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番外編 2 タワマン事件簿
友達、いますか?
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「今の清花さんは、冷静になれていません。落ち着くまで、外部の人と関わらないようにしましょう。専業主婦でしたよね? 気晴らしに友達と外出したり、散歩やジョギングで体を動かしてみたり、映画で日常を忘れるとか、〝ごまかし〟でいいので今の状況から目を逸らして過ごしてみてください。それまでは、私も含めマンションの人と関わらなくていいです」
「でも……」
「大切なのは、お付き合いじゃなくて清花さんの心を守る事です。正直、マンション内の人付き合いなんてどうでも宜しい。学校のクラスメイトじゃないですし、会社の同僚でもありません。ただの他人です。そしてあなたは、学生でも会社員でもない。彼女たちがいなくても生きていけるんです。同じ屋根の下にいるからといって、自分をすり減らしてまで合わせる必要はありません。人に合わせる事で摩耗するなら、しなくていいです」
キッパリと言い切った私を、清花さんはポカンとして見ている。
「……凄い、ですね……。優美さんって……、今までそうやって生きてきたんですか?」
「もとは違いました。でも色々あって吹っ切れたんです」
笑ってみせると、清花さんもクシャリと笑う。
「変な意味じゃなくて……。失礼だったらごめんなさい。友達、いますか?」
「あはは! いますよ~! すっごい最高な親友たちがいます」
私は文香や、地元の友達の顔を思い浮かべて笑う。
「……私、そんな態度を取ったら、多分生き延びれなかったと思います」
「あー、ありますよね。女子同士だと特に」
私は理解を示し、うんうんと頷く。
「私も元から強かった訳じゃないです。学生時代ってまだ子供でしょう? その学区で集められた中で、うまくやっていかないといけない社会性を学んでいた時期です。人との付き合い方だって、『自分が心地よく過ごすのを一番』に考えられる子供は少ないと思います。まず周囲との和を重んじて『皆と同じように、嫌われないように』と考えるのは当然です。日本の教育だと、よりそういう育ち方になりますよね」
「確かに、そうですね」
清花さんは頷く。
「その環境を変えるのは国の役目ですし、大人になってから子供の頃の処世術をどうこう考えても仕方ないんです。けど、できるだけ頭が柔らかいうちに〝なりたい自分〟の姿を見つけて、それに向けて邁進していく事ならできるんじゃないかなと思います」
「……なりたい自分か……」
彼女はポツンと呟き、コーヒーを一口飲む。
「……私、本当は自分が何をしたいのか、よく分かっていないと思います。生まれた家は特に大金持ちではないですが、普通の家庭よりは少し収入があったんじゃないかなと思います。特に苦労知らずで、チヤホヤされて育ちましたが、私自身何かに長けていた訳でもないし、とりたてて美人でもありません。グループの二番手か三番手ぐらいの立ち位置で過ごして、合コンで今の夫に出会いました」
清花さんの話を、私は黙って聞く。
「私、人の顔色を窺うのだけは得意だったんです。グループの中にいて、へたしたら自分が〝下っ端〟になってイジられ役になるのが分かっていました。私はリーダー格の子みたいに、〝強い〟雰囲気を出せないんです。サブの立ち位置から適当に言葉を合わせて、自分を守っている感じでした」
彼女は卑屈な様子で言っているけれど、それも一つの処世術だと思うから、特に否定しない。
〝そうしなければ生きてこれなかった〟環境、事情は誰にでもある。
それらを理解せず、自分の正しさを押しつけるのは、想像力を欠いたただの暴力だ。
常に自分の理想を語って周りを巻き込んでいる私でも、それぐらいの分別はあるつもりだ。
「だから、合コンで夫と会った時、『この人は大成する人だ』ってピンと感じたんです。それで、下品な話ですが『お金持ちになりそう』というのも感じました。ただの勘ですが、山あり谷ありでしたが今はこのマンションに住めるまでなりました」
私は「良かったじゃないですか」と頷く。
私から見ればうまくいった人生に思える。
けれど清花さんは溜め息をつく。
「幸せなはずなのに、いつも満たされないんです。常に周りに流されて、身につける物だってお店の人が勧めてきた物を、友達に『可愛い』と言われてそのまま買っています。自分で買おうと思った物だって、SNSでバズっている物とか、誰かが『欲しい』と言った物ばかり。能動的に何かをしたい、欲しいと思った事ってないんです」
端から見ると、「幸せな悩みだな」と感じる。
けど、本人にとっては大きな悩みだ。
「だから今、優美さんがスパッと断ち切るように言ったのを見て、『こんな人もいるんだ』って驚いたんです。断言したり決断するって、どこかで誰かの反感を買うじゃないですか。私は常に誰かに嫌われないかビクビクしています。言葉にはしていませんが、優美さんの『嫌われたって構わない』っていう姿勢を見て、感銘を受けたというか……」
