449 / 539
番外編 2 タワマン事件簿
写真
しおりを挟む
害する意図がなくても、自分の〝普通〟が相手を傷つける事はある。
「私、そんな事では怒りませんから大丈夫。今までもっと、あからさまな事を言われましたし、お義母さんには人権を無視された事も言われましたから」
「……すみません」
苦労知らずのただムカつく女ではなかった。知らなかったとはいえ、俺も迂闊だった。
「……だから、幸せそうな慎也さんたちに、ちょっと意地悪したいなっていう気持ちもあったんです」
風を浴びてなびく髪を押さえ、杉川さんは楽しそうに笑う。
「奥さんには言いました? 怒ってました?」
「そういうの、性格悪いですよ」
「うふふ、知ってる!」
悪びれない彼女の返事を聞き、俺は溜め息をつく。
「優美さん、素直で、曲がった事が嫌いそうで、周りから愛されて育ったんだなーって思うと羨ましいです。それでこんなに素敵な旦那さんもいるんでしょう? 可愛い子供もいて、パーフェクトじゃない」
他人から見るとそうなるんだな。
俺は優美が今までどれだけ努力をしたのか知っている。
確かに家族からは愛されて育ったし、俺も正樹も優美を無条件に愛している。罵り合うような喧嘩もしてない。
けど、どれだけ周りの理解があっても、出産は凄く痛かっただろうし、子育ては大変だ。
他人の幸せってのは、上澄み部分だけが見えると思っている。
その人の家庭環境も育ち方も、今までどれだけ苦労したか、現在進行形で何に悩んでいるかもまったく無視して、自分にとって都合のいい姿しか見ない。
そして「自分はこんなにつらいのに、あの人はなんの苦労もなく幸せを謳歌している。ずるい」と嫉妬し、陥れようとするんだろう。
杉川さんが〝そう〟とは言わないが、世の中にはそういう人がごまんといる。
「杉川さんだって、他人から見たら大成功した人に思われているんじゃないですか? SNSも、セレブな暮らしの写真しか載せてないでしょう」
彼女のSNSは知らないが、想像で言ってみる。
「ふふ、確かにそうね。SNSに写真を載せる時は、お友達と食事した時、有名人に会った時や、クルージングや旅行に行った時、輝いている時しか見せないわ。だってあそこは見栄張り合戦の場だもの。ドロドロした生活臭い写真を載せても笑われるだけだわ」
一応、分かってはいるのか。
「SNSなんて、何を発信してもいいと思いますけどね」
そう言って、俺は自分のSNSを思いだす。
自分で作った食事を備忘録的に写真に撮るけど、プロのカメラマンでもないので、映える写真になんてならない。
栄養バランスを重視すればするほど、質素な絵ヅラになる。
優美や俊希の写真は、どれだけ愛おしくて自慢したくても載せない。
その代わりに、風景や、たまにプロテインの写真なんかを載せるけど、正樹も優美も同じ筋肉脳だから、三人して同じメーカーのプロテインの写真になって頭を抱えてしまう。
どんな写真を撮っても生活の一部が滲み出るのは仕方がないし、〝よそ行き〟の写真しか載せられないなら、滅多に更新できなくなる。
気軽に楽しむためのものなのに、つまらない見栄のために投稿できなくなるのは変な話だ。
でも、杉川さんみたいな人には、相応の価値観もあるんだろう。
文香も独自の〝見せ方〟はあると言っていたし、それぞれだ。
「そうですね。慎也さんの仰る通りだと思います。……でも私みたいに、見栄ばっかりの女はそうもいかないんですよ。周りにいるのも、似た者同士の女性ばかりですからね」
〝分かっている〟らしい彼女の言葉を聞き、俺は溜め息をついてシャンパンを飲む。
「そこまで分かっていて頭がいいのに、どうしてこんな事をするんです?」
尋ねると、杉川さんはまた微笑む。
「だから、ちょっと意地悪したかっただけなんです」
同じ答えだったが、もう今は先ほどまでのようにおちょくる雰囲気ではなかったので、それほど腹は立たなかった。
言ってから、杉川さんはブランド物のバッグから数枚の写真を出した。
「な……っ!」
テーブルの上に置かれた十枚ほどの写真を見て、俺は背筋を凍り付かせた。
写真を広げて確認すると、すべてに優美が映っていた。
彼女を狙って盗撮したとおぼしき写真や、俺たちや文香など、人といる時に撮ったものを優美の部分だけ拡大した物。
おぞましいのは、写真のすべてに小さな穴が空いている事だ。
針なんかじゃない。もっと大きな……、釘みたいな物によって空けられた穴が、無数にある。
まるで呪いだ。
ブルッと体が震える。
何者かの得体の知れない悪意への恐怖と、愛する女を狙われた底知れない怒りとで、腹の底から震えが生じた。
