518 / 539
番外編 2 タワマン事件簿
さやかの背景
しおりを挟む
「あー、〝編集〟されたら、優美が怒鳴って加害者になり、奥原さんが被害者になるやつか」
慎也にポンと背中を叩かれ、私は我に返る。
まるで「大丈夫だ」と言うように、彼は温かい掌でトントンと私の背中をさすってくる。
この展開のために、私はわざと煽られた。
(落ち着け……)
自分に言い聞かせ、私は興奮して高鳴った心臓を落ち着かせる。
「これ、リアルタイム用じゃないみたいだね。編集しないといけないから、今はただの録画かな? いやー、コソコソやるの得意だね? 三笠の家にも盗聴器を仕掛けてたし、この調子なら成宮さんの所にも盗聴器あるんだろ? 杉川さんのところもかなー?」
正樹に言われても、さやかさんは表情を崩さない。
「もうこの女を相手にしててもどうにもならないから、警察呼ぼうぜ」
慎也が言い、スマホを取りだす。
「私、何かしましたっけ?」
しれっと言うさやかさんに、正樹は冷たい目を向ける。
「三笠はあんたに頼まれて、優美ちゃんの写真を撮ったって吐いた。それに他の家の人も、事情を話せば盗聴器を探させてくれるだろう。加えてあんたが持ってるパソコンに、音声データがあれば黒だ。成宮さんを突き落とした事も、黒ずくめの男をとっ捕まえて聞けば分かる。あいつら、あんたからの〝ご褒美〟ほしさにまだこの辺うろついてるから、捕まえたら一発だろ」
正樹が言っている傍ら、慎也は本当にスマホをタップしている。
「悪いけど、データを誤魔化せないように、警察が来るまでここに居座るよ。優美ちゃんを安心させるために、今日で全部終わらせる」
正樹が言ったあと、慎也はスマホを耳に宛がい、立ちあがって玄関のほうに行く。
「……いいですね。守ってもらえて」
さやかさんは脚を組んだまま、ソファに背中を預ける。
慎也が玄関で電話している間、私たちは沈黙している。
やがて、さやかさんは髪を掻き上げて溜め息をついた。
「私、お店でナンバーワンをキープし続けて、絶対成功してやるって思ってたんです」
語り始めた彼女の言葉を聞き、正樹は息をついて脚を組み替える。
「生まれた家庭環境は恵まれていなくて、男に寄生している母親が大嫌いでした。『母親みたいになるもんか』って思っていたけど、気がついたら私はホステスをしていました。……母親からもらったもので、唯一使えたのはこの顔でした。弄ってないんですよ? 私、綺麗でしょう?」
彼女の整った顔を見て、私は頷く。
「さやかさんは美人ですよ」
私の言葉を聞き、彼女は深い溜め息をつく。
「……でも進学校に行けるほど賢くありませんでした。それでも、高卒で就ける仕事で一生を終えたくないと野心を燃やしていたんです。母親みたいになりたくない。その一心で、自分が最も忌避している事……〝女〟を武器に仕事をする道を選びました」
私は黙って彼女の人生を聞く。
途中で慎也が戻って来たけど、特に何も言わずソファに座った。
「でも、顔がいいだけじゃ売れないんです。話術や気遣いに長けていないと生き残れないと、すぐ悟りました。他の子が黒服やママの陰口を叩いている間、私は全員を気遣って〝いい人〟を貫きました。周りを味方にしないと成功できないと察したんです。本当は不満は一杯あったけど、我慢した果てに成功があると信じていました」
売れっ子だった分、彼女は相当な苦労をしていたようだ。
「我慢せずに『あれが嫌だ、これが嫌だ』って子供みたいに我が儘を言って、誰かが願いを叶えてくれる訳じゃありません。お客様は経営者や、名の知れた方が多いですし、当然頭がいい。顔だけの女はすぐ飽きられます。だから小学生向けの新聞から始めて、世間の動きを学んで、そのうち経営者の方々と投資の話ができるまで勉強しました」
「努力されたんですね」
同意すると、彼女は溜め息をついた。
「……けど、これだけ努力している一方で、接客の天才みたいな人がいるんです。あんりっていう人がいたんですが、天真爛漫で、素で魅力的な会話ができる人でした。そこにいるだけで人の目を引いて、笑うだけで周りの雰囲気を変えるんです」
会った事はないけど、何となく私はあんりさんの為人が想像できた。
「私は皆から一線を引かれていて、売れているから嫌がらせもされていました。私だって勝ちたいから、皆と馴れ合うつもりはありませんでした。皆でゴールなんて無理ですから。でもあんりは、とてもナチュラルに色んな人の話に入っていけるんです」
何となく、さやかさんのあんりさんへの嫉妬が分かる気がした。
勉強や運動、芸術に関する事って、日々の努力の積み重ねだ。
勿論、才能やセンスもあるだろうけど、毎日コツコツ頑張っている人には敵わないと思う。
けど、人柄は親から受け継いだ性格や環境で形成されていく。
家に本が沢山ある子供は、本好きになって色んなものに興味を持ちやすい。
親がアウトドアが好きなら、一緒にあちこちに連れて行かれて、外遊びを好むかもしれない。
まったくその通りにならなくても、きっかけがあるのとないのでは、桁違いの差がある。
そしてさやかさんの場合、想像だけど母子家庭で、お母さんにはあまり構ってもらえなかったんだろう。
慎也にポンと背中を叩かれ、私は我に返る。
まるで「大丈夫だ」と言うように、彼は温かい掌でトントンと私の背中をさすってくる。
この展開のために、私はわざと煽られた。
(落ち着け……)
自分に言い聞かせ、私は興奮して高鳴った心臓を落ち着かせる。
「これ、リアルタイム用じゃないみたいだね。編集しないといけないから、今はただの録画かな? いやー、コソコソやるの得意だね? 三笠の家にも盗聴器を仕掛けてたし、この調子なら成宮さんの所にも盗聴器あるんだろ? 杉川さんのところもかなー?」
正樹に言われても、さやかさんは表情を崩さない。
「もうこの女を相手にしててもどうにもならないから、警察呼ぼうぜ」
慎也が言い、スマホを取りだす。
「私、何かしましたっけ?」
しれっと言うさやかさんに、正樹は冷たい目を向ける。
「三笠はあんたに頼まれて、優美ちゃんの写真を撮ったって吐いた。それに他の家の人も、事情を話せば盗聴器を探させてくれるだろう。加えてあんたが持ってるパソコンに、音声データがあれば黒だ。成宮さんを突き落とした事も、黒ずくめの男をとっ捕まえて聞けば分かる。あいつら、あんたからの〝ご褒美〟ほしさにまだこの辺うろついてるから、捕まえたら一発だろ」
正樹が言っている傍ら、慎也は本当にスマホをタップしている。
「悪いけど、データを誤魔化せないように、警察が来るまでここに居座るよ。優美ちゃんを安心させるために、今日で全部終わらせる」
正樹が言ったあと、慎也はスマホを耳に宛がい、立ちあがって玄関のほうに行く。
「……いいですね。守ってもらえて」
さやかさんは脚を組んだまま、ソファに背中を預ける。
慎也が玄関で電話している間、私たちは沈黙している。
やがて、さやかさんは髪を掻き上げて溜め息をついた。
「私、お店でナンバーワンをキープし続けて、絶対成功してやるって思ってたんです」
語り始めた彼女の言葉を聞き、正樹は息をついて脚を組み替える。
「生まれた家庭環境は恵まれていなくて、男に寄生している母親が大嫌いでした。『母親みたいになるもんか』って思っていたけど、気がついたら私はホステスをしていました。……母親からもらったもので、唯一使えたのはこの顔でした。弄ってないんですよ? 私、綺麗でしょう?」
彼女の整った顔を見て、私は頷く。
「さやかさんは美人ですよ」
私の言葉を聞き、彼女は深い溜め息をつく。
「……でも進学校に行けるほど賢くありませんでした。それでも、高卒で就ける仕事で一生を終えたくないと野心を燃やしていたんです。母親みたいになりたくない。その一心で、自分が最も忌避している事……〝女〟を武器に仕事をする道を選びました」
私は黙って彼女の人生を聞く。
途中で慎也が戻って来たけど、特に何も言わずソファに座った。
「でも、顔がいいだけじゃ売れないんです。話術や気遣いに長けていないと生き残れないと、すぐ悟りました。他の子が黒服やママの陰口を叩いている間、私は全員を気遣って〝いい人〟を貫きました。周りを味方にしないと成功できないと察したんです。本当は不満は一杯あったけど、我慢した果てに成功があると信じていました」
売れっ子だった分、彼女は相当な苦労をしていたようだ。
「我慢せずに『あれが嫌だ、これが嫌だ』って子供みたいに我が儘を言って、誰かが願いを叶えてくれる訳じゃありません。お客様は経営者や、名の知れた方が多いですし、当然頭がいい。顔だけの女はすぐ飽きられます。だから小学生向けの新聞から始めて、世間の動きを学んで、そのうち経営者の方々と投資の話ができるまで勉強しました」
「努力されたんですね」
同意すると、彼女は溜め息をついた。
「……けど、これだけ努力している一方で、接客の天才みたいな人がいるんです。あんりっていう人がいたんですが、天真爛漫で、素で魅力的な会話ができる人でした。そこにいるだけで人の目を引いて、笑うだけで周りの雰囲気を変えるんです」
会った事はないけど、何となく私はあんりさんの為人が想像できた。
「私は皆から一線を引かれていて、売れているから嫌がらせもされていました。私だって勝ちたいから、皆と馴れ合うつもりはありませんでした。皆でゴールなんて無理ですから。でもあんりは、とてもナチュラルに色んな人の話に入っていけるんです」
何となく、さやかさんのあんりさんへの嫉妬が分かる気がした。
勉強や運動、芸術に関する事って、日々の努力の積み重ねだ。
勿論、才能やセンスもあるだろうけど、毎日コツコツ頑張っている人には敵わないと思う。
けど、人柄は親から受け継いだ性格や環境で形成されていく。
家に本が沢山ある子供は、本好きになって色んなものに興味を持ちやすい。
親がアウトドアが好きなら、一緒にあちこちに連れて行かれて、外遊びを好むかもしれない。
まったくその通りにならなくても、きっかけがあるのとないのでは、桁違いの差がある。
そしてさやかさんの場合、想像だけど母子家庭で、お母さんにはあまり構ってもらえなかったんだろう。
0
お気に入りに追加
1,854
あなたにおすすめの小説




【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる