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一時の平和
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月曜になって忌引きも明け、登校だ。
今日午前中のうちにハヤテの遺体を共同火葬場へ連れて行くと言っていたので、飯を食ってから少しの間、北の部屋で俺はハヤテに別れを告げた。もうクロの姿は見えないが、槐たちの話では彼女は無垢な魂なら確実に綺麗な場所へ連れて行ってくれるらしい。だからそれを信じて、俺はハヤテに最後の挨拶をするのだった。
出がけにひい婆ちゃんの部屋を覗くと、興味を隠さないギンが付いてくると言い出す。
「いいじゃろう。家人の事は槐と藤紫に任せておけい。わしは『すくーるらいふ』というものに興味がある」
「まぁ……いいけど、学校で独り言はホントにヤバイから、人がいる時に話し掛けてきたりしないでね」
「よし、約束じゃ」
カラリと笑ってギンは約束のつもりなのか小指を立ててみせ、俺は居間に向かって「行って来ます」と言ってから外へ出た。
七海はちょっと前に家を出ていて、俺はママチャリの後部にギンを乗せ出発する。振り向けばちゃんとギンは横向きに座って、俺の胴に手を回しているのも感じているのに、重量だけは全く感じない。不思議なもんだ。
「ふっふっふ……こうしていると、青春映画のようじゃのう」
「昔の少女漫画ではそういう表現があったみたいだね。でも今は二人乗りは禁止されてるよ。ギンが普通の人間だったら多分俺乗せてないよ」
「ふむ、拓也は意外と真面目じゃの」
しばらく平らな道路を走って、その間に民家や店のガラスに映る自分の姿をチラッと見ても、そこに映るのは俺の姿だけでギンは映っていなかった。
なのに背中にはほんのりとギンの胸が当たっている感触があるから、不思議で堪らないし役得だと思っていた。
「のう、拓也はがーるふれんどはおるのか?」
「女友達はいるけど、付き合ってる子はいないよ」
「ふぅん……、ではわしがなってやろうかの」
「……ナニイッテルンデスカ」
やばい。これはギンに弄られる雰囲気だ。
「ふふん、拓也も年頃の男じゃから女子に触りたいと思っておるんじゃろ。その点わしらは美女ぞろいじゃし、姿も変わらぬ。拓也一人のハーレム状態じゃぞ」
くっそ……。後ろを向かないでも、ギンが意地悪そうにニヤニヤしてるのが分かる。
「第一、そんな目でギンたちの事を見たら、ひい婆ちゃんに申し訳ないし槐が怖いよ」
確かに美少女だな、とか美人だなとかは思ってるけどさ。特に藤紫の『綺麗なお姉さん』具合は凄まじい。彼女が普通の人間だったら、絶対にモデルとか女優とかになってると思う。それとも……銀座とかで凄い人相手にしてるとか。
「なんじゃ、詰まらんの」
そう言ってギンは俺の背中に顔を押し付け、背後からスーッと息を吸い込む音が聞こえた。
「なにしてんの、ギン」
「拓也はいい匂いがするのぉ」
「なに言ってんだよ、俺はなんも匂わないよ。藤紫の方がずっといい匂いするだろ」
「違うぞ、拓也。主は主の匂いがする。我ら九十九神や清らかな魂とは違う、この世とあの世の狭を見る者だけの香りなのじゃ」
「ふ……ふぅん」
不思議なもんだ。ごく普通の男子高校生に、この世の者じゃない美女が「いい匂い」って言うなんて。ていうか恥ずかしいよ。
「やはり拓也は年頃の男じゃの。若い頃の絹は笑顔を浮かべて、『もっと嗅いだら?』とわしらを抱き締めたもんじゃ」
「ふぅん……。ねぇ、ギン。もう少しひい婆ちゃんが若かった頃の話をしてよ」
「いいじゃろ」
それから俺は学校に着くまで、後ろに乗ったギンが楽しそうにひい婆ちゃんとの思い出を話すのを聴いていた。
