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 それからしばらくジスランと甘い日々を過ごし、王都で引っ張りだこの衣装師を呼んで婚礼衣装のデザインなども決めてゆく。コレットも女主人として結婚式の招待客リストを確認したり、食器や花の手配をするなど、やることが多い。

 忙しいのは大変だが、むしろ余計なことを考える間がなくて助かった。

 夜になればジスランが熱烈に求めてきて、ダイヤの首輪を付けたコレットは従順な犬として彼に従う。
 愛し融かされた体は、もうジスランを疑うことも反抗しようとする気持ちすら持たせない。ただただ、彼に愛されて言うことを聞けば、自分は守られ幸せになるのだと思い知ってゆくばかりだ。

 以前からジスランが言っていた通り、彼は子供がいつできても構わないと言っている。
 だからこそ最初から遠慮なく精を注いでいたのだろう。

「あなたが行方不明になったという噂から、ブリュイエール卿があなたの生存を誰かから聞きつけて迎えに来ると思っていた。その前に孕んでほしいという希望もあった。まぁ単純に、あの男より先に手を出したかったという本音もあるが」

 彼はそう言って妖艶に笑う。
 その笑みが頼もしくもあり、恥ずかしくもある。

「フィリップ様にわざと私とのことを見せつけたのは、なぜなのですか? 本当なら、お父様やお母様から私をずっと隠しておいたほうが都合が良かったのでは?」

 一度目の行為が終わったベッドで、コレットは甘くかすれた声で問う。
 コレットに腕枕をしているジスランは、衰えない情欲を彼女の腿に擦りつけつつ、少し不機嫌そうに説明した。

「ブリュイエール卿……デジレ殿から口約束でも結婚の許可があった時点で、あなたは俺の婚約者だ。それに危害を加えられた俺の身にもなってみろ。婚約者を守れず情けない。デジレ殿も妻の手綱を制御しきれず、事が明るみに出ればブリュイエール家の醜聞になる」
「確かに……」

 守ると言い切って保護したかと思えば、その婚約者が殺されかけたとなればジスランの面目も危うい。

「俺には復讐する権利がある。カロリーヌ殿からすれば一度殺したはずの娘が、俺の元で幸せそうに暮らしていると知れば、必ず生存を確かめに来ると踏んでいた。そこを迎えて相応の罰を与えると脅せたら……と思ったんだがな」
「お母様を捕まえるおつもりだったのですか?」

 顔を上げジスランを覗き込むコレットに、彼は悪びれもせず肯定する。

「ああ。フィリップがここに来る前から、国王陛下と何度か秘密裏にお会いして、ブリュイエール家当主の処分とカロリーヌ殿の逮捕を進めていた。しかしあなたは自分が思っている以上に人々の印象に残る美貌の令嬢として覚えられている。いつまで経っても行方不明のままでは、死んだと思った誰かががブリュイエール家に乗り込んで事情を聞きかねない。あちらで『死んだ』と言い切られる前に、俺は〝コレット嬢生存の噂〟をお喋りなフィリップに流してもらうことにした」
「……死んだままでも良かったのに。そうしたら私は、誰にも知られずあなたのものになっていた……」

 闇を含んだ声音で呟き、コレットはジスランに頬ずりをした。
 身動きをすると、股の間からヌルリと白濁が零れる感触がある。最初は中に出されることを怯えもしたが、いまは悦んでジスランの精を受け止めていた。

「それじゃあ駄目だ。『薄幸のコレット嬢は、大貴族ジスランに見初められ幸せに暮らした』という筋書きを完成させなければいけない」
「……なんのために?」

 自分が生きているか死んでいるかなど、世間の人にとってどうでもいいではないか。コレットは自分とジスラン、そしてシャブラン城の人々さえ幸せならそれでいいのではないかと思う。
 だが夫となる彼はゆるりと首を振り、重々しい声で呟く。

「何よりあなたに虐待をした両親への復讐だ。あなたの幸せは彼ら夫婦の苦痛となる。加えてあなたを守るために命を落とした使用人や御者、護衛のためだ。あなたは『そして主人公は幸せになりました』という結末を迎える義務がある」
「そう……ですね」

 コレットはジスランが側にいてくれるのなら、もう両親がどうなってもいいと思っている。だが夫となるジスランからすれば、妻を虐待し亡き者にしようとした両親を許せないのだろう。

「そんなこといいのに……」と思うが、彼の怒りが愛情の証しだと思うとありがたい。

 加えて一度奪われたかもしれない命と一緒に、散った多くの命があるのも確かだ。
 あの暗い森からどうやって復活したのかは思い出せないが、コレットは散った命に報いなければいけない。それが守られるべき貴人の責務でもある。

