調を崩す薬を盛ったのは許してほしい。家族団欒の時間に、懐いている俺が運んだ茶なら疑いもせずに飲んだだろう?」
形のいい唇が優美な曲線を作り、何も悪びれない笑みを浮かべオーガストは独り言ちる。
「あなたは早くに結婚したいと言っていたから、とりあえずはその望みを叶えた。だがその後は未亡人になろうがどうだろうが、本当にあなたを愛する男のものになる方がいいだろう?」
オーガストは隣の絵画室の隣にある予備部屋を思い浮かべる。
父ブライアンの描きかけの絵を自分はいま手がけているが、それは父王への対抗心だ。
ブライアンはそれ以前にもリディアの絵を描いていて、彼女はとても喜んでいた記憶がある。
だがオーガストは知っている。
父亡き後、それなりの感傷を抱いてブライアンが描いたリディアの絵画を見ていた。
その中に不自然なカンバスを見つけたのだ。
不審に思い上のカンバスをナイフで裂けば――。
「……あのエロ親父。リディアの肌を想像していいのは俺だけだ」
奥にあるカンバスには、微笑んでいるリディアの裸婦画があった。真っ白な肌に桃色の乳首を晒し、媚びるような笑みを浮かべたリディアの姿。
あれを見て、オーガストは全身が燃え上がるほどの怒りを覚えたのだ。
同時に父に毒を飲ませるよう手はずを整えた自分は、間違えていないと思い直した。父を間接的に殺した罪悪感も、すべて捨てた。
ブライアンはリディアを抱けない欲求不満を、絵にぶつけていたのだ。
リディアは無垢の体のままで、ブライアンに肌を晒す事もしていないだろう。そこまでしていれば、もっとオーガストを拒んでいたと思う。
だからオーガストは我慢できなかった。
父亡き後、習慣だった寝る前のお茶は必ずオーガストが淹れていた。
リディアも何の疑いもなくそれを飲み――、深い眠りについた。
女性の機能を発達させ、睡眠作用を促進し濡れやすい体にするというハーブは、遠方の国で結婚を控えた女性がよく飲むものらしい。
自然の物なので体に悪い影響もなく、長年そのお茶を飲んだリディアは淫靡な体に変わっていった。
オーガストの真夜中の淫戯にも体を開き、彼が二十一歳になるその日まで着々と準備を整えていたのだ。
「邪魔者はすべて消した。あとは俺とあなたで素晴らしい王国を築いていくのみ」
歌うように言い、オーガストは艶然と笑う。
それはただ一人の愛しい女を求めた男の、純愛ゆえの笑みだった。
「あなたからもらったレースのリボンは、肌身離さず大事に持っているよ」
先ほどまで絵を描くのに座っていた椅子に、オーガストのフロックコートが掛かっている。
その内ポケットに手を滑らせれば、掌ほどの大きさの革袋があった。
硬く縛られた革紐を解けば――あの日の思い出が蘇る。
「……あぁ、リディア」
目の前でまどろんでいる女神の名を呟き、オーガストは思いきりレースのリボンの匂いを嗅ぐ。
はぁ……と蕩けた吐息をつくと、レースのリボンをリディアの髪に結んだ。
「約束通り、俺は幸せになるための努力をした。だからあなたも、これから先、ずっとずっと……。俺の生きがいでいてくれ」
あの夏の草原で靡いたシルバーブロンドは、何も色あせる事なくオーガストの前で輝いている。
閉じられた睫毛が開けば、国を超えて賞賛された瞳がある。
「俺のものだ……」
積年の思いを呟き、覇道を極めた国王は陶酔しきって笑うのだった。
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