ギンはなかなか大きな声で話すんだが、周りの人は誰も聞こえない。俺は返事をするのを控えていたけど、それはギンも分かっていたみたいだ。おかげで俺は余計な邪魔をされる事なく、ひい婆ちゃんと彼女たちの思い出を聞く事ができた。
俺の忌引き明けの初登校は、思ったよりも普通の一日だった。俺のひい婆ちゃんが死のうがほとんどのクラスメイトには関わりのない事で、俺の家に遊びに来た事のある友達だけが、「お疲れさん」と声を掛けてくれた。
その他は普通の学校である。
休んでいた間のノートは友達が貸してくれた。放課後に図書室に寄って今読んでいるシリーズものの返却と新しい巻を借りて、コンビニに寄ってノートのコピーを取ってから友達と別れ、また自転車に乗って家に帰る。
部活には入っていなくて、代わりにと言ってはなんだが生徒会の臨時雑用みたいな事をしている。正式なメンバーではなくて、学校祭とか忙しい時に要員が足りない時の有志だ。
「最近、天気が続いてるなぁ」
荷台にはやっぱりギンが乗っていて、一日をかけて現代の高校生の生活を楽しめた彼女はご機嫌だ。
「拓也、わしもあのせーらー服というのを着てみたいの」
「えぇ? ギンは着物が似合うから、そのままでいいよ」
「拓也は女心が分かっておらんのぉ。女という生き物は常に洒落たものを好むものじゃ。自分に似合う物が分かっていても、専門外のものにも興味を持つ。そんな事では『彼女』ができてもすぐに呆れられてしまうぞ」
学校にいる間、ギンは好き勝手に色んな生徒の話を聞いていて、随分と情報を仕入れたらしい。もともと呑み込みの早い性質なのか、帰る頃には様々な若者語や今流行りの知識を口にしている。コンビニに寄った時も興味津々だったから、今度また連れて行けとか言われそうだな。
「そんな事言われても、女心なんてまだ分かんないよ!」
手稲駅より北側まで下りると、道は平たんになって自転車を漕ぎやすくなる。耳元で風が鳴るのを聞きながら、俺は前方の北の空に向かって声を張り上げた。
**
今日午前中のうちにハヤテの遺体を共同火葬場へ連れて行くと言っていたので、飯を食ってから少しの間、北の部屋で俺はハヤテに別れを告げた。もうクロの姿は見えないが、槐たちの話では彼女は無垢な魂なら確実に綺麗な場所へ連れて行ってくれるらしい。だからそれを信じて、俺はハヤテに最後の挨拶をするのだった。
出がけにひい婆ちゃんの部屋を覗くと、興味を隠さないギンが付いてくると言い出す。
「いいじゃろう。家人の事は槐と藤紫に任せておけい。わしは『すくーるらいふ』というものに興味がある」
「まぁ……いいけど、学校で独り言はホントにヤバイから、人がいる時に話し掛けてきたりしないでね」
「よし、約束じゃ」
カラリと笑ってギンは約束のつもりなのか小指を立ててみせ、俺は居間に向かって「行って来ます」と言ってから外へ出た。
七海はちょっと前に家を出ていて、俺はママチャリの後部にギンを乗せ出発する。振り向けばちゃんとギンは横向きに座って、俺の胴に手を回しているのも感じているのに、重量だけは全く感じない。不思議なもんだ。
「ふっふっふ……こうしていると、青春映画のようじゃのう」
「昔の少女漫画ではそういう表現があったみたいだね。でも今は二人乗りは禁止されてるよ。ギンが普通の人間だったら多分俺乗せてないよ」
「ふむ、拓也は意外と真面目じゃの」
しばらく平らな道路を走って、その間に民家や店のガラスに映る自分の姿をチラッと見ても、そこに映るのは俺の姿だけでギンは映っていなかった。
なのに背中にはほんのりとギンの胸が当たっている感触があるから、不思議で堪らないし役得だと思っていた。
「のう、拓也はがーるふれんどはおるのか?」
「女友達はいるけど、付き合ってる子はいないよ」
「ふぅん……、ではわしがなってやろうかの」
