【R-18】死神侯爵と黄泉帰りの花嫁~記憶喪失令嬢の精神調教~【挿絵付】

臣桜

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シガールームにて1

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「それにしても、羨ましいなぁ。高嶺の花だったコレット嬢が、とうとう人妻かぁ」

 一足早くシガールームにふけこんだジスランの向かいには、フィリップが座っている。この短時間で相当ワインを飲んだのか、顔が赤い。

「ジスランの愛人として破廉恥なメイド姿で現れた時は、どうしようかと思ったぞ。まったく君も意地悪な男だな」

 しかめっ面をするフィリップに、ジスランは悪びれもせずワインを飲む。

「おまけに彼女の前で我がジゴー家が困窮しかけていることを言い出すものだから、動揺して詳細を聞けず帰る羽目になったじゃないか。本当に心臓に悪い……」
「あれは少し別の意図があったんだ。許せ」

 ゆったりと脚を組みワインを味わうジスランに、フィリップは「お前はそうだよな」という顔をし、コレットに想いを馳せる。

「あの真っ白な肌も、華奢でいながら熟れた体も、見るも美しいアメジストの瞳も、誰もが憧れる至上の美女だったのになぁ」

 やや管巻き気味のフィリップに、ジスランは同意する。

「……まぁ、彼女は目立つ容姿ではあるな」

 ただ顔が整っていることやスタイルの問題ではなく、コレットの色白さや色素の薄い髪、滅多にお目にかかれない紫の瞳などは、人々の噂に上りやすい。

「きっとコレット嬢は、アルビノ症だろう?」

 新しい酒を自分のグラスに注ぎつつ、フィリップは何気なく言う。

「ああ、フィルの家系は医学に明るかったな」

 伯爵家の次男坊とスペアの立場ながら、フィリップはいざとなれば医者として本領を発揮できるという強みがある。父であるジゴー伯は軍医顧問であり、医療品の補給や他国から医療知識を集めたりなど、一族がそちら方面に造詣が深い。

「突然変異だったり遺伝によるものだったり、人間の色素というものは不思議だよな。彼女ももしかしたら、人より光に弱いこともあるかもしれない。だが見たところ普段の生活も問題なく送れているんだろ? まぁ、安泰だな。あーっ、ちっくしょ」

 コレットの体質について分析したかと思えば、思い出したかのように悔しがる。忙しい男である。

「それはそうと……。コレット嬢はルノアール家の黒い噂は知っているのか?」

 やや少しして、フィリップの声のトーンが幾分下がった。
 胡乱な目がジスランを見るが、もちろん彼はいつも通り冷静そのものという顔つきで表情が窺えない。

「さて、どうだろうな? 俺としても代々伝わる黒い噂など、伝説の類いだと思っている。それにしてもよくも以前はコレットを脅すようなことを言ってくれたな?」

 ぐい、とフィリップを睨むと、彼はばつが悪そうに視線を逸らす。

「し、仕方がないだろう。私だって意中のコレット嬢を横取りされて悔しかったんだ。ああでも言わなければ溜飲が下がらない。ただでさえ卿は……」

 そのあと悔しいことにジスランを褒める言葉しか続かないと気付くと、フィリップは忌ま忌ましげに舌打ちをし、また酒を呷る。

 自分に敵意と対抗心を見せてくるフィリップを、ジスランはそれでも友人として迎え入れていた。自分がとっつきにくい性格で、友人ができづらいのは承知している。社交界で自分の周りを固めるのは、大体ルノアール家という巨大な家の恩恵を授かろうとする者たちばかりだ。
 逆にそんななかで、ジスランへの嫉妬や羨望を隠さず、愚直なまでに自らに素直なフィリップという男をどこか気に入っていた。

 ジスランという頭が良すぎて人々の表も裏も透かして見えるような人間の周りで、フィリップのように醜さすら隠さない人間は逆に珍しいのかもしれない。

 そこにシガールームのドアを開いた人物が、「あ」と声をあげ遠慮した気配を見せる。

「なんだ、ディオンじゃないか。我々しかいないから、遠慮せず入るといい」

 開かれたドアの向こうからは、遠くダンスホールの音楽が聞こえる。多くの人々は、まだダンスや出された料理に夢中なのだろう。

「……失礼します」

 新しいブリュイエール伯爵となったディオンは、軽く会釈をしてフィリップの横にある一人掛けのソファに座った。

「……ディオン、〝手紙〟について感謝する」

 やがてジスランが義弟となるディオンに謝意を示す。

「よしてください。僕こそジスラン様には感謝しかなくて……」

 始まった会話の内容を察し、フィリップは一応気を遣う。

「私はいなくなった方がいいかな? コレット嬢に負けないレディがいないか、少し見てくるか……」

 億劫そうに立ち上がるフィリップの背に、ディオンが声を掛けた。

「あの……、フィリップ殿。一つお窺いしたいのですが、もしも……。もしもの話です。近親相姦で生まれた子供がいるとして、その子は長く生きられませんか? 同様にその子も親と同じ過ちを繰り返す可能性はないでしょうか?」
「何ですか? 突然」

