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小さな天使
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けれどいざブライアンのお手つきに……というタイミングで、リディアは謎の腹痛に苛まれ応える事ができなかった。
緊張からのものかもしれないと思うと、自分の意気地なさに泣けてくる。けれど優しいブライアンは、「環境を変えたのは私だから」と言いリディアの調子が良くなるまで待ってくれると言った。
王位を継ぐオーガストは既に誕生し、順調に成長している。パールとの間に子をもうけようという気持ちにならなかった以上、次はリディアが次男(スペア)を生まなければいけない。
(大事なお役目なんだから、早く治さないと……)
そう思うものの高熱まで出してしまい、意識は朦朧とする。
深夜遅くうなされていると、額に冷たい物が当てられて気持ちよさに目が覚めた。
「……あ……。陛下……?」
うっすら目を開くと、白いガウンを着たオーガスト王太子が立っていた。侍女が外していたのか、額の上に載せていた濡れ布を、新たに水に浸して絞り当ててくれたのだ。
「でんか……、いけません……。移る病かもしれませんし……」
青白くなった顔で起き上がり、何とかオーガストを追いやろうとするも、すぐにくずおれてしまう。
「大丈夫です、母上。医師は移る病ではないと言っていました」
「本当……に……?」
「ええ」
変声期前の少年の声は、澄んだソプラノだ。柔らかな甘い声に白いガウン。リディアは自分の側に天使がいてくれているのだと思った。
「……私の事を、母上と呼んでくださるのですね……」
王太子であるオーガストに受け入れられるのも、輿入れが決まってから目標にした事の一つだ。けれど意外にあっさり母上と呼んでくれ、リディアは気負っていたものが一つ解消されて安堵した。
オーガストは何も答えず、ただリディアの乱れた髪を撫でてくれる。
「……綺麗な銀髪ですね。僕も父上も鴉のように黒い髪だから……。あなたの髪が『妖精の紡いだ銀糸』と呼ばれて賛辞されるのも、頷けます」
「……そんな大層なものではありません……。噂ばかりが一人歩きをして……。私は世間で言われているほど美しくもありませんし、立派なレディでもありません……」
オーガストの手が心地いい。頬にヒタリと当てられた手は、そのままリディアの熱を持った耳たぶも摘まんでくる。
「それに陛下も殿下も……、とても綺麗な髪の色ですわ。……特に殿下は、目の色が光の角度によってルビーのように輝いて、とてもきれい……」
熱に侵された熱い手でオーガストの髪をサラサラと梳る。横になったままだが彼の目を覗き込むと、驚いたように見開かれていた。
「……どうかされましたか? 殿下」
「……いえ。義母上からは、悪魔のような目だと誹られていましたから……。とても驚いて……。うれしい、です」
最後は子供らしい微笑みを浮かべたオーガストに、リディアは心から嬉しくなった。
自分はこの子が欲しがっていた言葉を、ちゃんと言う事ができた。
誇らしい気持ちが芽生えると同時に、オーガストがパールから不遇な目に遭っていただろう事を察し、胸が痛くなる。
その時オーガストの目が潤んでいたように思えたのだが、一国の王子である彼に涙を指摘してはいけないような気がした。なのであえて話を続ける。
「大丈夫です……。私は……、もしご迷惑でなければ殿下の母役としてあなたを愛して差し上げたいです。そのために、早く元気になりますね。陛下とのお子も儲けられるぐらい体調を戻さなければ……」
不甲斐ない自分を奮い立たせるための言葉だったのだが、その時オーガストがグッとリディアの手を握った。
「……殿下?」
不思議に思えば、オーガストは強張った顔をしてかぶりを振り、俯いた。
そして一言。
「僕は……当分、弟も妹もいらない」
「まぁ」
その言葉が偉大な父王を独り占めしたいが故のものと思い、リディアは思わずクスッと笑った。利発そうな王子だが、まだ甘えたい盛りの十歳なのだ。
「私も陛下も、変わらず殿下を愛しますから。そのような事を仰らないで。私は早く元気になります。またお休み前に陛下と温かい飲み物を頂いて、おやすみのキスをしましょうね」
「……はい、母上」
「さあ、あまり長居をしては世話係が心配します。もうご寝所に戻られて?」
「分かりました、母上」
最後にオーガストはリディアの髪を撫で、チュッと彼女の唇にキスをした。
「…………」
「おやすみなさい。母上」
呆然としているリディアの前で、オーガストは天使のような笑みを浮かべて寝室を去って行った。
薄闇の中で目を見開いたリディアは、指先で唇を確認する。
「……まだ、陛下にもキスをされていないのに……」
生まれて初めてのキスは、思いも寄らぬ人物に奪われてしまった。
「……まぁ、十歳の殿下だし……。陛下もお許しになられるわよね?」
暗闇に向かって呟き、オーガストが去ってからまたジクジクとうずき出した腹痛に体を丸めた。
暖炉の火は赤々と燃え、もうすぐ火の様子を見に侍女が来るだろう。秋が始まろうとしている王宮は、ふんだんに暖炉が燃やされていた。