それを聞き、私はクシャッと笑う。
「あー……、まぁ、世の中の人全員に好かれるのは無理ですもん。『カレーライス大好き!』ってネットで言ったら、絶対誰かクソリプ飛ばしてきますよ」
「あはははは!」
思わず清花さんは笑い出した。
「でも……」
「大切なのは、お付き合いじゃなくて清花さんの心を守る事です。正直、マンション内の人付き合いなんてどうでも宜しい。学校のクラスメイトじゃないですし、会社の同僚でもありません。ただの他人です。そしてあなたは、学生でも会社員でもない。彼女たちがいなくても生きていけるんです。同じ屋根の下にいるからといって、自分をすり減らしてまで合わせる必要はありません。人に合わせる事で摩耗するなら、しなくていいです」
キッパリと言い切った私を、清花さんはポカンとして見ている。
「……凄い、ですね……。優美さんって……、今までそうやって生きてきたんですか?」
「もとは違いました。でも色々あって吹っ切れたんです」
笑ってみせると、清花さんもクシャリと笑う。
「変な意味じゃなくて……。失礼だったらごめんなさい。友達、いますか?」
「あはは! いますよ~! すっごい最高な親友たちがいます」
私は文香や、地元の友達の顔を思い浮かべて笑う。
「……私、そんな態度を取ったら、多分生き延びれなかったと思います」
「あー、ありますよね。女子同士だと特に」
私は理解を示し、うんうんと頷く。
「私も元から強かった訳じゃないです。学生時代ってまだ子供でしょう? その学区で集められた中で、うまくやっていかないといけない社会性を学んでいた時期です。人との付き合い方だって、『自分が心地よく過ごすのを一番』に考えられる子供は少ないと思います。まず周囲との和を重んじて『皆と同じように、嫌われないように』と考えるのは当然です。日本の教育だと、よりそういう育ち方になりますよね」
「確かに、そうですね」
清花さんは頷く。
「その環境を変えるのは国の役目ですし、大人になってから子供の頃の処世術をどうこう考えても仕方ないんです。けど、できるだけ頭が柔らかいうちに〝なりたい自分〟の姿を見つけて、それに向けて邁進していく事ならできるんじゃないかなと思います」
「……なりたい自分か……」
彼女はポツンと呟き、コーヒーを一口飲む。
「……私、本当は自分が何をしたいのか、よく分かっていないと思います。生まれた家は特に大金持ちではないですが、普通の家庭よりは少し収入があったんじゃないかなと思います。特に苦労知らずで、チヤホヤされて育ちましたが、私自身何かに長けていた訳でもないし、とりたてて美人でもありません。グループの二番手か三番手ぐらいの立ち位置で過ごして、合コンで今の夫に出会いました」
清花さんの話を、私は黙って聞く。
「私、人の顔色を窺うのだけは得意だったんです。グループの中にいて、へたしたら自分が〝下っ端〟になってイジられ役になるのが分かっていました。私はリーダー格の子みたいに、〝強い〟雰囲気を出せないんです。サブの立ち位置から適当に言葉を合わせて、自分を守っている感じでした」
彼女は卑屈な様子で言っているけれど、それも一つの処世術だと思うから、特に否定しない。
〝そうしなければ生きてこれなかった〟環境、事情は誰にでもある。
それらを理解せず、自分の正しさを押しつけるのは、想像力を欠いたただの暴力だ。
常に自分の理想を語って周りを巻き込んでいる私でも、それぐらいの分別はあるつもりだ。
「だから、合コンで夫と会った時、『この人は大成する人だ』ってピンと感じたんです。それで、下品な話ですが『お金持ちになりそう』というのも感じました。ただの勘ですが、山あり谷ありでしたが今はこのマンションに住めるまでなりました」
私は「良かったじゃないですか」と頷く。
私から見ればうまくいった人生に思える。
けれど清花さんは溜め息をつく。
「幸せなはずなのに、いつも満たされないんです。常に周りに流されて、身につける物だってお店の人が勧めてきた物を、友達に『可愛い』と言われてそのまま買っています。自分で買おうと思った物だって、SNSでバズっている物とか、誰かが『欲しい』と言った物ばかり。能動的に何かをしたい、欲しいと思った事ってないんです」
端から見ると、「幸せな悩みだな」と感じる。
けど、本人にとっては大きな悩みだ。
「だから今、優美さんがスパッと断ち切るように言ったのを見て、『こんな人もいるんだ』って驚いたんです。断言したり決断するって、どこかで誰かの反感を買うじゃないですか。私は常に誰かに嫌われないかビクビクしています。言葉にはしていませんが、優美さんの『嫌われたって構わない』っていう姿勢を見て、感銘を受けたというか……」
それを聞き、私はクシャッと笑う。
「あー……、まぁ、世の中の人全員に好かれるのは無理ですもん。『カレーライス大好き!』ってネットで言ったら、絶対誰かクソリプ飛ばしてきますよ」
「あはははは!」
思わず清花さんは笑い出した。
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