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番外編 2 タワマン事件簿

ちゃんと話し合いましたか?

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 結局、彼女も三笠さんと同じだ。

 彼女の歩んできた人生のなかで、うまくいかない事があった。
 恨むべき相手、怒りを叩きつけたい相手がいる。

 三笠さんの場合は取引先相手や部下、顧客とかで、さやかさんの場合は元旦那さんや、あんりさん、それにお客や黒服、ママ相手に堪った鬱憤もあっただろう。

 けれどその鬱憤は、相手に直接ぶつけられない。

 三笠さんは取引先相手に失礼な事を言えば、仕事がなくなる。
 部下に何か強い事を言えばパワハラと言われるし、顔の見えない大勢のお客さんになんて、何も言える訳がない。

 むしろ今は企業はネットで大勢の目に監視されている。
 SNSの公式アカウント、もしくは社員と分かるアカウントで少しでも隙を見せれば、すぐ炎上だ。

 そうならないために、ペコペコ頭を下げていなければならない。

 さやかさんも、離婚が成立したあとという事は、これ以上関われば逆に彼女がストーカーとして警察に通報されてしまう。

 元旦那さんはあんりさんを〝選んだ〟あとで、さやかさんが何かしようとしたら、あんりさんを徹底的に守るだろう。

 離婚するに当たって、多分とても多くのお金が支払われたはずだ。

 けれど彼女のもとにはお金と住まいしか残っていない。
 夫は去り、子供もいない。

 夜に働いていて、「実業家と結婚してお店を辞めました」って言えば勝ち組だろう。

 なのにそれが〝駄目〟になってしまった。

 彼女のプライドも大きく傷つけられたし、今さらホステスの仕事に戻りづらい。

 高校を卒業したあとずっと夜に働いてきた彼女は、いま何をしたらいいのか分からない状態なんだろう。

 その、どこにぶつける事もできない鬱憤を、なぜか私にぶつけられてしまった。

 いっぽうで三笠さんは女性の写真を隠し撮りしたり、ネットで炎上を煽ってストレス解消していた。

 似た者同士、意気投合したのかもしれない。

「…………はぁ……」

 私は溜め息をつく。

「さやかさんの考えている事って、誰もが抱く感情だと思います。普通の事ですよ」

 私はもう一度息をつき、彼女を見つめる。

「あなたが努力したのは本当だし、つらい事があったからこそ、余計に幸せになりたいと渇望するでしょう。……けど、つらさを他人と比べる必要はありません。きつい事を言いますが、さやかさんと元旦那さんが離婚してしまったのは、お二人の問題でした」

 ヒクッと彼女の肩が跳ねる。

「あんりさんは元旦那さんに、アプローチしていたかもしれません。けど、さやかさんがしっかり捕まえていたらこうはならなかった。……違いますか?」

 我ながら、サレ側に鞭を打つような事を言って、罪悪感が強い。

 でも、原因がなければ別れようと思わないのは、事実な気がする。
 どれだけ魅力的な女性にアプローチされても、妻を心から愛していたらなびかないだろうし。

「夫婦間での価値観のすりあわせをしていましたか? すれ違いはありませんでしたか? ちゃんと話し合いましたか?」

 思いだすのは、赤城さんだ。

 彼もまた奥さんに浮気されていた。

 奥さんにはモラハラに遭っていてつらいという事情があったけれど、赤城さんは気づいていなかった。
『自分は完璧に〝夫〟をしているのに裏切られた』と思っていただろう。

 でも奥さんは完璧なんて思っていなかった。

 その価値観のすりあわせ、話し合いをこまめにしていかないと、結婚して同じ家に住んでいても破綻してしまう。

 さやかさんはしばらく黙ったあと、溜め息をついた。

「……だって忙しそうにしているんだもの。私は友達とランチしたから、疲れて食事の準備なんてしたくない。あっちだって外食なら楽だろうし、美味しい物を食べられていいだろうし」

 隣で正樹が溜め息をつく。

「〝家〟ってさ、安らぎたいためにある訳。そりゃ独身で飯作るの面倒なら食べ歩くけど。うちは弟や優美ちゃんが作ってくれるし、家政婦さんのご飯もある。家族が大好きだし、家に帰るのが楽しみなんだよ。……まぁ、僕は料理が苦手な分、別の部分で挽回しようと思ってるけど。あんたの所は『家に帰りたくねーな』って思わせる何かがあったんじゃない?」

 さやかさんは息をつき、脚を組み替える。

「だってあの人が私と結婚したいって言ってきたんですよ? ブランド物を沢山買ってくれたし、『俺と結婚したら好きな物を何でも買ってやる』って言っていました。その見返りなんて求められませんでした」

 私は息をつき、ポツンと現実を言う。
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