上 下
522 / 539
番外編 2 タワマン事件簿

努力を怠ったのはあなただ

しおりを挟む
「『結婚しようか』って話し合っている時って、一番盛り上がるんですよね。『この人とならきっとうまくいく』と思って不安なんてない。未来がすべてキラキラしているように感じるんです。そのあとの結婚生活を、きちんと想像しきれていないんです」

 そう言った私を、両側から慎也と正樹がチラッと見る。

 いや、違うから。

「すべてのカップルがそうとは言いません。でも勢いで結婚してしまったあと、『こんなの想像していた結婚と違う』と思って別れる夫婦も一定数います。結婚したあとは毎日顔を会わせて、相手のプライベートな面も、恋人時代には見せない生理的な面も目にします」

 私だっておならするし、げっぷもする。

 慎也と正樹だっていつもキラキラしてる訳じゃないし、寝起きだと無精髭がある。

 人によっては生活音がうるさいとか、食事の時のマナーが気になるとか、いざという時の危機に対する反応とか、子供に関する価値観とか、気になる点が出てくるかもしれない。

 そういう点に直面するのが結婚だ。

 配慮しあう夫婦もいるだろうし、すべて見せ合って〝空気〟になれる夫婦もいる。

 私たちは「結婚しても相手は一人の人間だから、尊重していこうね」という形だけど。

 正樹が口を開く。

「奥原さんさ、『外食がいいだろう』って思ってたの、そういうところかもよ? 僕らみたいな立場だと、接待で高級店での食事って慣れてる。確かに店で食べると美味いけど、結局は〝外〟だ。睡眠欲も性欲も、プライベートな空間で安心しながら満たしたいだろ? 食欲だってそう。周りに他人がいない落ち着いた空間で、好きなもんを食いたい時もある。本能を満たす時は、守られた場所にいたいんだよ」

 言ったあと、正樹は腕組みをする。

「ホステス時代、他人の金で美味いもん食って、それが結婚したあとも続くと思ってた? きっとその元旦那、結婚したあとはあんたの手料理を求めていたと思うけど。仕事はしてもしなくてもいいから、疲れて帰ったあと美人な妻がニコニコ笑って、美味い飯を食わせてくれて、風呂も用意してくれてるのを望んでたんだよ」

「――そんなの、今の時代にそぐわない考え方だと思いますけど」

 ムッとしたさやかさんに、慎也が突っ込みを入れる。

「じゃあ、あなたはなぜ自発的に家事をしなかったんですか? ホステスを辞めて結婚したあと、別の職場で働かないなら普通、主婦として家事をするでしょう。夫婦の片方が負担を強いられるなんておかしな話だ。戦う場所は違えど、二人で支え合って夫婦じゃないんですか?」

 彼女は慎也を睨んで黙り込む。
 私は挙手して口を開いた。

「今、多様性と言われていますが、『俺は働くからお前は家を守って』も多様性の一つなんですよ。専業主婦を求める人がいる限り、認められていいんです。男女平等なら、専業主夫がいてもいいし、バリバリ働く女性がいてもいい。さやかさんの元旦那さんは、あなたに専業主婦を求めていた。でもあなたは家事をしたくなかった。そこで価値観のズレが生まれた」

 私は胸の前で手を合わせ、ずらす。

「そのあんりって人、家庭的な子だったんじゃない? 敗因はそれだけかと言われたら、彼女の事を知らないから何とも言えないけど」

 正樹に言われ、さやかさんはしばらく黙ったあと、うめくように言う。

「…………家事なんて、母親に教えてもらわなかったから……」

 そこが原因になっちゃうのかなぁ。
 私は彼女に少し同情し、息をつく。

「そんなの、ネットで調べればいいじゃないですか」

 けれど慎也がスパンと一刀両断した。

「包丁の握り方から、色んな切り方、料理の仕方、掃除の仕方。調べたらありとあらゆる事が出てくるんですよ。努力を怠ったのはあなただ。今さら言い訳にならない」

 ……厳しい。

「仕事で売れるための努力ができたなら、人とうまく共存していく努力をしてもいいんじゃないですか? 今までは蹴落とす事や、守ってくれる味方を作る事を考えていたんでしょう。でも世の中には自分の態度次第で、損得勘定なしに付き合える人はいます。無条件で信じて、何かしてあげたいって思う人がいるんですよ」

 慎也の言葉を聞き、さやかさんは唇を震わせる。

「……っ私……っ、そういう存在を知らないって言ったじゃないですか! 嫌みですか!?」

「あのさぁ、虐待された子供が全員人を愛さないかって言ったら、そうじゃないんだよ」

 正樹が平坦な声で言う。

「確かにあんたは普通の家のあり方や、家族の愛情を知らないと思う。それでも、知らないからこそ、自分に欠けたものを埋めようとするもんじゃないの? 周りを見て学んで、真似て、トライアンドエラーして、人に合わせて社会に溶け込もうとするんだよ。それが人間社会の中での生き抜き方だろ」

 正樹は溜め息をつき、髪を掻き上げる。

 私は彼の言葉の裏にある感情を察し、視線を落とした。

 正樹はお義父さんに愛されたし、玲奈さんにも大切にされた。

 でも実母を亡くし、後妻とその子供たちで構成される家庭で、長い間自分の居場所を探し続けてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

令嬢たちの破廉恥花嫁修行

雑煮
恋愛
女はスケベでなんぼなアホエロ世界で花嫁修行と称して神官たちに色々な破廉恥な行為を受ける貴族令嬢たちのお話。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

処理中です...