「……ナニイッテルンデスカ」
やばい。これはギンに弄られる雰囲気だ。
「ふふん、拓也も年頃の男じゃから女子に触りたいと思っておるんじゃろ。その点わしらは美女ぞろいじゃし、姿も変わらぬ。拓也一人のハーレム状態じゃぞ」
くっそ……。後ろを向かないでも、ギンが意地悪そうにニヤニヤしてるのが分かる。
「第一、そんな目でギンたちの事を見たら、ひい婆ちゃんに申し訳ないし槐が怖いよ」
確かに美少女だな、とか美人だなとかは思ってるけどさ。特に藤紫の『綺麗なお姉さん』具合は凄まじい。彼女が普通の人間だったら、絶対にモデルとか女優とかになってると思う。それとも……銀座とかで凄い人相手にしてるとか。
「なんじゃ、詰まらんの」
そう言ってギンは俺の背中に顔を押し付け、背後からスーッと息を吸い込む音が聞こえた。
「なにしてんの、ギン」
「拓也はいい匂いがするのぉ」
「なに言ってんだよ、俺はなんも匂わないよ。藤紫の方がずっといい匂いするだろ」
「違うぞ、拓也。主は主の匂いがする。我ら九十九神や清らかな魂とは違う、この世とあの世の狭を見る者だけの香りなのじゃ」
「ふ……ふぅん」
不思議なもんだ。ごく普通の男子高校生に、この世の者じゃない美女が「いい匂い」って言うなんて。ていうか恥ずかしいよ。
「やはり拓也は年頃の男じゃの。若い頃の絹は笑顔を浮かべて、『もっと嗅いだら?』とわしらを抱き締めたもんじゃ」
「ふぅん……。ねぇ、ギン。もう少しひい婆ちゃんが若かった頃の話をしてよ」
「いいじゃろ」
それから俺は学校に着くまで、後ろに乗ったギンが楽しそうにひい婆ちゃんとの思い出を話すのを聴いていた。
ギンはなかなか大きな声で話すんだが、周りの人は誰も聞こえない。俺は返事をするのを控えていたけど、それはギンも分かっていたみたいだ。おかげで俺は余計な邪魔をされる事なく、ひい婆ちゃんと彼女たちの思い出を聞く事ができた。
俺の忌引き明けの初登校は、思ったよりも普通の一日だった。俺のひい婆ちゃんが死のうがほとんどのクラスメイトには関わりのない事で、俺の家に遊びに来た事のある友達だけが、「お疲れさん」と声を掛けてくれた。
その他は普通の学校である。
休んでいた間のノートは友達が貸してくれた。放課後に図書室に寄って今読んでいるシリーズものの返却と新しい巻を借りて、コンビニに寄ってノートのコピーを取ってから友達と別れ、また自転車に乗って家に帰る。
部活には入っていなくて、代わりにと言ってはなんだが生徒会の臨時雑用みたいな事をしている。正式なメンバーではなくて、学校祭とか忙しい時に要員が足りない時の有志だ。
「最近、天気が続いてるなぁ」
荷台にはやっぱりギンが乗っていて、一日をかけて現代の高校生の生活を楽しめた彼女はご機嫌だ。
「拓也、わしもあのせーらー服というのを着てみたいの」
「えぇ? ギンは着物が似合うから、そのままでいいよ」
「拓也は女心が分かっておらんのぉ。女という生き物は常に洒落たものを好むものじゃ。自分に似合う物が分かっていても、専門外のものにも興味を持つ。そんな事では『彼女』ができてもすぐに呆れられてしまうぞ」
学校にいる間、ギンは好き勝手に色んな生徒の話を聞いていて、随分と情報を仕入れたらしい。もともと呑み込みの早い性質なのか、帰る頃には様々な若者語や今流行りの知識を口にしている。コンビニに寄った時も興味津々だったから、今度また連れて行けとか言われそうだな。
「そんな事言われても、女心なんてまだ分かんないよ!」
手稲駅より北側まで下りると、道は平たんになって自転車を漕ぎやすくなる。耳元で風が鳴るのを聞きながら、俺は前方の北の空に向かって声を張り上げた。
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