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突然の求婚
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「あ……っ、あなたは……っ」
はしたない姿を晒して顔を覆い、しゃがみ込むリディアの前で、男性は胸に手を当てて跪いた。
一瞬見たところ、とても端正な顔立ちの男性だったと思う。年の頃は三十代半ばほど。
けれど身に覚えのない顔だったので、リディアは賊の類いかと思って混乱したのだ。
「驚かせて済まない。私はブライアン・クリフォード・ブライトウェル。どうしてもあなたと話がしたいと思い、エイミス侯爵に無理を言った」
「ブライアン……ブライトウェル……?」
壁を向いてしゃがみこんだリディアだが、ハッとして告げられた名を復唱する。
ブライトウェルと言えば、現王家の名前ではないか。
そしてつい先日社交界デビューの際に王族に拝謁した時、確かに国王陛下は今の男性と同じ黒髪をしていた。
恐る恐る振り向くと、まだ彼はこうべを垂れたままだった。重力に従って柔らかそうな黒髪が流れ、ジュストコールの裾は絨毯の上に広がっている。
下着姿を見られたという事よりも、別の可能性――国王陛下を跪かせているという畏怖に震えた。
「あっ……頭を上げてください! こ、国王陛下ですか?」
彼と同じように床に膝をつき、リディアは這いつくばるようにして彼の顔を覗き込む。ようやく顔を上げた彼は、安堵して笑みを漏らし口ひげに手を伸ばした。
小さな音がして付けひげが取れ、謁見の場にいた国王陛下その人が姿を現す。
「無礼な真似をどうか許してほしい。レディ・リディア」
ブライアンはジュストコールを脱ぎ、リディアの肩に掛けてくれた。ホッとしてそれを胸の前でかき合わせるも、リディアは現状を理解できていない。
それを察したのか、ブライアンはリディアを立たせてソファに座らせる。手を出すつもりがないと示すためか、自分は離れた所に腰掛けた。
「エイミス侯爵が遠縁で、幼少の時に交流があった。なのでこっそり祝いの席に参加して、祝福だけして立ち去るつもりだった」
「……り、理解致しました」
「だが先ほど、レディ・リディアの勇気ある行動がこの胸に鮮烈に刻まれた」
胸に手を当て、ブライアンは目を閉じる。彼の目蓋の裏で、自ら赤ワインを被り不敵に笑ったリディアは、とても美しく映ったのだ。
「お、お見苦しい真似を……」
「いや、あの瞬間私はあなたに強く惹かれた」
「え……っ」
それまでテーブルの上の花を見つめていたのだが、リディアは思わずブライアンに視線を向けた。彼の目は、穏やかにリディアを見つめている。
「レディ・リディア。私はあなたに恋をしました。私は正妻を喪い後妻のいる身ですが、側室として宮廷に来てはくれないだろうか?」
「――え……」
ブライアンの言葉はリディアの耳にちゃんと入り込んだが、その意味をちゃんと理解するまでまるまる一分ほどを要した。遅れてカァァ……と白い面が朱に染まる。
彼女の様子を、ブライアンは目を細めて見つめていた。
「本当に可愛らしい人だ。デビュタントとして謁見した時も、トレーンを踏まないようにとか挨拶をしっかりするようになどで頭が一杯だったのだろう。あの時の愛らしさはいまだに覚えている。一度謁見したはずなのに、口ひげの変装だけで気づかないとは……。私も王として存在感がないのかな?」
クスクスと笑われ、リディアの己の失礼さに頭を抱えたくなる。
「ほ、本当に申し訳ございません……」
「いや、いい。それより返事は? あなたは国中どころか周辺国にまで噂の美姫だからな。見初めた私が早く摘んでしまわないと、誰かの花になってしまう」
目の前で大人の余裕を見せて微笑んでいる人は、とても落ち着いて魅力的な男性に思えた。年齢こそはリディアが十七歳に対しブライアンは三十六歳だったが、今日結婚した友人のクレアだって、それぐらいの年齢差だ。
