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宰相の奸計~新婚の睦1

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 けれど暗躍していたのはオーガストだけではなかった。

 初夜の翌日、ぼんやりと中庭のベンチに座っていたリディアに、カルヴィンが近付いてきた。

「リディア様。お疲れですか?」
「カルヴィン」

 呆けていたリディアが顔を上げ、僅かに微笑んだ。だが腰には昨晩の疲れがあり、立ち上がって彼を迎えるのが億劫だ。
 けれどそれを察したのか、カルヴィンは「そのままで結構です」と手で制した。侍女から日傘を受け取ると、自らリディアに影が差すよう持つ。そして侍女を下がらせた。

「どうかしたの? カルヴィン」
「……非常に言いづらい事ですが、昨晩はリディア様もご同意の上だったのでしょうか?」
「…………」

 カルヴィンに問われ、リディアは自分の胸がスゥッと冷静になってゆくのを感じる。
 昨晩は熱の奔流に流されてしまったが、果たしてあれで良かったのだろうかと、いま悶々と考えていたのだ。

「もう一つ、とても失礼と承知の上ですが……。ご懐妊を望まれていますか?」
「……カルヴィン……」

 様々な感情を込めて隣を見れば、ブルーグレーの目がじっと窺うように見ている。
 やがてカルヴィンが胸元に手を入れ、内ポケットから小さくねじられた紙を取り出した。

「リディア様、これを」
「これは……何?」

 キャンディーのようにねじられた紙は、光に透かすと中に何かの粒が入っている。

「……お薬?」
「その通りです。もしリディア様がご懐妊を望まれないのなら、それを飲まれると良いでしょう。女性の機能を低下させ、避妊の効果をきたす薬です」
「……カルヴィン……」

 信頼していた宰相が避妊薬を渡してくる意図について、リディアは思考を巡らせる。
 カルヴィンは周囲を素早く見回した後、日傘の陰でじっとリディアを見つめた。

「リディア様、私の気持ちは変わっていません。私はずっとあなたを想っていました。あなたがオーガスト陛下を即位させるというくびきから解放され、やっと私も自分の気持ちを口にする事ができました」

「私は……、もう王妃になってしまいました。今朝、結婚誓約書が届き、大聖堂でオーガストと一緒にサインもしました。私はもう、オーガストのものなのです」

 誰かから横槍を入れられれば、リディアの心はすぐにグラついてしまう。
 やはり息子として接してきたオーガストの妻になるという事は、とても罪深いという自覚がある。

 そしてカルヴィンもリディアの弱点を逃さなかった。

「あなたは実の息子として長年接してきた陛下の子を身罷るのですか? 気持ち的にも息子を男として受け入れると?」
「それは……」

 なるべく考えないようにしていたのに、カルヴィンは痛い所を突いてくる。

「とにかく、この薬さえ情事の前に飲めば、お子を授かる事はなくなります。陛下はお若いですし、リディア様を一通り抱かれた後は私が愛妾や側室の準備を致します。陛下のお気持ちが離れた後、慎重に離婚されるのも手です」

 リディアの掌にあった薬を、カルヴィンが握らせてくる。

「薬を飲む事は罪ではありません。お子ができないという猶予がある間、リディア様はゆっくりこのご結婚についてお考えすれば良いのです」
「猶予……」

 確かにそう言われれば、オーガストに抱かれても子ができないという安心感は、心の猶予になるかもしれない。

「この薬はあまり一度に生成できませんが、現在私の手元にあと六錠あります。次の週末には、また次の一週間分をお渡し致します。すぐに飲める場所に隠し、行為の前に必ずお飲みください」
「……体に害はないのね?」
「勿論でございます。信頼のゆく商人から入手しましたから」

 胸に手を当て恭しく頭を下げるカルヴィンに、リディアは何も言う事ができなかった。

 自分がオーガストを男として愛してもいいのか?