季節的に心も寂しくなっていたが、オーガストの励ましにより気力は少し回復したような気がする。
「殿下……。ありがとうございます……」
呟くと、なるべく眠ろうと努力をした。
緊張からのものかもしれないと思うと、自分の意気地なさに泣けてくる。けれど優しいブライアンは、「環境を変えたのは私だから」と言いリディアの調子が良くなるまで待ってくれると言った。
王位を継ぐオーガストは既に誕生し、順調に成長している。パールとの間に子をもうけようという気持ちにならなかった以上、次はリディアが次男(スペア)を生まなければいけない。
(大事なお役目なんだから、早く治さないと……)
そう思うものの高熱まで出してしまい、意識は朦朧とする。
深夜遅くうなされていると、額に冷たい物が当てられて気持ちよさに目が覚めた。
「……あ……。陛下……?」
うっすら目を開くと、白いガウンを着たオーガスト王太子が立っていた。侍女が外していたのか、額の上に載せていた濡れ布を、新たに水に浸して絞り当ててくれたのだ。
「でんか……、いけません……。移る病かもしれませんし……」
青白くなった顔で起き上がり、何とかオーガストを追いやろうとするも、すぐにくずおれてしまう。
「大丈夫です、母上。医師は移る病ではないと言っていました」
「本当……に……?」
「ええ」
変声期前の少年の声は、澄んだソプラノだ。柔らかな甘い声に白いガウン。リディアは自分の側に天使がいてくれているのだと思った。
「……私の事を、母上と呼んでくださるのですね……」
王太子であるオーガストに受け入れられるのも、輿入れが決まってから目標にした事の一つだ。けれど意外にあっさり母上と呼んでくれ、リディアは気負っていたものが一つ解消されて安堵した。
オーガストは何も答えず、ただリディアの乱れた髪を撫でてくれる。
「……綺麗な銀髪ですね。僕も父上も鴉のように黒い髪だから……。あなたの髪が『妖精の紡いだ銀糸』と呼ばれて賛辞されるのも、頷けます」
「……そんな大層なものではありません……。噂ばかりが一人歩きをして……。私は世間で言われているほど美しくもありませんし、立派なレディでもありません……」
オーガストの手が心地いい。頬にヒタリと当てられた手は、そのままリディアの熱を持った耳たぶも摘まんでくる。
「それに陛下も殿下も……、とても綺麗な髪の色ですわ。……特に殿下は、目の色が光の角度によってルビーのように輝いて、とてもきれい……」
熱に侵された熱い手でオーガストの髪をサラサラと梳る。横になったままだが彼の目を覗き込むと、驚いたように見開かれていた。
「……どうかされましたか? 殿下」
「……いえ。義母上からは、悪魔のような目だと誹られていましたから……。とても驚いて……。うれしい、です」
最後は子供らしい微笑みを浮かべたオーガストに、リディアは心から嬉しくなった。
自分はこの子が欲しがっていた言葉を、ちゃんと言う事ができた。
誇らしい気持ちが芽生えると同時に、オーガストがパールから不遇な目に遭っていただろう事を察し、胸が痛くなる。
その時オーガストの目が潤んでいたように思えたのだが、一国の王子である彼に涙を指摘してはいけないような気がした。なのであえて話を続ける。
「大丈夫です……。私は……、もしご迷惑でなければ殿下の母役としてあなたを愛して差し上げたいです。そのために、早く元気になりますね。陛下とのお子も儲けられるぐらい体調を戻さなければ……」
不甲斐ない自分を奮い立たせるための言葉だったのだが、その時オーガストがグッとリディアの手を握った。
「……殿下?」
不思議に思えば、オーガストは強張った顔をしてかぶりを振り、俯いた。
そして一言。
「僕は……当分、弟も妹もいらない」
「まぁ」
その言葉が偉大な父王を独り占めしたいが故のものと思い、リディアは思わずクスッと笑った。利発そうな王子だが、まだ甘えたい盛りの十歳なのだ。
「私も陛下も、変わらず殿下を愛しますから。そのような事を仰らないで。私は早く元気になります。またお休み前に陛下と温かい飲み物を頂いて、おやすみのキスをしましょうね」
「……はい、母上」
「さあ、あまり長居をしては世話係が心配します。もうご寝所に戻られて?」
「分かりました、母上」
最後にオーガストはリディアの髪を撫で、チュッと彼女の唇にキスをした。
「…………」
「おやすみなさい。母上」
呆然としているリディアの前で、オーガストは天使のような笑みを浮かべて寝室を去って行った。
薄闇の中で目を見開いたリディアは、指先で唇を確認する。
「……まだ、陛下にもキスをされていないのに……」
生まれて初めてのキスは、思いも寄らぬ人物に奪われてしまった。
「……まぁ、十歳の殿下だし……。陛下もお許しになられるわよね?」
暗闇に向かって呟き、オーガストが去ってからまたジクジクとうずき出した腹痛に体を丸めた。
暖炉の火は赤々と燃え、もうすぐ火の様子を見に侍女が来るだろう。秋が始まろうとしている王宮は、ふんだんに暖炉が燃やされていた。
季節的に心も寂しくなっていたが、オーガストの励ましにより気力は少し回復したような気がする。
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