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番外編 2 タワマン事件簿

選んで、捨てる

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 彼らなりに、三笠さんを徹底的に責めたい気持ちはあったんだろう。

 でも言うべき事は言ったし、私のデータは消した。
 あとはもうやり過ぎないという私の意思を、尊重してくれたのだと察した。

(ありがとね)

 私は心の中で二人にお礼を言い、立ちあがった。

「お茶、ごちそうさまでした。それでは」

 私は三笠さんに会釈をして、玄関に向かう。
 二人も立ちあがって私に続いた。

 玄関で靴を履き、廊下に出てからドッと疲れて重たい溜め息をつく。

「つっっ……かれた…………」

 膝に手を当てて項垂れる私の背中を、二人がポンポンと叩いてくれた。

「お疲れさん」

「っていうか優美ちゃん、やっぱり甘いよねぇ」

 クシャクシャッと髪を撫でてきた正樹を、私は振り向きざまに睨む。

「……仲良くしてる銀座のママに聞いたって?」

 三笠さんが女性をストーキングしている裏付けのためとはいえ、関わりがあると少し面白くない。

「あ、アレはハッタリ」

「んっ?」

 目を丸くした私を見て、正樹はニカッと笑う。
 それからチラッと玄関のドアを見てから、エレベーターホールに向かって歩きだした。

「『こうだろうな』と思った事をハッタリで言ったら、まさかの図星だっただけ」

「はー……。本当っぽく言ってたから、騙された……」

「あはは、ハッタリは味方も騙すつもりでやらないとね」

 正樹は軽やかに笑う。

「俺も聞いてなかったから大丈夫」

 そう言った慎也は、下の階の向かうボタンを押す。

「あ」

 私たちの家は、勿論上の階だ。

 ……という事は。

「もうこの際だから、奥原さんに確認して終わりにしよう。彼女が優美にどんな感情を持っているかは、大体分かる。強盗も恐らく狂言だろう。でも優美の写真に穴を空けた事は許したくない。関係ない大勢を巻き込んだ事も」

 慎也はキッパリ言う。

「……そう、だね。終わらせたい」

 とても気持ちが重たいけど、終わらせないと。

 さっき私自身が三笠さんに言ったように、つらい事はずっと続かない。

 さやかさんに対峙する気まずさ、この一連の出来事も、一歩踏み出せば今日で終わるかもしれない。

 何かを捨てる時は、少なからず痛みを伴うものだ。

 私は慎也と正樹の手をギュッと握り、目を閉じる。

 そして話しかけてきてくれたさやかさんの声、優しい微笑みを思い浮かべ――、心の奥底で闇の中に沈めた。

 選んで、捨てる。

 私が選択するのは、慎也と正樹と俊希。そして文香たち。

 一番大切なものを守るためなら、二番目以下のものを切り捨てる非情さを持たないと。

(私はすべてを平等に愛し大切にするほど、優しくない)

 心の中で呟き、目を開けて前を見る。
 二人の手を離すと、両側からトンッと背中を叩かれた。

「大丈夫。俺たちがついてる」

「そうだよ。あの女にどんな事を言われても、僕と慎也が優美ちゃんを一番に愛してる。こんないい男二人に大切にされるなんて、滅多にないんだからね」

「ふふっ、そうだね」

 二人に励まされ、私は心の底からの笑みを浮かべる。

 そしてフロアに着いたゴンドラに乗り込んだ。



**



 二十五階に着き、さやかさんの家の前で深呼吸する。

 気持ちを整えている途中だというのに、正樹がッターン! とチャイムを押した。

 ……そうだよね。あんたはそういうやつだよね……。

 緊張して待っていると、インターフォンのマイクが繋がり、彼女が私たちを確認しているのが分かった。

「奥原さん。久賀城です。お話があって参りました。休日の朝にすみません」

 慎也がインターフォンのカメラを見て言う。
 やがて、プツッとマイクが切れる音がした。

 待っていると、ドアが開いてさやかさんが顔を見せた。
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