「君の心がしっかりしだしてから、君がいつ自発的に記憶を思い出すのかとヒヤヒヤしていた時もあった。だが大体のことが計画通りに進んで良かったと思っている」

 彼の言葉に、コレットはジスランが落ち尽きなくソワソワしていた時期があったのを思い出した。自分が〝質問〟をして求める答えを得ると同時に、体を差し出した頃だ。

「私は……、どうして生き返ったのでしょうね?」

 その独白に、ジスランは答えなかった。
「もう……」と、コレットは寡黙なジスランに内心溜め息をつき苦笑する。

 けれど今が幸せなら、思い出しても思い出せなくてもどうでもいい気がする。どちらにせよ、自分がジスランを愛し愛されているのは変わらないのだから。



**



 後日、ブリュイエール家が落ち着いたのかディオンがシャブラン城を訪れた。
 すっかり疲れてやつれてしまった印象だが、彼はいまブリュイエール家の当主として頑張っているらしい。

「お元気そうでなによりです」

 ジスランの隣に座ったコレットは、明るい色のデイドレスを身に纏い背筋を伸ばして座っている。

「ありがとう、ココ。君も……、以前とはすっかり変わって明るくなったな。とても健康そうで、〝生きている〟という感じがする。本当に良かった」

 そう言って笑顔を見せたディオンの言葉は、きっと心からのものなのだろう。

「お父様とお母様はどうしましたか?」

 恐れず、迷いなくコレットは尋ねる。

 ジスランに愛されているという確固たる自信がある今なら、何も怖くない気がした。
 たとえこの身に忘れがたくおぞましい経験があり、悪夢にうなされることがあっても、隣には必ずジスランがいて励ましてくれる。
 だからコレットは、すべての過去に決別して前を向いて歩こうとしていた。

「父は領地内にある別邸に送った。もう物の判別が正常についていなくて、ココとルイーズ伯母上を求めては……いや、詳しい話はやめておこう。……そうだな。あまり好き勝手ができないような環境にしてある。身の回りの世話をするのも、病に理解のある男性を宛がっている」

 ディオンの言葉から、なんとなくデジレの状態が分かる気がした。

 彼はもうとっくの昔に、娘であるコレットとかつて愛した姉を混同したところから精神の均衡を崩していたのだろう。
 背徳の関係を結んだ姉が命を絶った――正確にはカロリーヌに薬を渡され、自ら飲んだ――ことも、本当は正視しがたい現実だったのかもしれない。

 成長したコレットを襲おうとした時点で彼の正気は崩壊し、その後も女と見ればコレットかルイーズと勘違いをして襲いかかった可能性もある。ブリュイエール家から女性の使用人がいなくなったという話も噂で聞いたし、その混乱は想像を絶する。

「母はココを襲った時の実行犯含め、王都の警備隊に抵抗することなく従って行った。《北の侯爵》の婚約者を暗殺しようとしたことや、アランブール伯爵夫人に毒薬を差し出した罰も、甘んじて受けるそうだ」

 美しかったであろうカロリーヌの顔を思い出し、コレットは溜め息を禁じ得ない。
 彼女が言うとおり、ルイーズとコレットさえいなければ、カロリーヌは望んだ相手と結婚できて幸せに暮らせていたのだ。
 カロリーヌが自分たち母子を強く憎んでも、仕方がないと思う。

「それでも……。私は想像するのです。カロリーヌお母様は、ルイーズお母様を哀れに思って、いっそ楽になる方法を導いたのでは……と」

 カロリーヌのすべてを悪だと思いたくないコレットは、彼女がとった行動の中に僅かな希望を見いだそうとしていた。

「どうだろうね。女性が考えることは、僕にはよく分からない。僕からすれば、父上が取った行動の根本が間違えているのだから。そもそも血の繋がった姉に恋慕を抱くのは禁忌だし、実の娘に手を出すこともあり得ない。……すまない。ココの存在を否定するようなことを言った」

 静かに呟いたあと、ディオンはコレットに謝罪する。
 おそらくディオンにとって、血の繋がった父の行動は一生理解したくないに違いない。

「僕は父を憎んでいるよ」

 ディオンは膝の上で手を組み、その関節は白く浮き上がるほど力がこもっている。
 そんな兄を見たあと、コレットは少しでも励ますことができればと前向きなことを言う。

「私はジスラン様と一緒に幸せになります。この身に被った呪いをたまに思い出すこともあるかもしれません。ですが、暗黒の時代はもう終わったのです。過去を振り向いて嘆くより、〝今〟の幸せを見つめて前を向き歩くことのほうが、ずっといいと思いませんか?」

 ニコリと微笑みかけると、ディオンは泣き出しそうな顔になり――不器用に笑った。

「参ったな。ココにこうやって励まされる日がくるなんて」

 張り詰めていた緊張の糸が緩んだような、そんな笑顔だ。

「俺のコレットは案外強いだろう? 〝あの〟状況下で父の支配から逃れようとする強さがあった。だから俺もコレットを選ぼうと思ったんだ」

 まだ遠くはない一年前の舞踏会。

 あの時、すべての運命は変わり始めたのだ。

 誰でもない、コレットがジスランの手をとったことによって――。
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