 それは、長い時間をかけて自分自身と語り合わなければ、とても解決できないと想ったからだ。


**


「オーガストは意外に絵の才能があるのね。何でもできるのは知っていたけれど、ここまでだなんて……」

 新婚旅行には湖畔にある別荘に赴き、リディアは毎日蕩けるほどの愛を注がれた。もともと慣らされていた体はすぐに快楽を覚え、淫らに開花してゆく。
 ありとあらゆる体位を試され、時にオーガストに口淫をする事もあった。体にオーガストの手と舌が触れていない場所はなく、リディアは名実ともに彼の妻となった。

 どこか悪い事をしている気持ちがありつつも、リディアはカルヴィンから渡された薬を毎日服用していた。そのお陰なのか、オーガストに抱かれて快楽に耽溺しても、懐妊の予感はなかった。

 新婚旅行から帰ってきて、オーガストは執務の合間に、ブライアンが途中で描くのをやめてしまった絵を進めていた。
 ブライアンとの思い出が塗り潰されてしまうのは少し悲しいけれど、彼の息子であるオーガストが完成させてくれるのなら、きっと亡き彼も満足するのではと思った。

 当時着ていたドレスと似た色合いの物を纏い、リディアは椅子に座る。

 時々立ち上がって進捗を確かめれば、面白いほどに絵が進んでいる。最初はよく分からない色の重なりだったものは、次第にリディアの輪郭をとり人物画っぽくなっていった。
 リディア自身は芸術を楽しむ目はあっても、絵を描く技術は持ち合わせていないので、何でも器用にこなすオーガストが誇らしい。

「ねぇリディア」

 カンバスを覗き込んでいるリディアを、オーガストが甘えるように見上げる。

「……な、何?」

 彼がこういう声を出す時は、大抵あまり良くない事を言われる時だ。覚悟を決めてぎこちなく笑えば、オーガストは使っていない絵筆を彼女に向けてくる。

「この絵が仕上がったら、次はあなたの裸婦画を描きたいな」

 柔らかな黒テンの筆先が、リディアの頬をスル……と滑った。

「……っ、そ、……そんなの……。誰かに見られたら恥ずかしいから、嫌です」
「まぁ……、確かに誰かにあなたの裸体を見られるのは、俺も抵抗があるけれど……。だがあなたの美を絵に残せないのは、美術的損失になる気がする」

 筆先はリディアの耳をくすぐり、首筋から鎖骨へと至る。

「で、でも王妃の裸婦画なんていけないわ」
「父上がもしそう望んでいたら、リディアは応えていた?」

 ふともしもの話をされ、リディアは一瞬考える。けれど答えは明白だ。

「駄目よ。たとえブライアン陛下が絵を描かれるとしても、裸の絵は許さないわ」
「もし父上がそういう事を言ったら、怒っていた?」
「そうね。『いけません』って怒っていたかもしれないわ」

 仮定の話をしてクスリと笑うが、あの優しいブライアンはオーガストのようにいやらしい事を望まないと思う。
 会話を進めている間も、オーガストの筆はリディアの肌を這う。

「ンっ……くすぐったいわ、オーガスト」
「リディア、胸だけでいいから出してくれないか」

「え……? でも……」
「ここには誰もいない。胸だけで構わないから」

 差し込む光にオーガストの目が赤く光り、その妖艶な輝きにリディアは負けてしまう。

「す、少しなら……」

 腰から背中にかけてのボタンを外すと、オーガストが残りを手伝ってくれる。
 ふんわりとしたオーガンジーのデイドレスは、すぐにリディアのたっぷりとした胸元を晒させた。

「……相変わらず綺麗な胸だ。あれだけ俺が舐めて弄ったのに、こんなに愛らしい色を変えない」
「それは……、言わないで……」

 オーガストに向けて胸を突き出しているだけで、リディアの下肢はトロリと蜜を垂らす。
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