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番外編 2 タワマン事件簿
仕方ないですね
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え、二人きりとかなりたくないんだけど。
俺は顔に出ないように、必死に堪える。
だが杉川さんは一歩俺に近づき、声を潜めて囁いてきた。
『奥さんの身の安全に関する事です』
『…………は?』
思わず、素の声が出た。
『……何です? それ』
愛想笑いをしていたのもスッと消え、俺は低い声で尋ねる。
だが彼女は何も応えず、非常階段のほうを指さすだけだ。
仕方ない。
俺は頷いて歩きだした。
『コンシェルジュにも言われていると思いますが、最近このマンションの付近に不審者が出ています』
『張り紙もされていましたね』
とはいえ、タワマンの住人なんてピンキリだから、どんな奴が住んでいるか分からない。
高価格の物件だからと言って、全員が経営者や有名人ではない。
土地によっては夜職の人が多いタワマンもあるし、海外の人が部屋だけ買って放置しているところもある。
フロアで区切られ、何階に誰が住んでいるか分からないからこそ、住人にまつわるトラブルがいつ降りかかってくるか分からない。
『女性の写真が勝手に撮られるって、まずいと思いませんか?』
壁にもたれかかった杉川さんに言われて、ゾワッと背筋に寒気が走った。
『…………優美が誰かに撮られていたって事ですか?』
引きつった表情で尋ねると、杉川さんはいじわるに笑う。
『ねぇ、私海が見たいです』
は? 何言ってんだこいつ。
『ですから、今度の週末にでもクルージングをご一緒しません? 所有している船が港にあるんです』
この野郎。一緒に出かけないと教えないって事か。
目の下がピクッと痙攣したが、俺は努めて笑顔を浮かべた。
相手が大切な情報を握っているのに、怒らせたらまずい。
経験で分かるが、この手の女は自分の望みを叶えるためなら何でもする。
正論を言っても怒鳴っても、絶対に引かない。
『……素敵ですね。我が家もクルーザーを所有しています』
だから話を合わせてやった。
『あら、じゃあ慎也さんのクルーザーでもいいですよ。どうです? 夕日を見ながらシャンパンとか』
妖艶に笑っている杉川さんは、俺が罠に掛かったと思っているんだろう。
狡猾な雌狐みたいな顔で笑っている。
『どうしても……、ですか?』
『ええ』
最後に確認したが、この女は引く気はないみたいだった。
絶対的に自分が主導権を取り、俺を征服しようとする意志が漲っている。
『……仕方ないですね』
優美の安全に関する事なら、多少の事でも我慢しないと。
『うふふ、そう言ってくださると信じていました』
承諾すると、杉川さんは今までの脅すような雰囲気を引っ込め、にっこり笑った。
『……言っておきますけど、妻を裏切るような事は絶対しませんからね。そういう事をお望みならこちらも強硬手段を執ります。あくまで平和的に話を聞きたいから、あなたの案に乗った。それを裏切るなら、こっちも本気を出します』
『分かっていますよ。愛妻家ですもんねー。私、若いイケメンとクルージングしたいだけなんです』
無邪気に振る舞うが、こいつ、自分が脅してたの忘れてるだろ。
……はー。二十代の女性のパワーも怖いけど、歳を重ねて酸いも甘いも知って、さらに財力もある無敵の年代はマジ怖い。
……とはいえ、社会的に失いたくないものもあるから、へたな事はしないだろう。
そこは若さゆえで突っ走っている女とは違う所だ。
だからこそ逆に厄介とも言えるけれど、話し合える余地はあるはずだ。
『頼みますから、周りに言いふらさないでくださいね。俺は概要が掴めたら、妻にちゃんと報告しますから、勘違いさせようとしても無駄ですよ』
『なーんだ、つまんないのー』
…………コノヤロウ……。
ピクッと目元をヒクつかせた俺は、乱暴に息をついてドアに向かう。
