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番外編 2 タワマン事件簿

黒ずくめの男

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 それからさやかさんを思い浮かべた。

 清花さん同様、あまり自己主張が得意ではないタイプに思える。
 最初に美香さんについて忠告してきたのも、彼女なりに耐えがたい事をされたからかもしれない。

 とはいえ、肩入れしすぎると全体が見通せなくなる。

 私が何がなんでも味方になるのは、家族と親友だけ。
 マンションの住人は、優先順位的にはそれ以下。

 心の底から信頼できる付き合いではないし、何かがあれば簡単に関係がひっくり返る可能性だってある。

(優先順位を大切にしないと)

 ついつい情に流されてほだされてしまうけれど、そこはきちんと見極めなければならない。

「ただいまー! とっしちゃーん!」

 家のドアを開けたあとは、気持ちを切り替えて愛しい息子に会いに行った。



**



「優美」

「ん?」

 やけにまじめな顔をした慎也に声を掛けられたのは、夕食の生姜焼きを食べていた時だ。

「今日、何もなかった?」

「え? うん。さっきも話したけど、成宮さんのお宅に行って色々話はしたけど」

 彼女との会話内容は、今後のためにも二人に共有している。
 その時は「そうかー」という反応をされて、とりあえずご飯にしないとだから動いていて会話は途中になっていた。

「んー……」

 慎也は厚みのある生姜焼きをあぐっと大きな口で頬張り、白米をもっもっと食べる。
 レストランで品良く食べる姿も好きだけど、家でわんぱく食いをしている姿も好きだ。

 美味しそうに食べてくれると、作りがいがある。

 正樹は大好きな柴漬けを、コリコリと小動物みたいに食べてる。

「どうかした? ヒミツ、ダメ、ゼッタイ」

 片言で伝えると、慎也はフハッと笑う。

「いや、ごめん。秘密にするつもりはないけど、飯の途中だったなと思って」

「あー……。でも気になるから言ってよ。ここまで言ったなら、半分言ったも同然だし」

「そうそう。『先っぽだけ』は全部も一緒ってね」

 正樹が下品な事を言ったので、私はテーブルの下で思いきり奴の脚を蹴飛ばした。

 そりゃあ、夜あれこれしてるけどさぁ!
 ご飯中はやめようよ!

「ごめんって~」

 正樹は唇を尖らせていじける。子供か。

「……その、清花さんが言ってた、黒づくめの男」

「ん? うん」

 私は大根となめこのお味噌汁を飲みつつ頷く。

「俺たち、今日一緒に帰ってきたんだけど。マンション前でそれらしき奴がいたのを見たんだよな」

「えっ!?」

 思わず声を上げたけれど、正樹が首を左右に振る。

「僕ら車だったし、地下駐車場について慌ててマンション前に戻った時には、すでに姿はなかった。一瞬だったし、慎也と一緒に『今の怪しくない?』って言い合って、『じゃあ見に行こう』っていう流れだったから、その場ですぐ車を停められなかったんだ」

「なるほど」

 納得して、私は頷く。

「一瞬だったのは分かったけど、その中で得られた情報は何かある?」

 質問すると、二人はお互いの顔を見てから「うーん」と考え込む。

「本当に一瞬だったからなぁ……」

「まぁ、普通体型で割と身長あったかな、ぐらいは」

 正樹が言って、慎也が頷く。

「黒はいいとして、具体的にどんなアイテムを身につけていたかは、ちょっと分からないな」

「そっか。うん、分かった。ありがと」

 そのあと、私は考え事をしながら食事を続けつつ、ベビーチェアに座っている俊希に離乳食をあげる。

 さすが私の息子だけあって、ご飯の食いつきがいい。
 気持ちいい食べっぷりを見ていると、モヤモヤしていたのが少しずつ晴れていく。

「……まぁ、気をつけるしかないよ。今日清花さんにも言った事だけど。決定的な事がない限り、先回りして捕まえるなんてできないし。人違いだったらこっちに落ち度がある事になるし」

「だな」

 すでに食べ終わった慎也は溜め息をつき、立ちあがって食後のお茶を淹れるためにキッチンに向かった。
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