上 下
353 / 539
ハワイ 編

まだ実感が湧かないんだよ

しおりを挟む
「来ちゃったの? ゆっくりしてたら二人が来たから、ヤバイと思って新聞で顔隠してたのに」

「何でそういう事言うの? おいでよ」

 ツンツンと正樹のTシャツの袖を引っ張ると、彼はまた苦笑いして立ち上がった。
 新聞を軽く畳み、彼は一緒に私たちの席までくる。

「おはよ」

「ん、おはよう」

 正樹は一瞬迷ったあと、慎也の隣に腰掛けた。

 遠慮してるなぁ……。

「正樹はいつ来たの?」

「んー、僕、朝はちょっと走ってた。で、シャワー浴びてここに来たのが八時半ぐらいかな」

「じゃあ、そんなに違わないんだ」

「僕が来た頃は他の皆もチラホラいたけど、食べ終わったあとに散歩に行ったみたい」

「そっか」

 私はスクランブルエッグを食べ、頷く。

「気付いてて声かけてくれなかったの? 遠慮してたの?」

 ズバッと言うと、正樹は動揺して横を向く。

「今さら何なの? 夜ならともかく、明るい時まで気配を殺そうとしなくていいんだよ?」

「ん、んー……」

 正樹は曖昧な返事をしてから、スタッフを呼んでコーヒーを頼む。

「……昨晩、聞こえてた?」

 急に慎也が直球を投げたので、私も正樹も咳き込みかけた。

「……まー、ちょっとは」

「ご、ごめん!」

 思わず私は小さな声で謝り、さすがに赤面して俯く。
 いつも現場に正樹もいるから、別の場所にいる彼に聞かれてるって、すっごい変な気持ちだ。

「……いや、あれはあれで寝取られみたいで興奮したけどね」

 ああ、安定の正樹がいる。

「でも壁に耳つけたりしてないから、安心して」

 ……ちょっとずつ調子が出てきましたね。

 その時、私のパンケーキが運ばれてきた。

 プレートに、薄いパンケーキが五枚ぐらい斜めに重なっている。
 上には粉砂糖やアーモンド、エディブルフラワーにフルーツがふんだんにのっていて豪華だ。

 ハワイ発祥で日本で流行してるお店では、これでもか! ってぐらい生クリームがのってたけど、目の前にあるパンケーキは隅っこに良心的な量だ。

 メープルシロップとバターも用意されてるから、色んな味で楽しめそうだ。

「いただきまーす。あっ、写真!」

 大切な事を思いだし、私はスマホを出して綺麗なパンケーキを撮影する。

 そのあと「あ」と思って、席から立って二人の後ろに行くと、インカメラにして「はい、撮るよー」と三人で記念撮影した。

「急だな」

 慎也が思わず笑い、今になって寝癖がないか頭に手をやって確かめている。
 ちなみに慎也は正樹に比べて寝癖が自由奔放なタイプだ。

「せっかくの新婚旅行だし、思い出は残しておかないと」

 それから海も写しておいた。

 慎也のエッグベネディクトも運ばれてきて、私たちは食事を始める。

 正樹は少し黙っていたけど、ポツリと呟いた。

「結婚一日前なのに何言ってんだって言われるかもだけど、まだ実感が湧かないんだよ」

 彼は自分の弱さをさらけ出して、皮肉げに唇を歪ませている。

「私も慎也も一緒だから、大丈夫だよ」

 パンケーキをモグモグしながら私がケロリとして言ったからか、正樹は目を丸くして私を見てくる。

「……マジ?」

「マジ」

 慎也が挙手して頷く。

「……だって、結婚したじゃん。籍入れたし、昨晩だって……」

 正樹はめちゃくちゃ困惑した顔をしている。

 何となく分かるし、「そうじゃないんだよな」っていう気持ちもある。

「何があっても〝昨日の続きは今日〟なんだよ。籍入れたからって、ガラッと急に何かが変わる訳じゃない。結婚式もそう。成人式もだけど、結局はセレモニーじゃん。『私たち、結婚しました。どうぞ宜しくお願いします』って周りの人に伝えるための式。結婚式挙げて、二人の意識がガラッと変わるならそれはちょっと何か……怖いよ。謎のヤバイ儀式じゃん」

 私が言った向かいで慎也が頷き、あとを引き受ける。

「正樹だって、大学卒業して会社入って、すぐに責任ある考え方ができるようになった訳じゃないだろ? 幾ら優秀でも、副社長になってすぐ仕事ができた訳じゃない」

「……そうだね。肩書きはあっても、中身がすぐ伴う訳じゃない」

 理解した彼に、私は頷いて笑いかける。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...