38 / 71
自覚しない罪の始まり
しおりを挟む
時々またお忍びで陰から見守り、人を使ってリディアを守る事はしても、次に顔を合わせる時はきっと城で。
残念ながら自分とリディアには年齢差があるから、自分が大人になるまでは一端信頼の置ける大人に預けよう。
……たとえば、父王とか。
父王はあれでいて美女が好きだ。パールを妻にと最終的に決断したのも、公爵家という家柄もあるが彼女が美しいのもあるからだと、やはり臣下の噂で聞いた。
だとしたら適齢期になったリディアにどこかで会わせれば、きっと父王は彼女に惹かれるに違いない。
国王に求婚されれば、リディアだって断れないはずだし、子爵家としても願ったり叶ったりだ。
そこから先、父王からどうやってリディアを奪うかはゆっくり考えていこう。
またリディアと手を繋ぎ、爽やかな草原を歩きつつオーガストは実の父を騙す算段を考えていた。
(その前に、あの邪魔な女を何とかしなければ。あれはもう、僕の人生にいらないものだ)
つい今朝ほどまでには心のどこかに引っ掛かっていたパールへの情は、もう綺麗さっぱりなくなっていた。
**
オーガストが十歳になった時、リディアは社交界デビューを果たした。
デビュタントとして王宮に謁見しに来た彼女を見た時は、体が震えた。
信頼の置ける間者から逐一リディアの情報は入手していたものの、実際その美貌を目にするのは本当に久しぶりだったのだ。
デビュタントの白いドレスを身に纏い、長く引きずるトレーンを踏まないように緊張していたリディア。
きっと彼女は挨拶の口上を述べるのに忙しく、手の甲にキスをしたブライアンの顔すらも覚えていないに違いない。
その隣にいた王太子の事など、きっと覚えていないだろう。
彼が五年前に話した商人風の子供ジュリアンだなんて、想像もしないに違いない。
目も眩むような美貌を誇る彼女に、謁見の間にいた全員が溜息をつき夢中になった。
それはブライアンも同じで、そんな父をオーガストは内心見下していた。
――いい歳をして、十七歳のリディアに夢中になって。
――あれは僕の女だ。
グラグラと煮え立つような嫉妬が沸き起こると同時に、オーガストには別の怒りもある。
――彼女の父が自死したのは父上にも責任があったのに、葬儀にすら行かないとはどういう了見だ。
――手紙だけ出しておいて、今さらその娘に目を奪われているだって? 冗談もいい加減にしろ。
リディアが関わらなければ、オーガストは父を好きでいたままだったかもしれない。
だが父が自分と同じ女を性的に見ているというだけで、言いようのない不快感を覚える。
けれど念のため、オーガストは父の気持ちを聞いてみようとした。
「父上、最近我が国では『ガーランドの翠玉』と呼ばれる美女が噂になっているようですね?」
寝る前のティータイムでそう言うと、ブライアンは嬉しそうに笑う。
「ああ、デビュタントの彼女なら覚えている。とても美しい女性だった。心根も真っ直ぐで優しそうで……」
夢半ばという表情で呟き、ブライアンは言葉を途切れさせる。
明らかに恋をする者の顔つきだった。
父親に唾棄したい気持ちを抑えつけ、オーガストは今後の残酷な計画を遂行する事を決めた。
――もう、こいつはいらない。
「父上、僕の知り合いの貴族が今度結婚をするのです。その会場に件の美女も来るらしいですよ?」
「本当か? その貴族は何と言う?」
思った通り、ブライアンは乗り気になってくる。
「エイミス侯爵です。お忍びで行けば『ガーランドの翠玉』と話をする事もできるのではないですか?」
「そう……だな」
何やら考え事をし、口元を笑わせているブライアンに、オーガストは内心罵声を浴びせる。
――この助平爺め。
――お前を排除するためなら、どんな回り道もしてやる。
一度こうと決めたオーガストは、そのために手段を厭わなかった。
一度目的としたものを誰かの手に委ねようが、最終的に自分が勝てばそれでいいと信じている。
「僕、そろそろ新しいお母様が欲しいな……」
あどけない十歳の少年の言葉に、ブライアンは「そうか」と微笑むのだった。
その後はすべてが思うままだ。
父を亡き者にした後は、父の痕跡が残るリディアを時間をかけて生まれ変わらせていった。
ブライアンが送ったドレスやアクセサリーはいつの間にか手放させ、オーガスト好みの物で飾り立てる。
リディア自身も生きるよすがを息子としていたので、オーガストの言葉にはほとんど従った。
ずっと『良い子』として振る舞えば、リディアも多少の我が儘を容認するようになる。
そのようにしてオーガストは二十一歳までずっと『良い息子』として演技し続け、即位した後に狼の牙を見せたのだ。
**
残念ながら自分とリディアには年齢差があるから、自分が大人になるまでは一端信頼の置ける大人に預けよう。