「……両親に相談させてください。お返事をするまでは、どなたのお誘いも受け取りません。約束致します」
「分かった。急な申し出で済まなかった。レディの着替え中に求婚する国王というのも、些か問題があるな」
最後に自嘲するように笑い、ブライアンは立ち上がった。
「あの……っ、お召し物を!」
リディアも立ち上がり、下着姿を晒すのは恥ずかしいがブライアンの上着を差し出した。けれど彼はゆっくり首を振り、またリディアの肩にジュストコールを掛ける。
「そのままで。私はもう城に帰るから、あなたも着替えてしまいないさい」
「……はい」
「レディ・リディア。色よい返事を待っている」
低く心地いい声で呟くと、ブライアンはリディアの額にキスを落としていった。
「あ……」
ブライアンは静かに退室し、残されたリディアは額に手をやって赤面する。やがて、いつの間にか下がっていた侍女がまた入室し、ボゥッとしているリディアをテキパキと着替えさせていった。
**
国王に求婚されたという事を両親に告げると、半信半疑になるのも当たり前だと思った。けれどすぐに宮廷から正式な書状が届き、こんな好機はないと家族全員でお祝いムードになる。
リディアも突然の事に戸惑ったものの、ブライアンの第一印象のよさに断る理由もなかった。側室ともなれば色々大変だろうけれど、あの優しい国王の側室になれるのなら耐えられると思った。
ただ一つ不安だったのは、現在の正妻であるパールの事だ。
ブライアンの本来の正妻であるアデルは、第一王子のオーガストを産み落としすぐ亡くなってしまった。四年後に家柄の良さから公爵家の娘である、現在二十八歳のパールが後妻として選ばれた。
けれどパールはとても気が強く、ブライアンや臣下に我が儘を言っては困らせているらしい。正妻の座にあるに関わらず、とある伯爵と浮き名を流してとうとうブライアンの怒りを買った。現在は地方の離宮に追いやられてしまったようだ。
今の王宮にブライアンの妻という人は実質的におらず、そういう意味ではリディアは安心して嫁げる。だが地方にいるパールが自分の輿入れをどう思うか、不安は尽きない。
はしたない姿を晒して顔を覆い、しゃがみ込むリディアの前で、男性は胸に手を当てて跪いた。
一瞬見たところ、とても端正な顔立ちの男性だったと思う。年の頃は三十代半ばほど。
けれど身に覚えのない顔だったので、リディアは賊の類いかと思って混乱したのだ。
「驚かせて済まない。私はブライアン・クリフォード・ブライトウェル。どうしてもあなたと話がしたいと思い、エイミス侯爵に無理を言った」
「ブライアン……ブライトウェル……?」
壁を向いてしゃがみこんだリディアだが、ハッとして告げられた名を復唱する。
ブライトウェルと言えば、現王家の名前ではないか。
そしてつい先日社交界デビューの際に王族に拝謁した時、確かに国王陛下は今の男性と同じ黒髪をしていた。
恐る恐る振り向くと、まだ彼はこうべを垂れたままだった。重力に従って柔らかそうな黒髪が流れ、ジュストコールの裾は絨毯の上に広がっている。
下着姿を見られたという事よりも、別の可能性――国王陛下を跪かせているという畏怖に震えた。
「あっ……頭を上げてください! こ、国王陛下ですか?」
彼と同じように床に膝をつき、リディアは這いつくばるようにして彼の顔を覗き込む。ようやく顔を上げた彼は、安堵して笑みを漏らし口ひげに手を伸ばした。
小さな音がして付けひげが取れ、謁見の場にいた国王陛下その人が姿を現す。
「無礼な真似をどうか許してほしい。レディ・リディア」
ブライアンはジュストコールを脱ぎ、リディアの肩に掛けてくれた。ホッとしてそれを胸の前でかき合わせるも、リディアは現状を理解できていない。
それを察したのか、ブライアンはリディアを立たせてソファに座らせる。手を出すつもりがないと示すためか、自分は離れた所に腰掛けた。
「エイミス侯爵が遠縁で、幼少の時に交流があった。なのでこっそり祝いの席に参加して、祝福だけして立ち去るつもりだった」
「……り、理解致しました」