 立ったままの姿勢で、フィリップはきょとんとしている。

「あ……、いえ。僕は手慰みに物語を書いていて、その中の一部にそういう人物が出てくるのです」

 慌ててディオンがごまかすと、フィリップは「ははぁん」としたり顔で頷く。

「昨今レディたちの間で恋愛小説が流行っているのは言わずもがな、段々普通の恋愛では飽き足らず、刺激的な内容も増えていると聞きます。加えて伯爵家当主がそういうものに興味を持つとなると、表向き格好がつきませんでしょうしね。いいでしょう、秘密にします」

 盛大に勘違いをしたようだが、これはこれで状況としては頷くしかないだろう。

「恩に着ます」

 ディオンが微笑むと、フィリップは立ったまま「うーん」と顎に手をやる。

「確かに近親相姦はタブーとされていますが、十人生まれて十人が病気を持つ……とも言い切れませんね。ある王国の片隅にある農場で、近親相姦の限りが尽くされ、発見された子供は全員障碍を持って生まれ、近隣の者たちに家族もろとも火あぶりにされたという残虐な歴史があるのも確かです」

 酔った頭を働かせ、フィリップは父や兄から聞いた話を思い出す。

「ですが同時に、誰かがこっそりと『あの人は近親相姦の末に生まれたそうだ』と教えられた人物は、特になんの障碍も持たず、むしろ学業でとても良い成績を収め有名な学者にまでなった人もいます。誰とは……言えませんが」

 フィリップの家で言われる事柄なら、噂の類いではなく事実なのだろう。
 ディオンの表情からホ……と安堵が窺える。

「このような事例から、すべては単なる確率でしかあり得ません。近親相姦から生まれたから、必ずしも障碍を持つとは限らないのは確かです。歴史を紐解けばより濃い王家の血筋を保つのに、むしろ近親相姦を奨励した時代もあります」

 手にしているグラスの中身を呷ってしまうと、フィリップはそれをテーブルに置いた。
 淡々と近親相姦を語るフィリップの言葉は、彼が持つ医学的な見解や社会的なものの見方もあり、ディオンに安堵を与えてゆく。

「なので、一概に近親相姦を〝悪い〟とも言いませんが、もしものことを考えて〝奨励しない〟のが私の意見です。いまの時代でも隠れた場所で行われている可能性もあるでしょう。他者に知られると後ろ指を指されるのは必至ですしね」

 饒舌になった友人をいつも通りの顔で見て、ジスランは内心「こいつもこういう時は役に立つな」という表情をしている。

「質問の後半ですが、親がこうだから子もこうだ……というのはナンセンスですね。遺伝の疾患というものがあり、体に出る病気の他、精神の病気もあります。たしかに親に疾患があると、子にも現れやすい場合はあります。ですが近親相姦の問題は〝肉欲を抱く対象が誰であるか〟です。それは病気ではなく、単純に個人の性嗜好の問題でしょう。私は遺伝とまったく関係ないと思いますよ」

 ジスランの視界のなか、ディオンの表情から緊張が解けてゆく。

「確かに親が近親相姦を行い、子も疑いを持たずそれを〝正しい〟とする環境にあったなら、同じ轍を踏む可能性はあります。だが親と子は血は繋がっていてもまったく別の存在です。親の行いを子が嫌悪し、自分はそうなりたくないと思うなら、親の二の舞を演じることはないでしょう」

 華麗な論説を終えてから、やや得意げな顔になったフィリップは「他には何か?」と顎をそびやかせる。

「いえ……。あ、ありがとうございます! これでいい物語が書けそうです。お礼に今度、ブリュイエール家へいらっしゃいませんか? 今はまだ少し慌ただしいのですが、いつか寝かせてあるとっておきのワインをご馳走します」

 晴れやかな顔になったディオンがフィリップに礼を言うと、彼は嬉しそうに頷き握手を求めた。
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