「私、そんな事では怒りませんから大丈夫。今までもっと、あからさまな事を言われましたし、お義母さんには人権を無視された事も言われましたから」
「……すみません」
苦労知らずのただムカつく女ではなかった。知らなかったとはいえ、俺も迂闊だった。
「……だから、幸せそうな慎也さんたちに、ちょっと意地悪したいなっていう気持ちもあったんです」
風を浴びてなびく髪を押さえ、杉川さんは楽しそうに笑う。
「奥さんには言いました? 怒ってました?」
「そういうの、性格悪いですよ」
「うふふ、知ってる!」
悪びれない彼女の返事を聞き、俺は溜め息をつく。
「優美さん、素直で、曲がった事が嫌いそうで、周りから愛されて育ったんだなーって思うと羨ましいです。それでこんなに素敵な旦那さんもいるんでしょう? 可愛い子供もいて、パーフェクトじゃない」
他人から見るとそうなるんだな。
俺は優美が今までどれだけ努力をしたのか知っている。
確かに家族からは愛されて育ったし、俺も正樹も優美を無条件に愛している。罵り合うような喧嘩もしてない。
けど、どれだけ周りの理解があっても、出産は凄く痛かっただろうし、子育ては大変だ。
他人の幸せってのは、上澄み部分だけが見えると思っている。
その人の家庭環境も育ち方も、今までどれだけ苦労したか、現在進行形で何に悩んでいるかもまったく無視して、自分にとって都合のいい姿しか見ない。
そして「自分はこんなにつらいのに、あの人はなんの苦労もなく幸せを謳歌している。ずるい」と嫉妬し、陥れようとするんだろう。
杉川さんが〝そう〟とは言わないが、世の中にはそういう人がごまんといる。
「杉川さんだって、他人から見たら大成功した人に思われているんじゃないですか? SNSも、セレブな暮らしの写真しか載せてないでしょう」
彼女のSNSは知らないが、想像で言ってみる。
「ふふ、確かにそうね。SNSに写真を載せる時は、お友達と食事した時、有名人に会った時や、クルージングや旅行に行った時、輝いている時しか見せないわ。だってあそこは見栄張り合戦の場だもの。ドロドロした生活臭い写真を載せても笑われるだけだわ」
一応、分かってはいるのか。
「SNSなんて、何を発信してもいいと思いますけどね」
そう言って、俺は自分のSNSを思いだす。
自分で作った食事を備忘録的に写真に撮るけど、プロのカメラマンでもないので、映える写真になんてならない。
栄養バランスを重視すればするほど、質素な絵ヅラになる。
優美や俊希の写真は、どれだけ愛おしくて自慢したくても載せない。
その代わりに、風景や、たまにプロテインの写真なんかを載せるけど、正樹も優美も同じ筋肉脳だから、三人して同じメーカーのプロテインの写真になって頭を抱えてしまう。
どんな写真を撮っても生活の一部が滲み出るのは仕方がないし、〝よそ行き〟の写真しか載せられないなら、滅多に更新できなくなる。
気軽に楽しむためのものなのに、つまらない見栄のために投稿できなくなるのは変な話だ。
でも、杉川さんみたいな人には、相応の価値観もあるんだろう。
文香も独自の〝見せ方〟はあると言っていたし、それぞれだ。
「そうですね。慎也さんの仰る通りだと思います。……でも私みたいに、見栄ばっかりの女はそうもいかないんですよ。周りにいるのも、似た者同士の女性ばかりですからね」
〝分かっている〟らしい彼女の言葉を聞き、俺は溜め息をついてシャンパンを飲む。
「そこまで分かっていて頭がいいのに、どうしてこんな事をするんです?」
尋ねると、杉川さんはまた微笑む。
「だから、ちょっと意地悪したかっただけなんです」
同じ答えだったが、もう今は先ほどまでのようにおちょくる雰囲気ではなかったので、それほど腹は立たなかった。
言ってから、杉川さんはブランド物のバッグから数枚の写真を出した。
「な……っ!」
テーブルの上に置かれた十枚ほどの写真を見て、俺は背筋を凍り付かせた。
写真を広げて確認すると、すべてに優美が映っていた。
彼女を狙って盗撮したとおぼしき写真や、俺たちや文香など、人といる時に撮ったものを優美の部分だけ拡大した物。
おぞましいのは、写真のすべてに小さな穴が空いている事だ。
針なんかじゃない。もっと大きな……、釘みたいな物によって空けられた穴が、無数にある。
まるで呪いだ。
ブルッと体が震える。
何者かの得体の知れない悪意への恐怖と、愛する女を狙われた底知れない怒りとで、腹の底から震えが生じた。
1
お気に入りに追加
1,829
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる