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番外編 2 タワマン事件簿

一番大切にしないといけないもの

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「……まぁ、少しずつ考えていこう。向こうの家に家具は揃っているし、必要な物を持っていくだけで済む。このマンションから移る時、家具を含めここをどうするかは、その時考えればいい」

「ん」

 一端の結論が出たあと、慎也は私をぎゅう……と抱き締めてきた。
 私も彼に身を寄せ、目を閉じてそのぬくもりを感じる。

 ――と。

 チッと慎也が舌打ちした。

 ……ん?

 もしや、と思って顔を上げると、ドアの隙間から正樹が覗いていた。
 私たちはしばし、無言で隙間男を見る。

「ああいうホラー映画あったよね。隙間が気になって仕方なくなるやつ」

「ああ、あったあった」

 二人でうんうんと頷き合うと、正樹がプリプリ怒って登場した。

「ちょっと! 僕をクリーチャー扱いしないでよ」

「こないだ、とんがるスナックを指に嵌めて●レディごっこしてなかったっけ?」

 当時の事を思いだして、慎也が「ぶふぉっ」と噴きだす。

 ちなみにあの時、慎也はケーキの生クリームとかを塗る時に使う、パレットナイフを持って、●ェイソンをやっていた。

 昔懐かしのホラーを見ようか! っていう話で、お酒を飲みながら鑑賞会をしたあとの凶行だった。

 ちなみに私は髪の毛をバサァッして、時代が流れ、黒電話とビデオデッキがなくてクレームつける●子の物真似をやっていた。

 ……俊希、ごめんね。こんな親で。

「まー、それはいいとしてさ。立ち聞きしてたんだけど」

 素直に自白するところは評価しよう。

「僕も前々から言ってたけど、赤坂の家に移る事を現実的に考えようよ。『いつか子供が増えたら、子供が大きくなったら』とか、そういう漠然とした未来じゃなくて、もう少しスケジュールを立てて現実味のある未来にしたほうがいいと思う」

「……だね」

「ぶっちゃけこのマンションに住んでるのも、僕と慎也の二人暮らしの延長だからさ。特にここにこだわる必要はない訳。それに僕らがここに決めたのも、会社に近いからって事だし。っていうか、赤坂の家のほうがちょい近いよね。弟大好きだから、一緒に住んだんだけど~」

「はいはい」

 最後のおふざけを、慎也は軽くかわす。

「慎也は責任感のある子だから、最後まで事件を見守ろうとしてるんだろうけど、僕はどうでもいいかな。ここを出ていったら皆他人じゃん。友達じゃないし」

 こういうところは、さすが正樹だなと思う。
 潔いまでに他人と線引きをする。

「確かにそうだけど」

 慎也は溜め息をつき、自分の中にある〝理由〟を探しているようだった。

「優美ちゃんは優しいから、ちょっと関わると情が移っちゃうんでしょ。二人ともそういうところは長所だけど、人に足元をすくわれかねないから注意してね」

「だねー……」

 私は自分の懐に入れた人には、徹底的に味方をする。

 自分では人を見る目、好きになる基準や、価値観のすりあわせとかが結構厳しいと思ってる。
 それをクリアした人なら、めったな事がない限り〝不快な人〟にはならないだろうという信頼がある。

 だからつい「この人は大丈夫かな?」って思ったら、何かと面倒をみがちだ。

 そういうところは一見長所に見える。

 けど正樹に言う通り、短所にもとれるから注意しないとな。

 世の中の全員が善人じゃないっていう事は、嫌でも分かってる。

 それでも私は人に期待して、好きになろうとする。

『がっかりしないためには、他人に期待したら駄目だ』っていうし、その通りだと思う。
 好かれたいと願うから、「優しくしたら好きになってくれるかも」と思ってしまう。

 けど、ちょっとでも良さそうと思った人を心に入れてしまったら、「やっぱり違った」という時のダメージが大きい。

 分かってはいるんだけどな。

「ま、早い内に片がつくよう祈っとくよ。安心してこのマンションに住み続けられるならそれでいいけど、いつまで経っても不安を切り離せないままなら、ここに留まる理由はない。他にも住む所はあるし、僕らの大切な家族団欒をくだらないもののために犠牲にしたくない。それだけは意思表示しておくよ」

「分かった。賛成する」

 慎也が挙手して頷く。

「そうだね。一番大切にしないといけないものを、見失いそうだった。何より家族の時間と安全を守らないと」

 頷くと、正樹はニッコリ笑った。

「とりあえず、新しい家で楽しく過ごそうよ。マンションの人間関係は慎也に任せてさ」

「おい」

 突っ込んだ慎也のふてくされた顔を見て、私は声を上げて笑った。



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