「だが先ほど、レディ・リディアの勇気ある行動がこの胸に鮮烈に刻まれた」
胸に手を当て、ブライアンは目を閉じる。彼の目蓋の裏で、自ら赤ワインを被り不敵に笑ったリディアは、とても美しく映ったのだ。
「お、お見苦しい真似を……」
「いや、あの瞬間私はあなたに強く惹かれた」
「え……っ」
それまでテーブルの上の花を見つめていたのだが、リディアは思わずブライアンに視線を向けた。彼の目は、穏やかにリディアを見つめている。
「レディ・リディア。私はあなたに恋をしました。私は正妻を喪い後妻のいる身ですが、側室として宮廷に来てはくれないだろうか?」
「――え……」
ブライアンの言葉はリディアの耳にちゃんと入り込んだが、その意味をちゃんと理解するまでまるまる一分ほどを要した。遅れてカァァ……と白い面が朱に染まる。
彼女の様子を、ブライアンは目を細めて見つめていた。
「本当に可愛らしい人だ。デビュタントとして謁見した時も、トレーンを踏まないようにとか挨拶をしっかりするようになどで頭が一杯だったのだろう。あの時の愛らしさはいまだに覚えている。一度謁見したはずなのに、口ひげの変装だけで気づかないとは……。私も王として存在感がないのかな?」
クスクスと笑われ、リディアの己の失礼さに頭を抱えたくなる。
「ほ、本当に申し訳ございません……」
「いや、いい。それより返事は? あなたは国中どころか周辺国にまで噂の美姫だからな。見初めた私が早く摘んでしまわないと、誰かの花になってしまう」
目の前で大人の余裕を見せて微笑んでいる人は、とても落ち着いて魅力的な男性に思えた。年齢こそはリディアが十七歳に対しブライアンは三十六歳だったが、今日結婚した友人のクレアだって、それぐらいの年齢差だ。
「……両親に相談させてください。お返事をするまでは、どなたのお誘いも受け取りません。約束致します」
「分かった。急な申し出で済まなかった。レディの着替え中に求婚する国王というのも、些か問題があるな」
最後に自嘲するように笑い、ブライアンは立ち上がった。
「あの……っ、お召し物を!」
リディアも立ち上がり、下着姿を晒すのは恥ずかしいがブライアンの上着を差し出した。けれど彼はゆっくり首を振り、またリディアの肩にジュストコールを掛ける。
「そのままで。私はもう城に帰るから、あなたも着替えてしまいないさい」
「……はい」
「レディ・リディア。色よい返事を待っている」
低く心地いい声で呟くと、ブライアンはリディアの額にキスを落としていった。
「あ……」
ブライアンは静かに退室し、残されたリディアは額に手をやって赤面する。やがて、いつの間にか下がっていた侍女がまた入室し、ボゥッとしているリディアをテキパキと着替えさせていった。
**
国王に求婚されたという事を両親に告げると、半信半疑になるのも当たり前だと思った。けれどすぐに宮廷から正式な書状が届き、こんな好機はないと家族全員でお祝いムードになる。
リディアも突然の事に戸惑ったものの、ブライアンの第一印象のよさに断る理由もなかった。側室ともなれば色々大変だろうけれど、あの優しい国王の側室になれるのなら耐えられると思った。
ただ一つ不安だったのは、現在の正妻であるパールの事だ。
ブライアンの本来の正妻であるアデルは、第一王子のオーガストを産み落としすぐ亡くなってしまった。四年後に家柄の良さから公爵家の娘である、現在二十八歳のパールが後妻として選ばれた。
けれどパールはとても気が強く、ブライアンや臣下に我が儘を言っては困らせているらしい。正妻の座にあるに関わらず、とある伯爵と浮き名を流してとうとうブライアンの怒りを買った。現在は地方の離宮に追いやられてしまったようだ。
今の王宮にブライアンの妻という人は実質的におらず、そういう意味ではリディアは安心して嫁げる。だが地方にいるパールが自分の輿入れをどう思うか、不安は尽きない。
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