……たとえば、父王とか。
父王はあれでいて美女が好きだ。パールを妻にと最終的に決断したのも、公爵家という家柄もあるが彼女が美しいのもあるからだと、やはり臣下の噂で聞いた。
だとしたら適齢期になったリディアにどこかで会わせれば、きっと父王は彼女に惹かれるに違いない。
国王に求婚されれば、リディアだって断れないはずだし、子爵家としても願ったり叶ったりだ。
そこから先、父王からどうやってリディアを奪うかはゆっくり考えていこう。
またリディアと手を繋ぎ、爽やかな草原を歩きつつオーガストは実の父を騙す算段を考えていた。
(その前に、あの邪魔な女を何とかしなければ。あれはもう、僕の人生にいらないものだ)
つい今朝ほどまでには心のどこかに引っ掛かっていたパールへの情は、もう綺麗さっぱりなくなっていた。
**
オーガストが十歳になった時、リディアは社交界デビューを果たした。
デビュタントとして王宮に謁見しに来た彼女を見た時は、体が震えた。
信頼の置ける間者から逐一リディアの情報は入手していたものの、実際その美貌を目にするのは本当に久しぶりだったのだ。
デビュタントの白いドレスを身に纏い、長く引きずるトレーンを踏まないように緊張していたリディア。
きっと彼女は挨拶の口上を述べるのに忙しく、手の甲にキスをしたブライアンの顔すらも覚えていないに違いない。
その隣にいた王太子の事など、きっと覚えていないだろう。
彼が五年前に話した商人風の子供ジュリアンだなんて、想像もしないに違いない。
目も眩むような美貌を誇る彼女に、謁見の間にいた全員が溜息をつき夢中になった。
それはブライアンも同じで、そんな父をオーガストは内心見下していた。
――いい歳をして、十七歳のリディアに夢中になって。
――あれは僕の女だ。
グラグラと煮え立つような嫉妬が沸き起こると同時に、オーガストには別の怒りもある。
――彼女の父が自死したのは父上にも責任があったのに、葬儀にすら行かないとはどういう了見だ。
――手紙だけ出しておいて、今さらその娘に目を奪われているだって? 冗談もいい加減にしろ。
リディアが関わらなければ、オーガストは父を好きでいたままだったかもしれない。
だが父が自分と同じ女を性的に見ているというだけで、言いようのない不快感を覚える。
けれど念のため、オーガストは父の気持ちを聞いてみようとした。
「父上、最近我が国では『ガーランドの翠玉』と呼ばれる美女が噂になっているようですね?」
寝る前のティータイムでそう言うと、ブライアンは嬉しそうに笑う。
「ああ、デビュタントの彼女なら覚えている。とても美しい女性だった。心根も真っ直ぐで優しそうで……」
夢半ばという表情で呟き、ブライアンは言葉を途切れさせる。
明らかに恋をする者の顔つきだった。
父親に唾棄したい気持ちを抑えつけ、オーガストは今後の残酷な計画を遂行する事を決めた。
――もう、こいつはいらない。
「父上、僕の知り合いの貴族が今度結婚をするのです。その会場に件の美女も来るらしいですよ?」
「本当か? その貴族は何と言う?」
思った通り、ブライアンは乗り気になってくる。
「エイミス侯爵です。お忍びで行けば『ガーランドの翠玉』と話をする事もできるのではないですか?」
「そう……だな」
何やら考え事をし、口元を笑わせているブライアンに、オーガストは内心罵声を浴びせる。
――この助平爺め。
――お前を排除するためなら、どんな回り道もしてやる。
一度こうと決めたオーガストは、そのために手段を厭わなかった。
一度目的としたものを誰かの手に委ねようが、最終的に自分が勝てばそれでいいと信じている。
「僕、そろそろ新しいお母様が欲しいな……」
あどけない十歳の少年の言葉に、ブライアンは「そうか」と微笑むのだった。
その後はすべてが思うままだ。
父を亡き者にした後は、父の痕跡が残るリディアを時間をかけて生まれ変わらせていった。
ブライアンが送ったドレスやアクセサリーはいつの間にか手放させ、オーガスト好みの物で飾り立てる。
リディア自身も生きるよすがを息子としていたので、オーガストの言葉にはほとんど従った。
ずっと『良い子』として振る舞えば、リディアも多少の我が儘を容認するようになる。
そのようにしてオーガストは二十一歳までずっと『良い息子』として演技し続け、即位した後に狼の牙を見せたのだ。
**
0
お気に入りに追加
2,098
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。


婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる