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ハワイ 編
私は、傷付いていた
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「憧れてたんだ。痩せてて可愛くて、皆から声を掛けられるクラスの人気者。そんな人になりたかった。でも私は、ダイエットに成功しても折原優美のままだった。大きく変わらなければ、ずっと過去の私がついて回ってくる。……だから、意識的にポジティブになって、皆から好かれるキャラクターを演じた」
少しずつ、ゆで卵の殻を剥くように、自分の心を自分で剥いていく。
「大学デビュー、かな。一年生の時はまだ丸みがあったけど、ここから意識的に明るく振る舞っていこうって決めた。文香に声を掛けたのは、一人でいたから話しかけやすい、素敵な人だから友達になりたいっていうのもあったけど、美人で陽キャっぽい友達がほしいっていう、浅はかな思いがあったのかもしれない。…………ごめんね。そういうの、文香が一番嫌っていたのに。あたっ」
ごん、と頭突きをされ、私は悲鳴を上げる。
「今さら何言ってんの。親友になってここまで仲良くなって、家族と和人意外に一番の存在って思ってるのに、今さら何年前になるか分かんない話をされて、怒る訳ないでしょ」
呆れたように言われ、私は安堵する。
同時に、自分のずるい気持ちを肯定され、泣きそうになった。
「いーい? セレブのラブラブカップルでも、美人だったから、憧れのスポーツ選手だったからとか、単純な動機があるの。きっかけがそうでも、あとから人間性を好きになるなら誰も文句は言わない。美しい恋人、配偶者でいる代わりに、巨額のお金で安定した生活を提供するとか、中には割り切った関係もある。けど、それは他人の問題。少なくとも私は、優美の動機にそういう感情があっても今は何とも思わない。『あ、そう?』って思って終わり」
「ん……。ありがとう」
許された、と思って私は息をつく。
そして学生時代を思いだした。
「文香との大学生活、楽しかったな。ダイエットを応援してもらえて、自分がどんどん〝なりたかった自分〟に近付くのを実感できた。冴えない女子高生が、大学デビューしてイケてる友達と出会って、変わっていくの。映画とかにありそう」
いつになく自分を卑下している私の髪を、文香は優しく撫でる。
「その勢いに乗って、〝強くてイケてる自分〟の仮面を被ったまま、E&Eフーズに入社してかっ飛ばしていった。全力で仕事に取り組んで、憧れていたバリキャリになるって燃えた。仕事も恋も、美も健康も、最高の友人も投資も〝理想の自分〟が手にしている事だから、すべてを得ようとした。…………恋はなかなかだったけど」
私は裕吾や浜崎くんの事を思いだして、苦く笑う。
「勢いが強すぎて反感を買っても、気付かないふりをした。嫌われても、『傷付いてやるもんか』って思った。完璧でありたかった。上司から褒められて、後輩や同僚から慕われて、女性社員からは体型維持の秘訣や営業の必勝法の教えを請われて、いい気になってた」
「……それって、誰かを傷つけたの?」
文香が冷静に尋ねる。
「……多分、私は間違えてない。自分の正義のもと、清く正しく振る舞ってきたつもり」
「私から見ても、あんたの価値観はしっかりしてる。『間違えてない』で合ってると思うよ。…………何がつらかった? どうしてそこまで自分を追い詰めるの?」
優しく尋ねられ、私はつるんとしたゆで卵の奥にある、柔らかい黄身に手を伸ばす。
「……本当は、嫌われるのが怖かった。高校生の時から、人に避けられる怖さ、自分のせいで不快にさせて申し訳ないっていう意識が染みついていた。強く振る舞う私は、自分の中にある誇りに反しないなら『謝らなくていい』と思っていた。自分は正しい、間違えてない。そう言い聞かせて、私を嫌う相手に問題があると思ってた」
それを、文香が肯定した。
「間違えてないよ。ずっと話に聞いてた佐藤って女は、優美の主観抜きにも最悪な奴だと思ってた。そいつは自分の小さな世界を守るために、優美を悪役にした。正しくて光り輝いている優美を妬んだだけ。そんなのから嫌われて、傷付かなくていいんだよ?」
文香は私の手をしっかり握り、訴えてくる。
「分かってる。……うん、ありがとう。……でも、何だろう、怖いね。人から悪意をぶつけられるのって。話が通じない相手なのに、『嫌わないで。私を悪く思わないで』ってお願いしたくなる」
私は、傷付いていた。
〝強い女〟の仮面を掛け、フルプレートのアーマーを着込んで完全武装していた。
けれどそれを通過する言葉や悪意によって、鎧の中の生身はボロボロになっていた。
助けを求めたくても〝強い女〟は弱音を吐いちゃいけない。
文香に愚痴を聞いてもらって、カーッと飲んで笑い飛ばす。
そんな〝強さ〟で、傷付いた事実をなかった事にしていた。
もとから、一晩寝たらすべて切り替えられる性格だったら、ここまで心に傷を残していないだろう。
本当の私は特に強くもなく、友達とささやかな事で笑い合い、満足する子だった。
傷付く事があったら泣きながら友達に聞いてもらい、慰めてもらった。
仲のいい数人の子に励ましてもらい、ご褒美の甘い物を皆で頬張って笑い合った。
どこにでもいるそんな子が、大人になったからといって大きく変われるはずがない。
考え方、価値観は変わっても、根っこにある部分は同じだ。
