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番外編 2 タワマン事件簿

三笠のいる三十三階へ

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「不愉快な思いをさせて、申し訳ございませんでした。確認のために伺っただけで、お二人が『知らない』と言った言葉を信じます」

 そういうと、成宮さん夫婦は強張った表情のまま頷く。

「事件性がありますので、どうか他言無用にお願いできますか?」

「分かりました」

 清花さんが頷き、圭さんが忠告してくる。

「もしまだ何か起こったら、警察に通報したほうがいいと思いますよ」

「はい、そうします」

 それで成宮さん宅をあとにしようとしたが、清花さんがポツリと呟いた。

「……美香さんが久賀城さんご兄弟を狙ってるのかも」

 その言葉を聞いて、俺はピクリとする。

「……ここだけの話ですが、先日美香さんがうちに来たんです。話した内容については伏せますが、彼女、慎也さんと正樹さんの事を格好いいって言っていましたし」

 ふりだしに戻って、俺は息をつく。

 杉川さんが疑わしいという疑惑について、彼女自身が言っていたように、俺たち兄弟に手を出すリスクが高すぎる。
 不倫しているのは本当だとしても、わざわざ同じマンション内の家庭をかき乱すメリットがない。

 クルージングの時に言っていたように、「少し意地悪してやりたかった」というのが本音だとしても、彼女の場合〝あれ〟止まりな気がする。

 ずっと猫を被っているならともかく、クルージングの時にある程度彼女の話は聞いた。
 その上でさらに久賀城家に手を出してくる、頭の悪い女には思えない。

 成功者で経営者をしていれば、当たり前に忙しい。

 世の中には引っ越しするのが趣味という人もいるが、彼女が引っ越しを考えている様子はなかったし、旦那さんと離婚して家を出て行くそぶりもない。

 なら、わざわざ自分の住んでいるマンションの人間関係を、ぶち壊しにする必要はないんじゃないかと思う。引っ越しするのはとても面倒だし。

 幾ら俺と正樹を気にしているとしても、手出ししたら面倒な相手なら、そう簡単に馬鹿な真似をしないんじゃ……と感じる。

「それも考慮して、慎重に状況を見定めようと思います」

 とりあえずこの夫婦には確認できたから、次へ行こう。

「遅い時間に嫌な話をしてすみませんでした」

 別れを切り出すと、成宮さん夫婦はぎこちなく微笑んだ。

「では、おやすみなさい」

 挨拶して廊下を歩き、エレベーターホールまで行く。

 待機所にはソファがあり、その横には観葉植物と小さめのゴミ箱がある。

 こういう物の管理は管理人がしてくれている。
 優美の写真がゴミ箱に捨てられていたとして、そのまま放置されていれば管理人が発見しただろう。

 その時にコンシェルジュ経由で俺たちに知らせるかは、今はたらればの話なので置いておく。

 管理人がマンション内の点検をする時間は決まっている。
 もし犯人がそれを見越した上で、誰かの目につくように写真を捨てていたのだとしたら……?

 深く考えるほど、色んな人が疑わしくなってくる。

 考えながらエレベーターを待っていたが、随分かかりそうなので非常階段を使う事にした。

 考えて見れば三笠さんがいる三十三階まで二フロア上がるだけだし、エレベーターを待つまでもない。

 精神面が安定していない時、同じ場所にいると思考がどんどんネガティブになっていく。
 場所を変え、環境を変え、体を動かすのが一番だ。

 なるべく何も考えずに階段を上がり、あらかじめ知っていた部屋番号のチャイムを押した。

 ……まだ帰っていないのか。

 何度かチャイムを押して溜め息をついた時、エレベーターが三十三階に着いた電子音が鳴り、彼が姿を現した。

「あれ? 久賀城さん?」

 相変わらずギラついた印象の彼は、パーティーか何かの帰りという格好をしている。
 手にはワインの入った細長い紙袋を持っていた。

「こんばんは。すみません、用事があって」

「待たせてしまってすみません。中、入ります? 男の一人暮らしの、むさ苦しい部屋ですが」

「いえ、立ち話で結構です」

 好意的な様子だが、三笠さんは俺の纏う雰囲気を鋭敏に感じたようだった。

 ……というか、俺の姿を見た瞬間、僅かにギクッとした表情をしたのを見逃さない。

 俺は直感で、優美の写真を撮った人と穴を開けた人物は別なのでは、と思っている。

 杉川さんが言っていた通り、三笠さんが優美に興味を持って写真を撮った可能性は高い。

 だが彼が異常なまでの執念深さを見せ、あんなサイコストーカー的な事をするとは考えづらい。
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