87 / 539
箱根クリスマス旅行 編
折原さんと二人で居酒屋
しおりを挟む
『なんですか? 荷物運びでも何でも言ってください』
彼女が重たい荷物を持っていても、誰も折原さんを女性扱いしないのは、端から見ればすぐ分かる。
だから俺は彼女の手助けになるのなら、何でもやるという立ち位置を貫いていた。
『いや、そうじゃないの。……んー、今日、仕事終わったら時間ある?』
……マジ?
ずっと断られていたのに彼女から誘われて、一瞬頭の中が真っ白になった。
正樹の事で不安になり、胸の中が一杯だったのも、申し訳ないながらほんの一瞬抜けてしまったほどだ。
『ある……。と言えばありますが』
『用事があったら断ってくれていいんだけど、ちょっと飲みに付き合ってくれない?』
そう言ってから、折原さんは周りを気にする。
場所は会社のエレベーター前で、昼休憩が終わる頃だった。
彼女は俺を探しに来たという感じで歩いてきたので、その段階からちょっと嬉しくは思っていたんだが。まさかこうなるとは……。
『も、勿論です!』
うわずった声で返事をすると、彼女はクシャッと笑った。
『じゃあ、仕事終わったら現地集合しよう。一緒に会社出るのはちょっと……だから』
そう言って、折原さんは先にリサーチしておいたらしい居酒屋のURLを、メッセージアプリで送ってきた。
『あざっす』
『じゃあ、あとでね』
彼女はヒラリと手を振って、いつも通りスラリとした歩き姿で立ち去っていった。
『…………マジか……』
一人になった俺は独り言を言い、今日死ぬかもみたいな事を冗談で考えてみる。
その時、手に持っていたスマホが震えた。
メッセージアプリを開くと、母からだった。
《一週間経ったから、警察に相談してみます》
舞い上がっていた気持ちも、それを読んだだけでガクンと落ちてしまった。
(……今日も午前中の仕事でミスったしな)
いつもの自分ならあり得ない失態に、思わず舌打ちしたくなる。
(折原さんと飲めて、そこから運が向いていけばいいな)
普段はスピリチュアルな事など何も信じていないのに、都合のいい時だけ幸運やツキなどを信じたくなる。
ドライな考え方だが、俺がここで死ぬほど焦ったとしても、正樹がすぐ見つかる訳じゃない。
母が警察に相談したというなら、あとはプロに任せよう。
芳也も未望も、正樹を心配しながらそれぞれ働き、通学している。
心配なのは皆一緒で、自分だけが自粛しても何もならない。
決めたあとは、折原さんとの時間を楽しみにしようと気持ちを切り替え、午後の仕事に向かった。
**
『あ、岬くんこっち』
指定された居酒屋に向かうと、先に折原さんが席に座っていた。
『どもっす。先に注文して良かったのに、待っててくれたんですか?』
『ご飯は皆で〝いただきます〟してから食べる主義なの』
聞いて、彼女らしいなと思った。
眩しいぐらいまっすぐでしなやかな人だから、家族仲が良くて行儀作法とかもきちんと身につけた人に思える。
『私ビール飲もっと。あとは枝豆と~。冷や奴と~』
何気ない事だが、「とりあえず生ね」と言わないのが彼女らしい。
「社会人だし、最初の一杯はビールに決まってるでしょ」という決めつけがない。
あくまで俺の好みを尊重し、好きな物を頼んでいいと自由に選択させてくれている。
『じゃあ、俺一杯目はジンライムにします』
『おっ、いいねぇ。スッキリするよね』
今までの職場の飲み会を見ていても、折原さんはジン系を飲まない。
けどこうやって俺が選択したメニューを肯定してくれるのを、いいなと思う。
細かい人は「飲んだ事もないのに嘘をついて合わせている」と言うかもしれない。
嘘は確かにいけない。
でも誰も傷つけない、誰かをいい気分にさせるための優しい嘘ならアリだと思っている。
女性同士、本音ではそう思っていないのに「可愛い」と言い合うのと同じだ。
そうやって空気を読んで、相手と和やかにやっていくのも処世術だと思っている。
俺が見る限り、折原さんは空気を読む達人だ。
職場全体をよく見て、誰かが困っていたらさり気なく手を差し伸べる。
彼女がいたから助かったという人は大勢いるはずだ。
俺から見ればそれが本当の意味で「空気が読める」人だと思っている。
佐藤さん達の言う「空気の読めない折原さん」は、何でも自分たちの都合のいいように「はい、はい」と頷かないからだという理由だ。
彼女は違うと思ったら自分の意見をハッキリ言う。
自分がおかしいと思うのに相手に合わせて「そうだね」という事の愚かさを知っている人だからだ。
彼女が重たい荷物を持っていても、誰も折原さんを女性扱いしないのは、端から見ればすぐ分かる。
だから俺は彼女の手助けになるのなら、何でもやるという立ち位置を貫いていた。
『いや、そうじゃないの。……んー、今日、仕事終わったら時間ある?』
……マジ?
