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自覚しない罪の始まり
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時々またお忍びで陰から見守り、人を使ってリディアを守る事はしても、次に顔を合わせる時はきっと城で。
残念ながら自分とリディアには年齢差があるから、自分が大人になるまでは一端信頼の置ける大人に預けよう。
……たとえば、父王とか。
父王はあれでいて美女が好きだ。パールを妻にと最終的に決断したのも、公爵家という家柄もあるが彼女が美しいのもあるからだと、やはり臣下の噂で聞いた。
だとしたら適齢期になったリディアにどこかで会わせれば、きっと父王は彼女に惹かれるに違いない。
国王に求婚されれば、リディアだって断れないはずだし、子爵家としても願ったり叶ったりだ。
そこから先、父王からどうやってリディアを奪うかはゆっくり考えていこう。
またリディアと手を繋ぎ、爽やかな草原を歩きつつオーガストは実の父を騙す算段を考えていた。
(その前に、あの邪魔な女を何とかしなければ。あれはもう、僕の人生にいらないものだ)
つい今朝ほどまでには心のどこかに引っ掛かっていたパールへの情は、もう綺麗さっぱりなくなっていた。
**
オーガストが十歳になった時、リディアは社交界デビューを果たした。
デビュタントとして王宮に謁見しに来た彼女を見た時は、体が震えた。
信頼の置ける間者から逐一リディアの情報は入手していたものの、実際その美貌を目にするのは本当に久しぶりだったのだ。
デビュタントの白いドレスを身に纏い、長く引きずるトレーンを踏まないように緊張していたリディア。
きっと彼女は挨拶の口上を述べるのに忙しく、手の甲にキスをしたブライアンの顔すらも覚えていないに違いない。
その隣にいた王太子の事など、きっと覚えていないだろう。
彼が五年前に話した商人風の子供ジュリアンだなんて、想像もしないに違いない。
目も眩むような美貌を誇る彼女に、謁見の間にいた全員が溜息をつき夢中になった。
それはブライアンも同じで、そんな父をオーガストは内心見下していた。
――いい歳をして、十七歳のリディアに夢中になって。
――あれは僕の女だ。
グラグラと煮え立つような嫉妬が沸き起こると同時に、オーガストには別の怒りもある。
――彼女の父が自死したのは父上にも責任があったのに、葬儀にすら行かないとはどういう了見だ。
――手紙だけ出しておいて、今さらその娘に目を奪われているだって? 冗談もいい加減にしろ。
リディアが関わらなければ、オーガストは父を好きでいたままだったかもしれない。
だが父が自分と同じ女を性的に見ているというだけで、言いようのない不快感を覚える。
けれど念のため、オーガストは父の気持ちを聞いてみようとした。
「父上、最近我が国では『ガーランドの翠玉』と呼ばれる美女が噂になっているようですね?」
寝る前のティータイムでそう言うと、ブライアンは嬉しそうに笑う。
「ああ、デビュタントの彼女なら覚えている。とても美しい女性だった。心根も真っ直ぐで優しそうで……」
夢半ばという表情で呟き、ブライアンは言葉を途切れさせる。
明らかに恋をする者の顔つきだった。
父親に唾棄したい気持ちを抑えつけ、オーガストは今後の残酷な計画を遂行する事を決めた。
――もう、こいつはいらない。
「父上、僕の知り合いの貴族が今度結婚をするのです。その会場に件の美女も来るらしいですよ?」
「本当か? その貴族は何と言う?」
思った通り、ブライアンは乗り気になってくる。
「エイミス侯爵です。お忍びで行けば『ガーランドの翠玉』と話をする事もできるのではないですか?」
「そう……だな」
何やら考え事をし、口元を笑わせているブライアンに、オーガストは内心罵声を浴びせる。
――この助平爺め。
――お前を排除するためなら、どんな回り道もしてやる。
一度こうと決めたオーガストは、そのために手段を厭わなかった。
一度目的としたものを誰かの手に委ねようが、最終的に自分が勝てばそれでいいと信じている。
「僕、そろそろ新しいお母様が欲しいな……」
あどけない十歳の少年の言葉に、ブライアンは「そうか」と微笑むのだった。
その後はすべてが思うままだ。
父を亡き者にした後は、父の痕跡が残るリディアを時間をかけて生まれ変わらせていった。
ブライアンが送ったドレスやアクセサリーはいつの間にか手放させ、オーガスト好みの物で飾り立てる。
リディア自身も生きるよすがを息子としていたので、オーガストの言葉にはほとんど従った。
ずっと『良い子』として振る舞えば、リディアも多少の我が儘を容認するようになる。
