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箱根クリスマス旅行 編

岬くん、ちょっといい?

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『岬くん、ちょっといい?』

『はい?』

 ある日の帰り、折原さんに話しかけられて俺は返事をする。

 その時は正樹が行方不明になっていて、何度電話を掛けても繋がらず、『もしかして……』を考えては絶望していた時だった。
 父は『成人男性だし、金も持っているはずだし、社会的責任のある正樹を信じる』と言っていたけれど、母は心配して顔色を青くしていた。

 一週間をタイムリミットにして、それを過ぎたら警察に相談しようと家族で相談していた。

 当時、正樹も俺もそれぞれ別の所で一人暮らしをしていたから、俺は正樹の異変に気付けずにいた。
 正樹がいないと知らせてくれたのは秘書で、彼から連絡がなかったらどうなっていたか分からない。

 役員は有給がないから、休みを取れるといえば取れる。
 いつ休みをとっても構わないと言えばそれまでだが、誰にも何も言わず長期間行方をくらましているのは、明らかに異常事態だった。

 正樹は軽くていい加減な性格に思われがちだが、仕事は責任を持ってしっかりやっていた。
 表面上はおちゃらけていても、芯の部分ではまじめなのを家族は分かっている。

 一か月前、正樹は結婚していた元妻と離婚し、同居していたマンションから引っ越した。

 それが一段落ついて家族ともども「気を取り直して……」という雰囲気になった矢先だった。

 俺は正樹の元妻――利佳さんに会った事があるが、上っ面はいいけれど、身内には厳しい人だとすぐに分かった。
 正樹は尻に敷かれた状態で、言い返せば大げんかになるから黙って我慢しているという感じだった。

 相当なストレスが掛かっていたのは想像したが、男兄弟なので立ち入って聞いていいものか分からなかった。
 子供の頃からの確執もあったし、彼にそこまで踏み込んでいいんだろうか? という不安もあった。

 スマホでどれだけ連絡しても、正樹は応えてくれない。

 ――まさか自殺するなんてないよな?
 ――ただ、離婚のストレスで全部嫌んなって、ちょっと小旅行に行ってるだけだよな?

 心の中で正樹に話しかけても、それはただ自分の希望を述べているだけに過ぎない。
 何もできず正樹がここまで追い詰められているのにも気づかなかった自分が、ただただ情けなかった。

 ――俺がグズグズしているせいで。

 そんな後悔があったから、今までと変わらない毎日を送るだけなのに、日々を過ごすのが苦しくて堪らなかった。

 そんな折り、尊敬して憧れている折原さんに声を掛けられた。

『あのさ、えーと』

 いつもハキハキしている彼女にしては珍しく、折原さんは言葉を迷わせる。

 彼女の事が好きで、あの時街角で会った大学生だと気づいてほしくて、俺は今まで何度も折原さんを食事に誘っていた。

 けど答えはいつも『ごめん! また今度!』。

 明るくサバサバとして言うので、最初はその言葉を信じて〝次の機会〟を待っていたが、何度も断られるうちに分かってきた。

 ――こりゃ、避けられてるな。

 ガッカリしたのは否めない。

 けど、ここでしつこくすれば、ストーカーに成り下がる。
 絶対に彼女の味方で〝いい男〟ポジションを死守したかった俺は、涙を呑んで誘うのを控えた。
 それで〝無害な後輩〟ポジを守れるなら、お安いご用だ。

 彼女が浜崎さんや佐藤さんを中心とする一部の人からヒソヒソ言われているのは、端から見ていてすぐに分かった。

 大人になってまで、何やってんだよくだらねぇ。

 そう思うものの、この会社では俺は無力な新入社員だ。

 モノを言うには仕事で結果を出して、発言力をつけなければいけない。
 そのためにトップの折原さんに学び、ガンガン働いている真っ最中だった。

 常に彼女の良き後輩であり、徐々に後輩以上に思われるようになりたい。
 恋人まで見られなくても、信頼されるバディくらいにはなりたい。

 自分の求めるものがハッキリしていたからこそ、彼女を敵視する存在が鬱陶しくて堪らなかった。

 だからこそ、彼女の立場になって考えてみて分かる事がある。

 同僚と付き合って痛い目に遭ったから、男を避けているのかな? とか。
 俺は一応部署内で女性社員にキャーキャー言われている部類ではあるから、敵を作らないために避けているのかな? とか。

 色んな事を察するからこそ、俺は積極的に彼女に近づくのを一旦諦めた。

 今は彼女に憧れてE&Eフーズに入社したものの、〝いつか〟は久賀城ホールディングスに戻る事になるかもしれない。

 その時が来たら改めて告白しよう。

 それまでに、折原さんに恋人ができないよう祈るしかないけれど……。と、消極的な事を考えていた。

 その矢先だったので、彼女に声を掛けられて浮かれる自分がいた。
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