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番外編 2 タワマン事件簿

いいから、甘えてくださいよ

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 もしかしたら、「自分はこんなに苦しいんだから」という気持ちも自覚できていないかもしれない。

『こいつは間違えてるから正してやる』

 誰も、「悪い事をしてやる!」と思って悪口を言ったり、嫌がらせをする人はいないと思う。
 ほとんどの人は、自分のやっている事が正しいと思い込んでいる。

 まともな人は話し合えば分かるけど、自分は正しいと思っている人は〝自称『間違えていない』〟人だから、誰かに何かを言われても聞く耳を持たない。

 そもそも、良識のある人は自分にストップを掛けられる。

 けど、さやかさんは怒りや憎しみに駆られて自分を見失った。

 別れた旦那さんや、あんりさんを憎み、うまくいってそうな夫婦を見て「世の中そんな甘くないんだよ」っていう事を〝教えてやろう〟と思ったんだろう。

「自分と他人にきちんと境界線を引きましょう。他人が幸せでも不幸でも、さやかさんには関係ないんです。逆にさやかさんに嫉妬して攻撃してくる人がいたとして、『私がどんな生活を送っていてもあなたに関係ないじゃない』って思いませんか? その人に『申し訳ないです。慎ましやかに生きます』って思います?」

 私の質問に、さやかさんは無言で小さく首を横に振る。

「でしょう? 他の家の夫婦がラブラブでも冷え切っていても、さやかさんの人生には関係ありません。杉川さん夫婦がお互い浮気をしていても、あなたが〝罰を与える〟権利はありません。成宮さん夫婦の仲の良さを羨んで、清花さんが気に食わないからと言って〝罰を与えた〟のは、ぶっちゃけ『あんた何様? そんなに偉いの?』案件です」

 さやかさんはグッと表情をキツくして、私を睨む。

「私に説教している優美さんは、そんなに偉いの?」

「偉くないです。自分でも言いすぎてると自覚しています。けど、私はあなたのした事に巻き込まれた被害者です。私には怒る正当な権利があるんですよ」

 そういうと、彼女は黙り込んだ。すまん。

「別れた旦那さん関係の事で、どうにもならない気持ちがあるのは分かります。でも、このマンションの人を攻撃しても、旦那さんが戻ってくる訳じゃありません。新しいイケメンがあなたに好意を抱いていたとしても、やってる事を知ったらドン引きですよ?」

 彼女は唇をわななかせて表情を歪める。

「憎いんだもの……っ! どいつもこいつも憎たらしい! 私は悪い事ばっかり起こってるのに、皆笑顔でキラキラしているように見えて……っ! どうせ心の底ではドロドロした感情を抱いて、汚い事をしているのに、善人ぶった態度ばっかりとって……! だったらその仮面、私が暴いてもいいでしょう!? どうせ人に言えない事をしてるんだから、私が罰を与えてやるんですよ!」

 さやかさんは目をギラギラさせて、凄絶な笑みを浮かべる。

 ……うん、五十嵐さんもこうだったなぁ。

 今の彼女が聞いたら「は? やめてよ。一緒にしないで」とめっちゃ嫌な顔をしそうな事を考える。

「そうしたら、さやかさんは幸せになれるんですか? 望む未来を得られますか? 幸せになれる再婚相手が見つかりますか? 元旦那さんが『悪かった』って謝ってきますか?」

 秘技・正論返し。

 ダメージ多かろうが、この手の人には現実を見てもらわないと。

 彼女は目に涙を溜めて、私を睨んでいる。

「怒りや憎しみって、物凄いパワーです。それに支配されている時は、我を忘れて色んな事ができます。でも、常に誰かを憎んでいる人、常に怒っている人、いつも誰かの悪口を言っている人と友達になりたいですか? 結婚したいですか?」

 さやかさんはギュッと唇を引き結び、プルプル震えてる。

 ごめんね、意地悪言ったね。

 私は立ち上がり、慎也の脚を跨いでテーブルを回り込み、彼女の隣に立つ。

「な……、何……」

 慎也と正樹も、「何すんの?」って顔してる。

 私はニカッと笑って、さやかさんを抱き締めた。

「はいっ、ギューッ!」

 そして思いきりハグをする。

 慎也はポカンとした顔をして、正樹は天井を仰いでいる。

 まぁ、見ててくれたまえ。

「一人で頑張ってきたんですよね。誰にもしんどかった事を言えなくて、つらかったと思います。弱ってるって言えなかったですよね。今までずっと、見栄を張り続ける仕事をしていたから」

 腕の中でさやかさんが大きく震えた。
 必死に私を押し返すけど、すまん、筋力で負けるつもりはない。

「いいから、甘えてくださいよ」

 私は彼女に言い、背中をトントンと叩く。

 背中は誰かに抱き締めてもらわないと、手が届かない場所だ。

 心理療法の一つにも、自分で自分を抱き締めるポーズをしてトントンと背中を叩くと、寂しさや不安が和らぐと書いてあったのを以前読んだ。
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