そのようにしてオーガストは二十一歳までずっと『良い息子』として演技し続け、即位した後に狼の牙を見せたのだ。
**
残念ながら自分とリディアには年齢差があるから、自分が大人になるまでは一端信頼の置ける大人に預けよう。
……たとえば、父王とか。
父王はあれでいて美女が好きだ。パールを妻にと最終的に決断したのも、公爵家という家柄もあるが彼女が美しいのもあるからだと、やはり臣下の噂で聞いた。
だとしたら適齢期になったリディアにどこかで会わせれば、きっと父王は彼女に惹かれるに違いない。
国王に求婚されれば、リディアだって断れないはずだし、子爵家としても願ったり叶ったりだ。
そこから先、父王からどうやってリディアを奪うかはゆっくり考えていこう。
またリディアと手を繋ぎ、爽やかな草原を歩きつつオーガストは実の父を騙す算段を考えていた。
(その前に、あの邪魔な女を何とかしなければ。あれはもう、僕の人生にいらないものだ)
つい今朝ほどまでには心のどこかに引っ掛かっていたパールへの情は、もう綺麗さっぱりなくなっていた。
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オーガストが十歳になった時、リディアは社交界デビューを果たした。
デビュタントとして王宮に謁見しに来た彼女を見た時は、体が震えた。
信頼の置ける間者から逐一リディアの情報は入手していたものの、実際その美貌を目にするのは本当に久しぶりだったのだ。
デビュタントの白いドレスを身に纏い、長く引きずるトレーンを踏まないように緊張していたリディア。
きっと彼女は挨拶の口上を述べるのに忙しく、手の甲にキスをしたブライアンの顔すらも覚えていないに違いない。
その隣にいた王太子の事など、きっと覚えていないだろう。
彼が五年前に話した商人風の子供ジュリアンだなんて、想像もしないに違いない。
目も眩むような美貌を誇る彼女に、謁見の間にいた全員が溜息をつき夢中になった。
それはブライアンも同じで、そんな父をオーガストは内心見下していた。
――いい歳をして、十七歳のリディアに夢中になって。
――あれは僕の女だ。
グラグラと煮え立つような嫉妬が沸き起こると同時に、オーガストには別の怒りもある。
――彼女の父が自死したのは父上にも責任があったのに、葬儀にすら行かないとはどういう了見だ。
――手紙だけ出しておいて、今さらその娘に目を奪われているだって? 冗談もいい加減にしろ。
リディアが関わらなければ、オーガストは父を好きでいたままだったかもしれない。
だが父が自分と同じ女を性的に見ているというだけで、言いようのない不快感を覚える。
けれど念のため、オーガストは父の気持ちを聞いてみようとした。
「父上、最近我が国では『ガーランドの翠玉』と呼ばれる美女が噂になっているようですね?」
寝る前のティータイムでそう言うと、ブライアンは嬉しそうに笑う。
「ああ、デビュタントの彼女なら覚えている。とても美しい女性だった。心根も真っ直ぐで優しそうで……」
夢半ばという表情で呟き、ブライアンは言葉を途切れさせる。
明らかに恋をする者の顔つきだった。
父親に唾棄したい気持ちを抑えつけ、オーガストは今後の残酷な計画を遂行する事を決めた。
――もう、こいつはいらない。
「父上、僕の知り合いの貴族が今度結婚をするのです。その会場に件の美女も来るらしいですよ?」
「本当か? その貴族は何と言う?」
思った通り、ブライアンは乗り気になってくる。
「エイミス侯爵です。お忍びで行けば『ガーランドの翠玉』と話をする事もできるのではないですか?」
「そう……だな」
何やら考え事をし、口元を笑わせているブライアンに、オーガストは内心罵声を浴びせる。
――この助平爺め。
――お前を排除するためなら、どんな回り道もしてやる。
一度こうと決めたオーガストは、そのために手段を厭わなかった。
一度目的としたものを誰かの手に委ねようが、最終的に自分が勝てばそれでいいと信じている。
「僕、そろそろ新しいお母様が欲しいな……」
あどけない十歳の少年の言葉に、ブライアンは「そうか」と微笑むのだった。
その後はすべてが思うままだ。
父を亡き者にした後は、父の痕跡が残るリディアを時間をかけて生まれ変わらせていった。
ブライアンが送ったドレスやアクセサリーはいつの間にか手放させ、オーガスト好みの物で飾り立てる。
リディア自身も生きるよすがを息子としていたので、オーガストの言葉にはほとんど従った。
ずっと『良い子』として振る舞えば、リディアも多少の我が儘を容認するようになる。
そのようにしてオーガストは二十一歳までずっと『良い息子』として演技し続け、即位した後に狼の牙を見せたのだ。
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