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ハワイ 編

私らしさって何かな

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「……そうだね。今は結婚とか新婚旅行があるから、ダーッと突っ走ってきたけど、ちょっとブレーキかけて、ゆるゆる活動するぐらいでいいのかもね」

「まぁ、でもあんたにそれができるか? だけどね? いつも何かを全力でやってないと気が済まないでしょ。休日だって走ったりジム行ったり、何かしらしてるし、ぼんやり一日寝て過ごすとか、毎日のように私と遊んでたら罪悪感抱くでしょ」

「……だねぇ……」

 ズバリと言い当てられ、私は苦笑いする。

「ずっと仕事して、プライベートでもジム行って筋トレして、私と遊んで……ってしてきたけど、ベースに労働があるから休みに遊んで『よしまた働くか』ってなれた訳でしょ? 専業主婦を悪く言う訳じゃないけど、自分が窒息しないように、これからどうやって過ごせばつらくないか、考えなきゃだよ?」

「うん」

 私はまじめな顔で頷く。

 人生の余暇から仕事復帰まで、明確にどれぐらいと決まっていない。
 ただ、最低二人、慎也と正樹の子供を産んで、落ち着いてからだなと思っている。

 その子達が落ち着く頃、また妊娠した……というのもあり得る。

 父親は二人いるし、桁違いの財力があるから、子供が何人いても養えるだろう。
 三人目を作るつもりがなくても、うっかりできてしまう……なんてのもあり得る。

 私がいつ仕事に復帰できるかは、誰にも分からない。

「……慎也も正樹も、私が働かなくても何も言わない。私が私らしくあるのを望んでくれているから、仕事したいって言ったら全力でサポートしてくれる。でも私が仕事する事で、二人が家事育児のために仕事を疎かにするのは違うと思う」

 正樹はいずれ社長になり、慎也は副社長になる。
 久賀城ホールディングスに欠かせない存在になり、社員たちの生活がかかる。

 幾ら私が仕事ができるほうと言っても、規模が違う。

 私が働く時にいいポストを用意してくれるとしても、仕事をモノにするまで時間がかかるだろう。

 仕事はしたい。生きがいだ。

 けど、仕事は三人ともできるけど、子供が産めるのは私だけ。
 だから自然と、これからの役割は決まってくる。

 文香は私の髪を手で梳き、言う。

「出産って、子供を望んでいるなら避けて通れない事だよね。でも慣れない事の中で、優美が自分らしさを失わないか、私は凄く心配になる。出産に否定的なんじゃない。私もいつか和人の子供を産む。……その未来を近く感じているからこそ、優美の不安が分かるんだよ」

「……ありがと」

 私は親友の優しさに微笑み、枕に頭をつけて仰向けになる。

「……私らしさって何かな」

 呟くと、文香が溜め息をついた。

「ごめん。そういう意味で優美を追い詰めたいんじゃない」

「ううん。そうじゃない。……自分でもずっと思ってたの。心の奥底で原始的な疑問があった。それについて深く考えると、突っ走っていた足が止まってしまいそうだから、見ないふりをしていた」

 溜め息をつき、私は目を閉じる。

「十八歳の時に出会った二人に恥ずかしくないよう、ずっと頑張ってきた。トレーナーさんに出会ってメンタルから鍛えるやり方を教わって、どんどん自分を好きになっていった。それは絶対後悔してない。変われて良かったって思ってる。……でも、ずっと〝強い女〟をしているうちに、時々『あれ? 本当の私ってどうだったっけ?』って思ってしまう事があった」

「うん……。大きく変わった人はそう思うのかもね」

 文香が相槌を打つ。

「〝全部本当の私〟なのは分かってる。……けど、ずっと百パーセントの力で、明るく強く、常に笑顔で過ごしてきた。その中で、つらい出来事があって無理をしていた事だってあったと思う」

 目を開けて彼女を見ると、文香は無言で頷いた。
 彼女は私が今まで零した愚痴、すべてを知っている。

「トレーナーさんの言葉を胸に〝理想の女〟を頭に思い描いて、それを演じている気持ちでいた。『痩せてテキパキ動けるようになって、カッコイイ服も着こなせるようになった私なら、きっとこう言う。周りもそう望んでいる』……とか」

 言ってから理解して、私は自嘲した。

「……そっか、やっぱり周りの期待に応えようとしてたんだ」

「誰か、きっかけはいた?」

 尋ねられたけれど、考える間もなく私は首を横に振る。

「違う。私がそう望んだ。『期待される人になりたい』って、かつて誰にも期待されていなかった私が、強く望んだ」

 寝そべりながら真剣に話していた私は、慎也と正樹が来ていて、少し離れた場所で話を聞いていたのに気付かなかった。

「……私は〝何者〟でもなかった。折原優美ではあったけれど、埼玉の高校にいる目立たない性格の女子生徒だった。体が大きかったから人の視界には入るけど、うっとうしい目で見られて終わり。……そんな子だった」

 文香が手を握ってくる。

 昔だったら、汗ばむ手が申し訳なくてすぐに手を離していた。

 体質は変わっていないけれど、今は「痩せたから気持ち悪いとは思われないだろう」と思えている。

 私が自分自身に、ずっと呪いを掛けてきた。
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