上 下
520 / 539
番外編 2 タワマン事件簿

どうして私ばっかりこんな目に遭うの?

しおりを挟む
 色んな人を知って分かったのは、本当にヤバイ人は、表向き普通の人の仮面を被っているという事だ。

 見るからにヤバイ人(失礼)は、あらかじめ注意しやすい。
 そして関わらなければ、被害を被る事はない。

 けれど本当に警戒すべき人は、〝普通〟の中に紛れている。

 人当たりが良く、優しく話しやすい人として振る舞っているので、色んな人が知らずと関係を持ってしまう。

 特に女性の場合、執着する相手に一人で挑もうとせず仲間を作ろうとする。

 その場合、味方になる人には「自分に与していたらいい事がある」「尊敬すべき点がある」と思わせる。

 そうやって周囲に絶対的な味方を作り、言う事を聞く手下とする。

 さやかさんが間接的にあんりさんを襲ったように、何かしらのアクションを起こす時は、自分が直接疑われる事はしないんだろう。

『私を慕ってくれている人が〝勝手に〟やりました』

 そう言えばトカゲの尻尾切りができるし、手下を可愛がっておけば、あとからまた役に立つ。

 店の黒服に頼んだ時も、きっと自分が〝被害者〟であると訴えただろう。

 手下に好かれるには、慕われるだけの理由がなければならない。

 悪人であってはいけないし、常に正しくて周囲に好かれ、または嫉妬されるほどの魅力、または財力や才能を持つ。

 そうすれば信者はフラフラと彼女に命じられるまま、行動してしまうんだろう。

『自分のしている事は正しい』と思い込んで。

 でも何となく、私はさやかさんと話した時に違和感を覚えた。

 彼女の旦那さんがKOJIだと聞いた時や、彼女の家に強盗が入って殴られたけど、命に別状はなかったと聞いた時に、心の奥底で「嘘だ」と呟く自分がいた。

 でもそれを認めるのは、〝私〟が許さない。

『このマンションに住むぐらいなら、旦那さんは凄い人なんだろうな』、『殴られて怪我をしたから、彼女は被害者だ。寄り添ってあげないと』と思い直した。

「嘘だ」と思った事を口にすれば、さやかさんを傷つけると思ったからだ。

 諍いを起こすつもりはなかったし、私は〝いい人〟でありたかった。

 怪我をして目の前でシクシク泣いている人を疑うのは、〝良くない事〟だ。

 ――けど、時には自分の本能を信じたほうがいい場合もある。

「この人変だな」「この人嫌だな」と思ったは、あとから何かやらかしてる事が多い。

 モヤりを生む人は、別の人にもモヤりを感じさせてる可能性もある。
 そうすれば、トラブルの元となり得る。

 でも百パーセントそうとも言いきれない。

 どんなにいい人だって欠点はあるし、「この人はちょっとモヤッとする言い方をするけど、悪い人じゃないし、むしろいい所に救われてるから我慢しよう」と思う人だっている。

 そういう風に、ちょっとしたモヤりを押し込めていると、大切なシグナルを見落としてしまう場合もある。

 本当なら違和感を覚えた時に、冗談混じりにでも「嘘でしょー?」と言ってみるべきだったのかもしれない。

 誰かにちょっと嫌な事を言われた時も「傷付くんだけど」と口に出したほうが、伝えられる場合もある。
 そうすれば、あとから「嫌だって言ってたでしょ」と言えるし。

 けど、波風立たせたくないと思って、黙る事を選択したのは私だ。

 私はサバサバしているイメージだけど、なるべく人と争いたくないと思っている。
 違うと思った事にはノーを言いたいけど、ちょっとの事ならいいかと目をつむる。

 結局、私は大事な時に人を見極められなかった。

(……勉強した、と思おう)

 グッと唇を引き結び、一つ息をつく。

 そんな私の手を握り、慎也が静かに言う。

「でもそれは、あなたの元職場の人と、元旦那の話だ。うちの妻には関係ない。ついでに杉川さんにも」

 慎也は私の手をしっかり握る。
 力強く手を握られ、私はハッとした。

『優美が自分を責める事はない』

 そう言われている気がしたからだ。

 正樹が容赦なく言う。

「つらいのは分かるけど、まったく関係ない他人に八つ当たりすんなよ。あんたのやった事は、ムシャクシャしたから憎い女と似た他人を刺す、通り魔と同じ行動だ」

 さやかさんは潤んだ目で私たちを睨み付ける。

「……っ、どうして私ばっかりこんな目に遭うの? 頑張ってきたのに……!」

 彼女は絞り出すような声で嘆いた。

「幸せになりたくて必死に頑張ってきたのに! 楽に生きている人ばかり幸せになっているように見える! 私のほうがずっと努力してるのに! 頑張ってるのに! 幸せになる資格があるし、接客の才能だってあるのに!」

 ずっと溜め続けた怨嗟が、まったく関係ない私たちに向けられる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R-18・短編】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里は、酔い潰れていた所を上司の速見尊に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と言い……。 かなり前に企画で書いたものです。急いで一日ぐらいで書いたので、本当はもっと続きそうなのですがぶつ切りされています。いつか続きを連載版で書きたいですが……、いつになるやら。 ムーンライトノベルズ様にも転載しています。 表紙はニジジャーニーで生成しました

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

サディストの飼主さんに飼われてるマゾの日記。

恋愛
サディストの飼主さんに飼われてるマゾヒストのペット日記。 飼主さんが大好きです。 グロ表現、 性的表現もあります。 行為は「鬼畜系」なので苦手な人は見ないでください。 基本的に苦痛系のみですが 飼主さんとペットの関係は甘々です。 マゾ目線Only。 フィクションです。 ※ノンフィクションの方にアップしてたけど、混乱させそうなので別にしました。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

処理中です...