ずっと断られていたのに彼女から誘われて、一瞬頭の中が真っ白になった。
正樹の事で不安になり、胸の中が一杯だったのも、申し訳ないながらほんの一瞬抜けてしまったほどだ。
『ある……。と言えばありますが』
『用事があったら断ってくれていいんだけど、ちょっと飲みに付き合ってくれない?』
そう言ってから、折原さんは周りを気にする。
場所は会社のエレベーター前で、昼休憩が終わる頃だった。
彼女は俺を探しに来たという感じで歩いてきたので、その段階からちょっと嬉しくは思っていたんだが。まさかこうなるとは……。
『も、勿論です!』
うわずった声で返事をすると、彼女はクシャッと笑った。
『じゃあ、仕事終わったら現地集合しよう。一緒に会社出るのはちょっと……だから』
そう言って、折原さんは先にリサーチしておいたらしい居酒屋のURLを、メッセージアプリで送ってきた。
『あざっす』
『じゃあ、あとでね』
彼女はヒラリと手を振って、いつも通りスラリとした歩き姿で立ち去っていった。
『…………マジか……』
一人になった俺は独り言を言い、今日死ぬかもみたいな事を冗談で考えてみる。
その時、手に持っていたスマホが震えた。
メッセージアプリを開くと、母からだった。
《一週間経ったから、警察に相談してみます》
舞い上がっていた気持ちも、それを読んだだけでガクンと落ちてしまった。
(……今日も午前中の仕事でミスったしな)
いつもの自分ならあり得ない失態に、思わず舌打ちしたくなる。
(折原さんと飲めて、そこから運が向いていけばいいな)
普段はスピリチュアルな事など何も信じていないのに、都合のいい時だけ幸運やツキなどを信じたくなる。
ドライな考え方だが、俺がここで死ぬほど焦ったとしても、正樹がすぐ見つかる訳じゃない。
母が警察に相談したというなら、あとはプロに任せよう。
芳也も未望も、正樹を心配しながらそれぞれ働き、通学している。
心配なのは皆一緒で、自分だけが自粛しても何もならない。
決めたあとは、折原さんとの時間を楽しみにしようと気持ちを切り替え、午後の仕事に向かった。
**
『あ、岬くんこっち』
指定された居酒屋に向かうと、先に折原さんが席に座っていた。
『どもっす。先に注文して良かったのに、待っててくれたんですか?』
『ご飯は皆で〝いただきます〟してから食べる主義なの』
聞いて、彼女らしいなと思った。
眩しいぐらいまっすぐでしなやかな人だから、家族仲が良くて行儀作法とかもきちんと身につけた人に思える。
『私ビール飲もっと。あとは枝豆と~。冷や奴と~』
何気ない事だが、「とりあえず生ね」と言わないのが彼女らしい。
「社会人だし、最初の一杯はビールに決まってるでしょ」という決めつけがない。
あくまで俺の好みを尊重し、好きな物を頼んでいいと自由に選択させてくれている。
『じゃあ、俺一杯目はジンライムにします』
『おっ、いいねぇ。スッキリするよね』
今までの職場の飲み会を見ていても、折原さんはジン系を飲まない。
けどこうやって俺が選択したメニューを肯定してくれるのを、いいなと思う。
細かい人は「飲んだ事もないのに嘘をついて合わせている」と言うかもしれない。
嘘は確かにいけない。
でも誰も傷つけない、誰かをいい気分にさせるための優しい嘘ならアリだと思っている。
女性同士、本音ではそう思っていないのに「可愛い」と言い合うのと同じだ。
そうやって空気を読んで、相手と和やかにやっていくのも処世術だと思っている。
俺が見る限り、折原さんは空気を読む達人だ。
職場全体をよく見て、誰かが困っていたらさり気なく手を差し伸べる。
彼女がいたから助かったという人は大勢いるはずだ。
俺から見ればそれが本当の意味で「空気が読める」人だと思っている。
佐藤さん達の言う「空気の読めない折原さん」は、何でも自分たちの都合のいいように「はい、はい」と頷かないからだという理由だ。
彼女は違うと思ったら自分の意見をハッキリ言う。
自分がおかしいと思うのに相手に合わせて「そうだね」という事の愚かさを知っている人だからだ。
22
お気に入りに追加
1,818
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する
如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。
八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。
内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。
慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。
そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。
物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。
有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。
二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる