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黒い繭に引きこもった魔王
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いつもの時間に目を覚ました私は、早朝の運動のために着替えた。
ガーネット様の教えで大きな魔力を扱うには、まず健康的な体と精神が必要と言われ、子供の頃から体力作りに勤しんでいる。
ガーネット様は大きな重りを使って筋肉を鍛えているが半分趣味らしいので、私はそこまでしなくていいようだ。
私は三食をよく食べ、よく眠って、適度に運動するよう心がけている。
とはいえ第二王女、聖女(候補)として忙しいので、もっぱら早朝と寝る前に運動をしている。
朝は動きやすい格好で王宮の敷地内を走り、終わったらガーネット様から教わった筋トレをし、軽く汗を流して朝食をとっている。
侍女は私の体力についていけないらしく、私はいつも運動時の護衛と共に外を走っていた。
髪を一本に束ねた私は、日課通り正門から反時計回りに敷地内を三周走り始めたが――。
「ん……?」
走り始めて少しして、私は上空にある〝何か〟を見て目を細めた。
東の見張り塔の上に黒い塊が浮き、塊から伸びた長いものが塔に刺さっている。
あんな事をする人は一人しか思いつかない。
(急がなければ!)
私は尋常ではない様子に胸をざわつかせ、走る速度を速めた。
**
「何事ですか!」
塔の螺旋階段を上がりきると、屋上には真っ黒な〝繭〟がいくつもできていた。
空にある黒いものから伸びた針状のものは、その繭に刺さってドクドクと脈打っている。
「バルキス!」
私は空に浮かんでいる黒い物に向かって、彼の名を叫ぶ。
闇の塊は人の形を保っていないが、私はあれがバルキスなのだと確信していた。
「いい加減になさい! あれだけおちゃらける余裕があったくせに、こんな体たらくになって恥ずかしくないのですか!」
言ったあと、私は近くの黒い針に手を添えた。
「っ!」
その瞬間、体中のエネルギーを物凄い勢いで吸い取られそうになり、パッと手を放す。
(負けない……! 絶対にビンタしてやらないと!)
けれど私は目に強い力を宿すと、再度黒い針を握り締めて聖なる力を高めた。
しばらくすると黒い針が脆くなり、ボロボロと崩れ去っていく。
その先にあった繭も崩れ、中から顔を青白くさせた騎士が現れてドサリと倒れる。
(何てこと)
屋上、そして周辺の空中にもある沢山ある繭の中には、城の者がいるのだ。
東の空から顔を現した太陽が、その異様な光景を照らしていく。
朝陽を浴びたならこの繭たちは崩れていくかと思っていたけれど、完全な朝を迎えてもバルキスが作りだした繭はそのままだった。
まるで夜の悪夢が朝になっても現実のものとして残っているようで、見ているだけで胸の奥が冷えていく。
でもそれ以上に、あれだけ私の側でおちゃらけて魔王の尊厳などなかったバルキスが、何かのきっかけがあったとはいえ、こんな姿を晒しているのが悔しくて堪らなかった。
「吸血鬼なら朝陽に弱いのでしょう! まったく規格外の迷惑生物ですね!」
私は悪態をつきながら、聖なる力を高めて周囲の繭を壊していく。
繭からはエリックも出てきて、この事件の概要を察した。
(事の顛末はあとから当人たちに聞くとして……。空中にある繭はどうする? 壊したとしても、中に入っている者は意識のないまま地上に落ちてしまうわ)
考えたあと、私はバルキスが眠っているだろう一際大きな繭を睨んだ。
そして一番太い針を掴むと、聖なる力を込めつつ心の中で語りかける。
(お願いだから起きて! 魔王が簡単に我を忘れていいのですか!?)
その時、黒い繭がピクッと蠢いた。
――よし。
頷いた時、一緒にこの場に来ていた護衛に話しかけられた。
「殿下、我々では処置しきれませんので、応援を呼んで参ります」
「お願いします」
返事をすると、護衛たちは走って階下に向かった。
「バルキス! 目を覚ましてください!」
私は両手で針を掴んで訴えるけれど、掌から重たく冷たい感覚、怒りや悲しみ、憎しみ、妬みなど負の感情がジワジワと伝わってくる。
そしてそれらの奥から、微かに私を求める声が聞こえた。
《アリシア》
ガーネット様の教えで大きな魔力を扱うには、まず健康的な体と精神が必要と言われ、子供の頃から体力作りに勤しんでいる。
ガーネット様は大きな重りを使って筋肉を鍛えているが半分趣味らしいので、私はそこまでしなくていいようだ。
私は三食をよく食べ、よく眠って、適度に運動するよう心がけている。
とはいえ第二王女、聖女(候補)として忙しいので、もっぱら早朝と寝る前に運動をしている。
朝は動きやすい格好で王宮の敷地内を走り、終わったらガーネット様から教わった筋トレをし、軽く汗を流して朝食をとっている。
侍女は私の体力についていけないらしく、私はいつも運動時の護衛と共に外を走っていた。
髪を一本に束ねた私は、日課通り正門から反時計回りに敷地内を三周走り始めたが――。
「ん……?」
走り始めて少しして、私は上空にある〝何か〟を見て目を細めた。
東の見張り塔の上に黒い塊が浮き、塊から伸びた長いものが塔に刺さっている。
あんな事をする人は一人しか思いつかない。
(急がなければ!)
私は尋常ではない様子に胸をざわつかせ、走る速度を速めた。
**
「何事ですか!」
塔の螺旋階段を上がりきると、屋上には真っ黒な〝繭〟がいくつもできていた。
空にある黒いものから伸びた針状のものは、その繭に刺さってドクドクと脈打っている。
「バルキス!」
私は空に浮かんでいる黒い物に向かって、彼の名を叫ぶ。
闇の塊は人の形を保っていないが、私はあれがバルキスなのだと確信していた。
「いい加減になさい! あれだけおちゃらける余裕があったくせに、こんな体たらくになって恥ずかしくないのですか!」
言ったあと、私は近くの黒い針に手を添えた。
「っ!」
その瞬間、体中のエネルギーを物凄い勢いで吸い取られそうになり、パッと手を放す。
(負けない……! 絶対にビンタしてやらないと!)
けれど私は目に強い力を宿すと、再度黒い針を握り締めて聖なる力を高めた。
しばらくすると黒い針が脆くなり、ボロボロと崩れ去っていく。
その先にあった繭も崩れ、中から顔を青白くさせた騎士が現れてドサリと倒れる。
(何てこと)
屋上、そして周辺の空中にもある沢山ある繭の中には、城の者がいるのだ。
東の空から顔を現した太陽が、その異様な光景を照らしていく。
朝陽を浴びたならこの繭たちは崩れていくかと思っていたけれど、完全な朝を迎えてもバルキスが作りだした繭はそのままだった。
まるで夜の悪夢が朝になっても現実のものとして残っているようで、見ているだけで胸の奥が冷えていく。
でもそれ以上に、あれだけ私の側でおちゃらけて魔王の尊厳などなかったバルキスが、何かのきっかけがあったとはいえ、こんな姿を晒しているのが悔しくて堪らなかった。
「吸血鬼なら朝陽に弱いのでしょう! まったく規格外の迷惑生物ですね!」
私は悪態をつきながら、聖なる力を高めて周囲の繭を壊していく。
繭からはエリックも出てきて、この事件の概要を察した。
(事の顛末はあとから当人たちに聞くとして……。空中にある繭はどうする? 壊したとしても、中に入っている者は意識のないまま地上に落ちてしまうわ)
考えたあと、私はバルキスが眠っているだろう一際大きな繭を睨んだ。
そして一番太い針を掴むと、聖なる力を込めつつ心の中で語りかける。
(お願いだから起きて! 魔王が簡単に我を忘れていいのですか!?)
その時、黒い繭がピクッと蠢いた。
――よし。
頷いた時、一緒にこの場に来ていた護衛に話しかけられた。
「殿下、我々では処置しきれませんので、応援を呼んで参ります」
「お願いします」
返事をすると、護衛たちは走って階下に向かった。
「バルキス! 目を覚ましてください!」
私は両手で針を掴んで訴えるけれど、掌から重たく冷たい感覚、怒りや悲しみ、憎しみ、妬みなど負の感情がジワジワと伝わってくる。
そしてそれらの奥から、微かに私を求める声が聞こえた。
《アリシア》
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