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ハワイ 編

結婚した実感

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 大人しく塗られていると、耳元で正樹が囁いてきた。

「……おーくさん」

「……………………。……なぁに? あなた」

 ここで軽くあしらったら可哀想だと思い、私は照れながらも乗ってあげる。
 するとピタリと正樹の手が止まり、「ふふ……、んふふふふ……」と笑い始めた。怖い。

「いいねぇ! 結婚したんだね。僕たち」

「そうだよ。これから宜しくね」

「うん」

 正樹は噛み締めるように言い、最後に水着の紐をきちんと結んでから「終わり」と告げた。

「続きは、夜ね」

 また耳元で囁いてきたけれど、その声にはさっきにはない熱が籠もっていた。

「…………ん」

 ジワッと体温が高くなった気がして、私は顔を伏せてくぐもった返事をする。

「可愛いなぁ。平気なフリをしながら、結局は照れちゃうんだから」

 隣のビーチチェアに座った正樹がクスクス笑い、私は言い返せず顔を伏せたままだ。

「……結婚した実感、沸いた?」

 昨日彼が言っていた事について質問すると、彼は軽やかに笑った。

「いや、全然!」

「でしょー」

 私は横臥し、肘枕をして笑う。

「利佳さんとの時はどうだった?」

 尋ねると、正樹もゴロリとこちらを向く。

「んー、変な意味じゃないけど、今回よりは実感があったかも。……っていうのも結構マイナスな感情で、あの時は『僕はもう自由に好きな事をできないんだ』っていう諦めがあったかな」

「そっか……。結婚する人全員が、必ずしもルンルン幸せとはいかないもんね」

「今は実感ないけど、幸せだよ。幸せだから『〝これ〟を素直に受け取っていいのかな?』って戸惑ってる。もうちょっとしたらきちんと実感して、あまりに嬉しくて、漫画みたいに足が地面から三センチぐらい浮くんじゃないかな」

「あはは! 何ソレ! どこの猫型ロボット!」

 二人で笑い合ったあと、正樹が手を差しだしてきた。

「泳がない?」

「そうだね、せっかくのハワイだから」

 黒地に葉っぱの柄が入ったサーフパンツを穿いた正樹は、私の手を握って白いビーチを歩く。
 目の前には美しく澄んだ海に青い空。

「どこかで海亀を見られたらいいね。ハワイで幸運のシンボルなんだって」

「ホント? シュノーケリングとかした時、会えたらいいね」

 波打ち際に立つと、波が引いていくと足の裏の砂がズズズ……と取られていく、あの奇妙な感覚を味わう。
 気持ちいいとも違うし、不快とも違うし、不思議な感じだ。

 彼と手を繋いだまま、ゆっくり海に入っていく。

 海水の温度は高いので、まったく冷たくない。
 ホテルの人から聞いた話では、二十七度ぐらいはあるみたいだ。

「気持ちいいね」

「僕、久しぶりに海に入った気がするな」

「あれ? 休暇でビーチリゾートとか行ってたんじゃないの?」

「んー、景色が綺麗だから海は好きなんだけど、一人で入っても空しいから、水上バイクかっ飛ばしたり、パラセーリングとかしてたかな」

「あ! どっちもやりたい!」

「予定に組み込んでるからやろうよ。水上バイクは講習受けたら、特に免許とかなくても乗れるよ」

「マジで?」

「マジマジ。パラセーリングは怖そうって思うかもだけど、気持ちいいし、あっという間に終わる」

「ふぅん、楽しみ! わ、と」

 波がザプンと胸元に掛かり、割と深い所で波を受けたのでよろける。

「優美ちゃん、はい、だっこ」

 正樹が両手を広げてきたので、私は大人しく彼の腕の中に収まった。

「僕が波避けになってあげる」

「ん、ありがと」

 微笑んで抱きつき、チラッと周りを見る。

「公衆の面前でイチャイチャしていて、変に思われないかな?」と心配したけれど、周りはむしろもっと情熱的にイチャイチャしている人ばっかりだ。

 家族連れもいるけど、お構いなしに愛情表現をしているので、やっぱりお国柄なんだろう。
 私は生まれも育ちも日本で、価値観も日本的だけれど、新婚旅行でハワイに来ている間ぐらいは、ちょっと羽目を外してもいいかな? と思った。

「……キスして」

 正樹におねだりをすると、彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いてから、クシャッと笑った。

 そして私を抱き締め、顔を傾けてキスをしてくる。

 目を閉じると、正樹と海だけを感じた。
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