『話はこれで終わりですね? 戻りますよ』
『週末、楽しみにしていますね』
『はいはい』
**
俺は顔に出ないように、必死に堪える。
だが杉川さんは一歩俺に近づき、声を潜めて囁いてきた。
『奥さんの身の安全に関する事です』
『…………は?』
思わず、素の声が出た。
『……何です? それ』
愛想笑いをしていたのもスッと消え、俺は低い声で尋ねる。
だが彼女は何も応えず、非常階段のほうを指さすだけだ。
仕方ない。
俺は頷いて歩きだした。
『コンシェルジュにも言われていると思いますが、最近このマンションの付近に不審者が出ています』
『張り紙もされていましたね』
とはいえ、タワマンの住人なんてピンキリだから、どんな奴が住んでいるか分からない。
高価格の物件だからと言って、全員が経営者や有名人ではない。
土地によっては夜職の人が多いタワマンもあるし、海外の人が部屋だけ買って放置しているところもある。
フロアで区切られ、何階に誰が住んでいるか分からないからこそ、住人にまつわるトラブルがいつ降りかかってくるか分からない。
『女性の写真が勝手に撮られるって、まずいと思いませんか?』
壁にもたれかかった杉川さんに言われて、ゾワッと背筋に寒気が走った。
『…………優美が誰かに撮られていたって事ですか?』
引きつった表情で尋ねると、杉川さんはいじわるに笑う。
『ねぇ、私海が見たいです』
は? 何言ってんだこいつ。
『ですから、今度の週末にでもクルージングをご一緒しません? 所有している船が港にあるんです』
この野郎。一緒に出かけないと教えないって事か。
目の下がピクッと痙攣したが、俺は努めて笑顔を浮かべた。
相手が大切な情報を握っているのに、怒らせたらまずい。
経験で分かるが、この手の女は自分の望みを叶えるためなら何でもする。
正論を言っても怒鳴っても、絶対に引かない。
『……素敵ですね。我が家もクルーザーを所有しています』
だから話を合わせてやった。
『あら、じゃあ慎也さんのクルーザーでもいいですよ。どうです? 夕日を見ながらシャンパンとか』
妖艶に笑っている杉川さんは、俺が罠に掛かったと思っているんだろう。
狡猾な雌狐みたいな顔で笑っている。
『どうしても……、ですか?』
『ええ』
最後に確認したが、この女は引く気はないみたいだった。
絶対的に自分が主導権を取り、俺を征服しようとする意志が漲っている。
『……仕方ないですね』
優美の安全に関する事なら、多少の事でも我慢しないと。
『うふふ、そう言ってくださると信じていました』
承諾すると、杉川さんは今までの脅すような雰囲気を引っ込め、にっこり笑った。
『……言っておきますけど、妻を裏切るような事は絶対しませんからね。そういう事をお望みならこちらも強硬手段を執ります。あくまで平和的に話を聞きたいから、あなたの案に乗った。それを裏切るなら、こっちも本気を出します』
『分かっていますよ。愛妻家ですもんねー。私、若いイケメンとクルージングしたいだけなんです』
無邪気に振る舞うが、こいつ、自分が脅してたの忘れてるだろ。
……はー。二十代の女性のパワーも怖いけど、歳を重ねて酸いも甘いも知って、さらに財力もある無敵の年代はマジ怖い。
……とはいえ、社会的に失いたくないものもあるから、へたな事はしないだろう。
そこは若さゆえで突っ走っている女とは違う所だ。
だからこそ逆に厄介とも言えるけれど、話し合える余地はあるはずだ。
『頼みますから、周りに言いふらさないでくださいね。俺は概要が掴めたら、妻にちゃんと報告しますから、勘違いさせようとしても無駄ですよ』
『なーんだ、つまんないのー』
…………コノヤロウ……。
ピクッと目元をヒクつかせた俺は、乱暴に息をついてドアに向かう。
『話はこれで終わりですね? 戻りますよ』
『週末、楽しみにしていますね』
『はいはい』
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