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騙し合い2
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「な……何のお話でしょうか?」
強張った声を出すカルヴィンに、オーガストはやっと顔を上げる。
何の感情もない目でカルヴィンを見てから、ふとデスクの引き出しからキャンディーの包み紙に似た物を取り出した。
「…………!」
よく見慣れた物を目にし、リディアの胸がバクバクと異常なまでに鳴る。冷や汗がドッと出て、生きた心地がしない。
「これを……、リディアに飲ませていたな? 避妊の薬だと」
「…………」
カルヴィンは何も答えない。
自分一人ならば言い逃れができても、この場にリディアがいる限り彼女がどんなボロを出すか分からない。
「リディア、どうなんだ? 避妊の薬だと分かっていて飲んだのか? ……悪いがこれは君の部屋から見つけた物なのだが」
夫の言及に、性根が素直なリディアは可哀相なまでに震え頷く。
「……は、はい。息子であったあなたと契るのは罪深いからと……、気持ちが定まるまではそれを飲んで……。ゆっくりオーガストとの事を考えようと」
「気持ちは定まったのか?」
「え?」
叱られるかと思いきや、オーガストは意外な言葉を掛けてくる。
「避妊薬を飲んでまでして俺と距離を置きたがり……。それで俺への気持ちは決まったか?」
自分がオーガストに正面からぶつかれていなかった事は指摘されたが、彼はその事については怒っていないようだった。むしろ、気持ちの方に重きを置いてくれている。
覗き穴からすべてを知ってしまったあの夜から、リディアは自分にはもうオーガストしかいないと思っていた。
だからもう、何も偽らないと決めて息を吸い込む。
「はい。確かにあなたとの子を授かるのを恐れ、その薬を飲んでいました。ですがもう私には必要ありません。私はあなたの子を望み、生みたいと思っています」
背筋を伸ばし、堂々と言い切る。
かつて息子として愛した少年を、一人の男として愛すると決めた言葉に、オーガストは柔らかく目元を緩めた。
「……ありがとう、リディア。その言葉がずっと聞きたかった」
「オーガスト……」
安堵し肩から力を抜けさせるリディアの近くで、カルヴィンがゆっくりと脱力してゆく。
「カルヴィン。宰相とはいえ、よその夫婦の房事にまで首を突っ込んでくれるな。この女を愛していいのは俺だけだ。この女を抱き子を産ませるのも俺だけ。そこに他者が介入する余地などない」
「…………」
唇を引き結び歪めたカルヴィンは、何も答える事ができなかった。
**
寝る前になり、寝室に向かう前にリディアは残っていた薬を処分してしまおうと思った。
衣装箪笥の引き出し裏を探ると、あの宝石箱が手に当たる。罪悪感を胸にそれを開けば、残り二つ分の紙包みがある。
秋が近付き暖炉に火を燃やし始めていたので、リディアはその薬を火の中に放った。
「あとは懐剣の宝石の中に隠した物を処分すれば……」
呟いてチェストの引き出しを引くが、そこに嫁入りと同時に持って来た懐剣はなかった。
義父モーリスが豪奢な作りの懐剣を贈ってくれて、ずっしりと重たい黄金の短剣をリディアは気に入っていた。柄の部分にある宝石を開けば、そこに万が一の時の毒を隠せる作りにもなっている。
命を狙われる危険を今の所感じていないので、毒を入れる必要はない。オーガストにいつ求められてもいいよう、あの避妊薬を入れていたのだが……。
「どうして? どこにも持ち出したりしていないのに……」
思わず呟いて引き出しの中を手で探ると、カサリとねじられた紙片に指先が当たった。
「これは……」
折り畳まれてねじられた紙は、明らかにリディアへのメッセージだ。
誰からなのだろうと不安になりつつも紙を開けば、そこに彼女を脅す文面が書かれてあった。
筆記はわざとガタガタになっていて、誰の筆跡か分からないようになっている。
『リディア王妃 あなたが陛下と結婚をしながら、避妊薬を服用していた事は反逆罪にもなる。王妃とは世継ぎを生むもの。その役目を放棄しようとするあなたは、王妃に相応しくない。短剣を返してほしくば、この城より去る覚悟を持って取り返しに来るべし。次の新月の夜、王宮三階の東の端にある控え室で待つ』
「…………」
脅迫文を読んで不安になると同時に、言われている事が正論だと思い血の気が引く。
もとは義母という立場であったにせよ、リディアはいま王妃の座にいる。
国王であるオーガストとの閨に避妊薬を用いていたとなれば、世継ぎを儲ける気がないと取られても仕方がない。
たとえもう薬を飲むつもりがないとしても、オーガストが薬を知っていて許してくれても、『誰か』にとってはそうではない。
「一体誰が……」
犯人を思い浮かべようとするが、やめた。
現実的に考えてリディアの私室に入れるのはオーガスト。そして侍女やメイド、侍従。カルヴィンも入る事だってある。
リディアが目を離した隙に彼らが捜し物をしたかもしれない。逆に考えられないもっと他の人が忍び込む事だって可能だ。
王妃という立場にいるリディアを陥れようとするのなら、相手だって相応の覚悟を持ち、用意周到に準備しているだろう。部屋の前に立つ衛兵を懐柔する事だって、可能なのかもしれないのだ。
強張った声を出すカルヴィンに、オーガストはやっと顔を上げる。
何の感情もない目でカルヴィンを見てから、ふとデスクの引き出しからキャンディーの包み紙に似た物を取り出した。
「…………!」
よく見慣れた物を目にし、リディアの胸がバクバクと異常なまでに鳴る。冷や汗がドッと出て、生きた心地がしない。
「これを……、リディアに飲ませていたな? 避妊の薬だと」
「…………」
カルヴィンは何も答えない。
自分一人ならば言い逃れができても、この場にリディアがいる限り彼女がどんなボロを出すか分からない。
「リディア、どうなんだ? 避妊の薬だと分かっていて飲んだのか? ……悪いがこれは君の部屋から見つけた物なのだが」
夫の言及に、性根が素直なリディアは可哀相なまでに震え頷く。
「……は、はい。息子であったあなたと契るのは罪深いからと……、気持ちが定まるまではそれを飲んで……。ゆっくりオーガストとの事を考えようと」
「気持ちは定まったのか?」
「え?」
叱られるかと思いきや、オーガストは意外な言葉を掛けてくる。
「避妊薬を飲んでまでして俺と距離を置きたがり……。それで俺への気持ちは決まったか?」
自分がオーガストに正面からぶつかれていなかった事は指摘されたが、彼はその事については怒っていないようだった。むしろ、気持ちの方に重きを置いてくれている。
覗き穴からすべてを知ってしまったあの夜から、リディアは自分にはもうオーガストしかいないと思っていた。
だからもう、何も偽らないと決めて息を吸い込む。
「はい。確かにあなたとの子を授かるのを恐れ、その薬を飲んでいました。ですがもう私には必要ありません。私はあなたの子を望み、生みたいと思っています」
背筋を伸ばし、堂々と言い切る。
かつて息子として愛した少年を、一人の男として愛すると決めた言葉に、オーガストは柔らかく目元を緩めた。
「……ありがとう、リディア。その言葉がずっと聞きたかった」
「オーガスト……」
安堵し肩から力を抜けさせるリディアの近くで、カルヴィンがゆっくりと脱力してゆく。
「カルヴィン。宰相とはいえ、よその夫婦の房事にまで首を突っ込んでくれるな。この女を愛していいのは俺だけだ。この女を抱き子を産ませるのも俺だけ。そこに他者が介入する余地などない」
「…………」
唇を引き結び歪めたカルヴィンは、何も答える事ができなかった。
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衣装箪笥の引き出し裏を探ると、あの宝石箱が手に当たる。罪悪感を胸にそれを開けば、残り二つ分の紙包みがある。
秋が近付き暖炉に火を燃やし始めていたので、リディアはその薬を火の中に放った。
「あとは懐剣の宝石の中に隠した物を処分すれば……」
呟いてチェストの引き出しを引くが、そこに嫁入りと同時に持って来た懐剣はなかった。
義父モーリスが豪奢な作りの懐剣を贈ってくれて、ずっしりと重たい黄金の短剣をリディアは気に入っていた。柄の部分にある宝石を開けば、そこに万が一の時の毒を隠せる作りにもなっている。
命を狙われる危険を今の所感じていないので、毒を入れる必要はない。オーガストにいつ求められてもいいよう、あの避妊薬を入れていたのだが……。
「どうして? どこにも持ち出したりしていないのに……」
思わず呟いて引き出しの中を手で探ると、カサリとねじられた紙片に指先が当たった。
「これは……」
折り畳まれてねじられた紙は、明らかにリディアへのメッセージだ。
誰からなのだろうと不安になりつつも紙を開けば、そこに彼女を脅す文面が書かれてあった。
筆記はわざとガタガタになっていて、誰の筆跡か分からないようになっている。
『リディア王妃 あなたが陛下と結婚をしながら、避妊薬を服用していた事は反逆罪にもなる。王妃とは世継ぎを生むもの。その役目を放棄しようとするあなたは、王妃に相応しくない。短剣を返してほしくば、この城より去る覚悟を持って取り返しに来るべし。次の新月の夜、王宮三階の東の端にある控え室で待つ』
「…………」
脅迫文を読んで不安になると同時に、言われている事が正論だと思い血の気が引く。
もとは義母という立場であったにせよ、リディアはいま王妃の座にいる。
国王であるオーガストとの閨に避妊薬を用いていたとなれば、世継ぎを儲ける気がないと取られても仕方がない。
たとえもう薬を飲むつもりがないとしても、オーガストが薬を知っていて許してくれても、『誰か』にとってはそうではない。
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犯人を思い浮かべようとするが、やめた。
現実的に考えてリディアの私室に入れるのはオーガスト。そして侍女やメイド、侍従。カルヴィンも入る事だってある。
リディアが目を離した隙に彼らが捜し物をしたかもしれない。逆に考えられないもっと他の人が忍び込む事だって可能だ。
王妃という立場にいるリディアを陥れようとするのなら、相手だって相応の覚悟を持ち、用意周到に準備しているだろう。部屋の前に立つ衛兵を懐柔する事だって、可能なのかもしれないのだ。
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