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ハワイ 編

不安になった時は俺たちを呼べよ

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「ずっと聞いてたけどさぁ、何度も言ったと思うけど、僕らは優美ちゃんに完璧なんて求めてないけど? 〝強い女〟でなくてもいい。夫婦になって欠点を補って生きてくんでしょ?」

 私は何も言えず、波に浸かった状態で放心する。
 波が押し寄せては私たちを濡らし、引いて、また押し寄せてくる。

「優美が今まで、傷付いていたのに我慢していたのは分かってるよ。あの会社で一緒に働いていた俺が、誰より分かっているつもりだ。陰湿な嫌がらせを受けていたのに、よく毎日平気なふりをして笑って、ガンガン働けるなって尊敬してた。でも『絶対傷付いてるだろうな』って確信してた」

 慎也は私の手を握り、顔を覗き込んできた。

「今もつらい? 俺たちの前で無理をしてる? 何かつらい事があるなら、何でも話してほしい。それで、三人で解決しよう。ただ、別れる選択肢は認めない」

 彼の優しい言葉と、確固たる愛に、涙が零れる。
 無言で、首を振った。

「……別れたい訳じゃない」

「うん。それならよし」

 慎也は私の頬にキスをする。

「優美ちゃんさ、ずーっと自分を抑圧してきたでしょ。僕らが聞いた話の他にも、今まで嫌な事が沢山あったと思う。優美ちゃんぐらい可愛くてスタイルが良くて、性格も良くて皆の人気者で、さらに友達が有名人なら、嫉妬されて当たり前じゃんって思う。色んな言葉を向けられて笑い飛ばしてきたけど、本当は全部まともに受け取って傷付いたでしょ。君は人に心を開く、とても優しい子だから」

 図星を突かれ、私は唇を引き結んで涙を零す。

「無理しなくていいのに。いつでも、『昔こんな嫌な事があった』って酒の肴にでも聞かせてくれたら良かったのに」

「……だって、幻滅させる。それに、終わった事をいつまでも掘り返してグチグチいうの、みっともない」

 鼻声で言うと、慎也が息をつく。

「俺、最初に言ったよな? 優美は一見完璧に見えるけど、『その弱点や人間らしさはどこにあるんだろう?』ってずっと気になって知りたかったって。俺は最初から、優美の綺麗で完璧な姿なんて求めてないんだよ。綺麗な女のドロドロした部分を見たい。そういう歪んだ欲望を持った男だって、最初に自己紹介したつもりでいたけど」

 そういえば、というのと、結構なパワーワードに思わず目を見開いて彼を見る。

「僕もなんだけど、優美ちゃんがくだ巻いて愚痴言ってる姿とか、泣いてつらかった事を話す姿とか、全部ご褒美なんだけど」

「…………変態」

 ポツンと呟いて突っ込むと、二人は朗らかに笑った。

「そうだよ、変態だよ。今さら気付いたのか?」

「3Pして、ドロッドロになるまでヤり合ったのに、僕らの前で綺麗な姿を保ててるとでも思ったの?」

 揶揄する声に、私は赤面する。

「それに僕だって部下に説教かますけど、何が悪いの? 間違えていたらアドバイスするのは、人として当たり前だと思うけど。『良くなってほしい』と思うから意見を言うのは、親切からだと思ってる。五十嵐の場合は優美ちゃんの言葉を求めてたでしょ? 求められてないのに説教かますのは鬱陶しいけど、感謝されてるなら悪い事じゃないよ」

 瞬きをすると、残っていた涙の雫が滴った。

「文香さんも言ってたけど、優美の価値観や倫理観は間違えてないと思う。その基準でアドバイスをしても、的外れにはならない。優美がキレる時は、相手が常識から逸脱していた場合だろ。おかしな奴に怒るのは当たり前だ。人に説教するって、責任が発生するから怖くなるのは分かる。あとから『あんな事を言わなきゃ良かった』ってなるのも分かる。けど、不安になった時は俺たちを呼べよ」

 慎也は私の髪を撫で、指先で耳の輪郭をたどる。

「これから不安になったら全部言え。『忙しそう』とか、『煩わせたくない』とか、遠慮するな。自分の生き方、芯がブレそうになった時は、遠慮せずに俺たちに泣きつけ」

 慎也が言ったあと、正樹が続ける。

「それにね、見返したい気持ちも、承認欲求も悪くないよ。誰に迷惑をかけたの? 優美ちゃんは営業で活躍して、結果出してただけでしょ? その佐藤とかいう女に、直接何か仕返しをした訳じゃない。靴に画鋲とか? お茶にハナクソとか?」

「ぶっ……、ふ……」

 まじめな話をしてるのに、正樹のぶっ込みに思わず噴き出した。

「優美ちゃんは相手と同じ泥沼ステージに立たずに、綺麗な所で活躍して仕返しした。誰にも何も責められないよ。むしろ『よく我慢して、そんな風にポジティブに昇華できたね』って褒められるべきだ」

 褒められ、肯定され、私の浅ましい気持ちが安堵する。

「あのな〝強いフリ〟でもずっと貫き通したら、人から見れば〝強い〟んだよ。優美が皆に分け与えた優しさや知恵、見せてくれた勇気や強さは嘘じゃなかった。皆が優美に感謝してる。優美が自分の理想を話したとしても、皆そこまで責任を求めない。本当の意味で専門知識を得たいなら、プロに話を聞くべきだって普通の人なら分かってる」

 慎也が言ったあと、正樹が続ける。

「優美ちゃんさ、自分で自分に期待しすぎなんじゃない? 〝理想の自分〟のハードル上げるとつらいよ? 僕は清く正しく美しく生きてる君に憧れたけど、二十四時間、三百六十五日、模範的でいなくていい。トレーニングもそう。食べたかったら甘い物も高カロリーも食べていいし、やる気が起きた時に体を動かせばいい。毎日ストイックに鍛えても、何かの大会に出るプロじゃない。サボっても誰も怒らない。自分に厳しくしすぎると、完璧主義者になって、自分の弱さやちょっとの非も許せなくなるよ? そして自分を否定して、傷つけるようになる」

 二人の言葉を聞いて、少しずつ肩の力が抜けていく。
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