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番外編 2 タワマン事件簿
何やってんのあの人
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「っあー…………。……色々、頑張っていかないと」
そんな私の頭を、正樹が優しく撫でる。
「〝お母さん〟が大変なの分かるけどさ、優美ちゃんはもうちょっと肩の力を抜いていいよ。一人じゃないから。ハワイの海で泣きながら言った事、覚えてるでしょ?」
言われて、新婚旅行での事を思いだした。
ずっと強い女であろうとして、何でも一人で抱え込もうとして、ガツガツギラギラした女になっていた。
必要以上に力がこもっていた部分も、勿論あった。
それを私は、ハワイのあの海で解放したはずだったんだ。
『…………っ、――――助けて……っ、慎也、正樹……っ』
海の中で座り込んで、泣きながら言った言葉を忘れていない。
口にして感じた敗北感も、自分一人じゃできないんだという情けなさも、あの時思い知ったはずだ。
私は、自分で思っているほど強くないし、一人で生きていけない。
勿論、世の中にはしっかり稼いで独身を貫いている人もいるけれど、私はそうじゃない。
あの時、結婚して夫になった二人に、ちゃんと頼る、弱さを見せるって決めたはずなのに。
ふ……っ、と息を吐き、肩の力を抜く。
「……そうだね。私、また一人で頑張ろうとしてた」
リラックスして笑ったあと、私は両側にいる二人と手を繋ぐ。
「ちょっとでも悩んだら、すぐ言ってくれ」
「うん」
「朝食をご飯にするか、パンにするかでも、相談してね」
「っあはは! それは相談したい」
真剣に話を聞いてくれて、相談に乗ってくれて、まじめすぎたら適度に笑わせてくれる。
こんないい夫は他にいないよなぁ、と感謝しつつ、私はいい感じに疲れて眠くなり、あくびをした。
**
そのあとしばらく、何事もなく日々を過ごしていた。
私が「ん」となったのは、俊希を連れて近くまで散歩に行って戻った時の事だ。
マンションのエントランスに入って、いつも通りコンシェルジュさんに挨拶をしてエレベーターに向かおうとした。
エレベーターホールまで行って、誰もいないのにどこからか声がする。
「どこから……?」と思って少し周囲を見ると、非常階段で誰かが話しているようだった。
べったりドアに耳をつけて、盗み聞きするような事はしない。
けれど「慎也さん」という名前が聞こえたもんだから、びっくりして少し離れた場所で聞き耳を立ててしまった。
「ですから、今度の週末にでも一緒にクルージングしません? 所有している船が港にあるんです」
「素敵ですね。我が家もクルーザーを所有しています」
「あら、じゃあ慎也さんのクルーザーでもいいですよ。どうです? 夕日を見ながらシャンパンとか」
……この声。
…………美香さん、ですね。
何やってんのあの人……。
頭が痛くなり、私は溜め息をついて額に手を当てる。
慎也の事は信じてる。
けど、彼がなんて返事をするのか知りたかった。
「どうしても……、ですか?」
おい、なんで即答して「無理です」って言わないんだ。
私は内心突っ込みを入れ、手だけでズビシッとチョップする真似をする。
「ええ」
顔は見えないけど、美香さんが「断るはずがない」って顔で悠然と笑っているのが分かる。
……なんでこんなドキドキするんだろ。
喉が渇くのを感じ、私はゴクンと唾を飲む。
「……仕方ないですね」
「うふふ、そう言ってくださると信じていました」
はぁ!?
まさかの慎也の返事に、私の頭の中が真っ白になる。
ちょ……。
目をまん丸に見開いて固まっている間、二人は週末のスケジュールを話し合っている。
そうこうしている間に会話が終わりそうなのを感じ、私は心臓をバックバック鳴らしたまま、エレベーターホールに戻って上へいくボタンを連打した。
そんな私の頭を、正樹が優しく撫でる。
「〝お母さん〟が大変なの分かるけどさ、優美ちゃんはもうちょっと肩の力を抜いていいよ。一人じゃないから。ハワイの海で泣きながら言った事、覚えてるでしょ?」
言われて、新婚旅行での事を思いだした。
ずっと強い女であろうとして、何でも一人で抱え込もうとして、ガツガツギラギラした女になっていた。
必要以上に力がこもっていた部分も、勿論あった。
それを私は、ハワイのあの海で解放したはずだったんだ。
『…………っ、――――助けて……っ、慎也、正樹……っ』
海の中で座り込んで、泣きながら言った言葉を忘れていない。
口にして感じた敗北感も、自分一人じゃできないんだという情けなさも、あの時思い知ったはずだ。
私は、自分で思っているほど強くないし、一人で生きていけない。
勿論、世の中にはしっかり稼いで独身を貫いている人もいるけれど、私はそうじゃない。
あの時、結婚して夫になった二人に、ちゃんと頼る、弱さを見せるって決めたはずなのに。
ふ……っ、と息を吐き、肩の力を抜く。
「……そうだね。私、また一人で頑張ろうとしてた」
リラックスして笑ったあと、私は両側にいる二人と手を繋ぐ。
「ちょっとでも悩んだら、すぐ言ってくれ」
「うん」
「朝食をご飯にするか、パンにするかでも、相談してね」
「っあはは! それは相談したい」
真剣に話を聞いてくれて、相談に乗ってくれて、まじめすぎたら適度に笑わせてくれる。
こんないい夫は他にいないよなぁ、と感謝しつつ、私はいい感じに疲れて眠くなり、あくびをした。
**
そのあとしばらく、何事もなく日々を過ごしていた。
私が「ん」となったのは、俊希を連れて近くまで散歩に行って戻った時の事だ。
マンションのエントランスに入って、いつも通りコンシェルジュさんに挨拶をしてエレベーターに向かおうとした。
エレベーターホールまで行って、誰もいないのにどこからか声がする。
「どこから……?」と思って少し周囲を見ると、非常階段で誰かが話しているようだった。
べったりドアに耳をつけて、盗み聞きするような事はしない。
けれど「慎也さん」という名前が聞こえたもんだから、びっくりして少し離れた場所で聞き耳を立ててしまった。
「ですから、今度の週末にでも一緒にクルージングしません? 所有している船が港にあるんです」
「素敵ですね。我が家もクルーザーを所有しています」
「あら、じゃあ慎也さんのクルーザーでもいいですよ。どうです? 夕日を見ながらシャンパンとか」
……この声。
…………美香さん、ですね。
何やってんのあの人……。
頭が痛くなり、私は溜め息をついて額に手を当てる。
慎也の事は信じてる。
けど、彼がなんて返事をするのか知りたかった。
「どうしても……、ですか?」
おい、なんで即答して「無理です」って言わないんだ。
私は内心突っ込みを入れ、手だけでズビシッとチョップする真似をする。
「ええ」
顔は見えないけど、美香さんが「断るはずがない」って顔で悠然と笑っているのが分かる。
……なんでこんなドキドキするんだろ。
喉が渇くのを感じ、私はゴクンと唾を飲む。
「……仕方ないですね」
「うふふ、そう言ってくださると信じていました」
はぁ!?
まさかの慎也の返事に、私の頭の中が真っ白になる。
ちょ……。
目をまん丸に見開いて固まっている間、二人は週末のスケジュールを話し合っている。
そうこうしている間に会話が終わりそうなのを感じ、私は心臓をバックバック鳴らしたまま、エレベーターホールに戻って上へいくボタンを連打した。
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