その、心の中に根付く学生時代の自分を、私はずっと無視して殺し続けていた。
振り返りたくない、黒歴史の過去だったから。
「いじめられたら、傷付くのは当たり前だよ。優美は悪くない」
〝いじめられた〟というその言葉からも、目を背けていた。
少しずつ、ゆで卵の殻を剥くように、自分の心を自分で剥いていく。
「大学デビュー、かな。一年生の時はまだ丸みがあったけど、ここから意識的に明るく振る舞っていこうって決めた。文香に声を掛けたのは、一人でいたから話しかけやすい、素敵な人だから友達になりたいっていうのもあったけど、美人で陽キャっぽい友達がほしいっていう、浅はかな思いがあったのかもしれない。…………ごめんね。そういうの、文香が一番嫌っていたのに。あたっ」
ごん、と頭突きをされ、私は悲鳴を上げる。
「今さら何言ってんの。親友になってここまで仲良くなって、家族と和人意外に一番の存在って思ってるのに、今さら何年前になるか分かんない話をされて、怒る訳ないでしょ」
呆れたように言われ、私は安堵する。
同時に、自分のずるい気持ちを肯定され、泣きそうになった。
「いーい? セレブのラブラブカップルでも、美人だったから、憧れのスポーツ選手だったからとか、単純な動機があるの。きっかけがそうでも、あとから人間性を好きになるなら誰も文句は言わない。美しい恋人、配偶者でいる代わりに、巨額のお金で安定した生活を提供するとか、中には割り切った関係もある。けど、それは他人の問題。少なくとも私は、優美の動機にそういう感情があっても今は何とも思わない。『あ、そう?』って思って終わり」
「ん……。ありがとう」
許された、と思って私は息をつく。
そして学生時代を思いだした。
「文香との大学生活、楽しかったな。ダイエットを応援してもらえて、自分がどんどん〝なりたかった自分〟に近付くのを実感できた。冴えない女子高生が、大学デビューしてイケてる友達と出会って、変わっていくの。映画とかにありそう」
いつになく自分を卑下している私の髪を、文香は優しく撫でる。
「その勢いに乗って、〝強くてイケてる自分〟の仮面を被ったまま、E&Eフーズに入社してかっ飛ばしていった。全力で仕事に取り組んで、憧れていたバリキャリになるって燃えた。仕事も恋も、美も健康も、最高の友人も投資も〝理想の自分〟が手にしている事だから、すべてを得ようとした。…………恋はなかなかだったけど」
私は裕吾や浜崎くんの事を思いだして、苦く笑う。
「勢いが強すぎて反感を買っても、気付かないふりをした。嫌われても、『傷付いてやるもんか』って思った。完璧でありたかった。上司から褒められて、後輩や同僚から慕われて、女性社員からは体型維持の秘訣や営業の必勝法の教えを請われて、いい気になってた」
「……それって、誰かを傷つけたの?」
文香が冷静に尋ねる。
「……多分、私は間違えてない。自分の正義のもと、清く正しく振る舞ってきたつもり」
「私から見ても、あんたの価値観はしっかりしてる。『間違えてない』で合ってると思うよ。…………何がつらかった? どうしてそこまで自分を追い詰めるの?」
優しく尋ねられ、私はつるんとしたゆで卵の奥にある、柔らかい黄身に手を伸ばす。
「……本当は、嫌われるのが怖かった。高校生の時から、人に避けられる怖さ、自分のせいで不快にさせて申し訳ないっていう意識が染みついていた。強く振る舞う私は、自分の中にある誇りに反しないなら『謝らなくていい』と思っていた。自分は正しい、間違えてない。そう言い聞かせて、私を嫌う相手に問題があると思ってた」
それを、文香が肯定した。
「間違えてないよ。ずっと話に聞いてた佐藤って女は、優美の主観抜きにも最悪な奴だと思ってた。そいつは自分の小さな世界を守るために、優美を悪役にした。正しくて光り輝いている優美を妬んだだけ。そんなのから嫌われて、傷付かなくていいんだよ?」
文香は私の手をしっかり握り、訴えてくる。
「分かってる。……うん、ありがとう。……でも、何だろう、怖いね。人から悪意をぶつけられるのって。話が通じない相手なのに、『嫌わないで。私を悪く思わないで』ってお願いしたくなる」
私は、傷付いていた。
〝強い女〟の仮面を掛け、フルプレートのアーマーを着込んで完全武装していた。
けれどそれを通過する言葉や悪意によって、鎧の中の生身はボロボロになっていた。
助けを求めたくても〝強い女〟は弱音を吐いちゃいけない。
文香に愚痴を聞いてもらって、カーッと飲んで笑い飛ばす。
そんな〝強さ〟で、傷付いた事実をなかった事にしていた。
もとから、一晩寝たらすべて切り替えられる性格だったら、ここまで心に傷を残していないだろう。
本当の私は特に強くもなく、友達とささやかな事で笑い合い、満足する子だった。
傷付く事があったら泣きながら友達に聞いてもらい、慰めてもらった。
仲のいい数人の子に励ましてもらい、ご褒美の甘い物を皆で頬張って笑い合った。
どこにでもいるそんな子が、大人になったからといって大きく変われるはずがない。
考え方、価値観は変わっても、根っこにある部分は同じだ。
その、心の中に根付く学生時代の自分を、私はずっと無視して殺し続けていた。
振り返りたくない、黒歴史の過去だったから。
「いじめられたら、傷付くのは当たり前だよ。優美は悪くない」
〝いじめられた〟というその言葉からも、目を背けていた。
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