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序章1

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 毎回薬を飲む時は緊張する。

 それが毒ではなくちゃんと作用するものだとしても、食事ではない『何か』を口に入れるのは気持ちが落ち着かない。

(でも、避妊のためにはちゃんと飲まなければ。カルヴィンの言う事を聞けばきっと間違いないわ)

 月光に透き通りそうな銀髪を煌めかせたリディアは、タブレット状に生成された結晶を口に入れ、すぐに水の入ったゴブレットを呷った。

「ん……く」

 口の奥に苦みが広がる気がし、残った水を慌ててゴクゴクと飲み干す。
 精緻な模様が刻まれた銀のゴブレットを置いても、リディアは安堵しなかった。『次』に備え、嫁入り時に持ってきた懐剣の柄部分にある宝石を回し、開いた。本来なら毒が入るそこに、いつでも飲めるように予備の薬を入れてパチンと閉じる。
 薬の粒が入った化粧箱には、あと二、三錠ほどしかなかった。

(カルヴィンに追加のお薬を頼まないと。陛下にいつ求められるか分からない。万が一の備えはちゃんとしておいた方がいいもの)

 フゥ……と溜め息をついた後は、女性の掌にもすっぽりと収まってしまう大きさの化粧箱を、衣装箪笥の引き出し裏に置いた。

 湯浴みを済ませ、髪も体も念入りにバラの香油で整えられた彼女は芳しい。成熟した体は胸部がふっくらと熟れ、蜂のようにキュッと括れた腰の下、なまめかしい臀部が実っている。スラリとした脚は絹のネグリジェに隠れているが、見る者を魅了するしなやかな牝鹿を思わせるだろう。
 物憂げに伏せられた長い睫毛はクルンとカールして天を向いている。その下に秘められた目は、翠玉(エメラルド)の輝きを見せつけている。白皙のかんばせに丹花の唇。小作りな鼻の下にあるぽってりとした唇は、バラの蕾のようだと宮中で噂だ。

「……陛下がいらっしゃる前に、寝所に行かなければ」

 衣装部屋を出て、リディアは続き間になっている寝室に赴くと、巨大な寝台を見て重たい溜め息をついた。
 シャンデリアには何本もの蝋燭の火が揺らめき、金の装飾を輝かせている。青地に金のアラベスク模様が刻まれた天蓋の上には、木彫りの聖人や十字架が尖塔のように立っていた。

(どうして睦み合いをする寝台だというのに、先祖代々の肖像画や教会を思わせるモチーフがあるのかしら。歴代の王はこれらの前で何の罪悪感も抱かなかったのか疑問だわ)

 寝台の横にある鏡台には、戸惑い顔のリディアが映っている。壁の腰板にはウォールナット材でできた扉のような模様が刻まれ、その中のどれかに隠し扉も含まれているのだろう。壁の上部は色彩豊かな壁画となっており、天上の神々や天使が描かれている。

(これが恋愛結婚をした果ての閨なら、私はもっと喜んでいたかもしれない……)

 寝台に座って待っている気持ちにもなれず、リディアは鏡台横に置いてある椅子に座った。
 蝋燭が燃える匂いを嗅ぎ、胸を高鳴らせてどれだけ待っただろう――?
 空気が流れたかと思うと、廊下に続くドアが開かれた。

「……陛下」
「そこに座っていたのか。少し待たせたな。どうしても目通りをという者に時間を取られた」

 見上げるほどの長身にガウンを羽織ったのは、弱冠二十一歳にしてこのガーランド王国国王に即位したばかりのオーガスト。
 光の角度によって赤く光るオレンジガーネットの目に、濡れ羽色の髪。冷たく整った美貌はどこか生意気そう――と感じるのは、リディアが彼の少年時代を知っているからかもしれない。

 立ち上がり震える体を叱咤して頭を下げると、その肩に鷹揚に手が置かれた。
 緊張を落ち着かせるためか上下にさすった後、オーガストの手はリディアの二の腕を柔らかに揉んだ。

「…………」
「女性の二の腕の柔らかさは、胸の柔らかさに通じているのだとか。……あながち嘘でもないな。あなたの実りきった胸はとても柔らかで、俺の指が沈んでゆく」

 まるで胸にされるかのように二の腕を揉まれる。性的な部分ではないのに、とても卑猥な事をされている気持ちになった。

「……今日のお勤めを果たしてしまいましょう。陛下」
「『お勤め』に『陛下』か……」

 どこかぞんざいな口調で言った後、オーガストはリディアを伴って寝台に乗り上げた。微かにマットレスが軋む音がし、その後リディアは無抵抗に押し倒される。

「この清純でありながら妖婦のような肉体も、妖精が紡いだ銀糸と呼ばれる髪も。ガーランドの翠玉と呼ばれる目も。……俺が手に入れたというのにな」
「もともと私は、先王陛下に見初められました。陛下の母であった私をこのように辱めるのは、楽しいですか?」

 その時僅かにリディアの目に抵抗らしき感情が見えた。けれどオーガストは気分を害するどころか、ニィッと形のいい唇を笑わせる。

「俺はあなただから欲した。父上に手を出されていなかった無垢のあなただから、妻にしたいと望んだんだ」
「……歪んでるっ」

 食い縛った歯の間から、呻き声に似た悲鳴が漏れた。
 その唇を親指でなぞり、リディアにのし掛かったオーガストが顔を寄せる。そして低く囁いた。

「諦めろ。あなたはもう俺のものだ。あなたはガーランド王国王妃リディア。そして俺は国王。妻なら夫の望むがままに、褥では淫らに男を誘え」

 夜目にも分かるほど、リディアが屈辱に震えた。けれどその手は心に反し、己のネグリジェのたっぷりとした布地を引き上げた。自ら脚を広げ、膝を立て――。

 ネグリジェの下に、リディアは下着を身につけていなかった。

 涙を纏って細められた目の下、朱唇はきつく引き結ばれている。細い喉がゴクッと唾を嚥下し、ふっくらと実った双丘は呼吸に合わせて大きく息づいていた。その先端が勃ち上がっているのは、自分の意志ではないとリディアは泣きたい気持ちだ。
 ドロワーズやシュミーズはつけていないものの、彼女の秘部には柔らかくなめされた革製の貞操帯があった。小用のためのスリットからは花弁がはみ出て、ひくつきながら涎を垂らしている。
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