上 下
330 / 539
入籍 編

そのまんまの正樹を愛してるよ

しおりを挟む
「皆、とっても傷付いてる。それぞれ壮大な人生のドラマがあって、パッと見ただけじゃ分からない。表面上明るくニコニコしている人でも、少し付き合ったぐらいじゃ分からない、波瀾万丈な人生を抱えているんだよ。中には深く傷付いて、普通に生きられなくなってしまう人もいる。〝普通〟に過ごしているふりをしても、闇に呑まれた人もいる。でも、自分を見捨てず愛してくれる人がいれば、背中を押してもらって幾らでもやり直せると思ってる。転んでもいい。沢山泣いたあと、励まされて、顔を上げて前に進む。中には自分一人の力で立ちあがる人もいるかもしれない。そうやって皆、違う苦しみの中で生きてるんだよ」

 言ったあと、私は正樹を見つめて微笑み、キスをした。

「私たちは、三人の凸凹がカッチリ合って結婚するの。三人っていう人数上、皆キラキラした想いを抱いている訳じゃない。でも認め合って許せる相手なら、敵じゃない。一緒に歩いていけるんだよ。私も慎也も、何かしら心に泥を持ってる。その泥の中で、もがきながら綺麗なものに手を伸ばして、三人で求める幸せのために生きていこう」

 言ったあと、私の胸にフッと浮かび上がったのは、闇の中で咲く蓮の花だった。

 困った時に自分の心を覗き込むと、いつもそんな光景が見える。

 真っ暗な闇のなか、波一つ立たない水面に美しい蓮の花が咲いている。
 水面上で咲く花は、とても美しい。

 でも、水面下には底の知れない泥がある。

 それでいいんじゃないかな、って思うんだ。

 自分の中にある汚い感情や過去を、あらいざらい吐き出して懺悔しなくていい。
 泥を抱えていても、人様に迷惑を掛けず、ニコニコしていられれば、それでいいじゃんって思う。

 太ってた頃に色んな感情を心で育てすぎて、私は色々こじらせてしまった。

 勿論、痩せて美人な人への嫉妬や、グツグツ煮えたぎるマグマのような感情も持っていた。

 外に出ると、周りの人が私をあざ笑っている感覚に陥った時もあった。

 勿論、実際は誰も何も言っていない。
 百歩譲って私を見た瞬間「あいつでかいな」と思っても、その人の人生の一コマに過ぎないし、執拗に馬鹿にする気持ちなんて湧き起こらないだろう。

 自分は思っている以上に、他人の人生にとってモブだ。

「外に出たら皆が私を見て馬鹿にしている」なんて、思い上がりもいいところだ。

 それに気付けないぐらい、傷付いていた当時の私は、すべての事に敏感になりすぎていたと思う。

 トレーナーさんと出会ってダイエットし始めた時も、すぐ変われた訳じゃない。

 善意で「痩せたいと思う人のお役に立ちたいです」と言っている彼を、私はとても疑っていた。
 体重やすべてのサイズを知られて、とても恥ずかしかったし馬鹿にされたと感じた。

 でもトレーナーさんは、終始明るく振る舞って態度を変えないでいてくれた。

 彼はずっと変わらず、そのお日様みたいなキャラに私が影響され、前向きな言葉に心がグングン栄養を吸っていった。
 気がつけば、トレーナーさんに影響されて、私がどんどん変わっていった。

 体重が減るごとに、女子同士みたいに「やったー!」ってピョンピョン飛び跳ねて喜んで、つらい筋トレや有酸素運動をクリアしたあとも、めっちゃ褒めてくれた。
 自分で自分を否定し続けて傷付いた私を、トレーナーさんはひたすら褒めて肯定する事で癒してくれた。

 気がついたら鏡の中の私は徐々に痩せていって、頼りない表情もキリッとした顔立ちになっていった。

 何回も掛けられた自己を肯定する言葉は、私の身となっていた。

 パーソナルトレーニングを終了して大学生になったあと、文香と出会えた。

 とっつきにくそうな美女って思ったけど、生まれ変わった私は「友達になりたかったら声を掛けたらいーじゃん」と思えていた。

 話してみたらぎこちなくて不器用な人で、愛しいな、可愛いなって思った。
 仲良くしたら文香に甘えられるようになって、「こんな素敵な人に依存されるのも、悪くないんじゃない?」と思えた。

 一見自立しているようでいて、誰よりもさみしがっていた文香と、忌憚のない言葉で接してくれる友達がほしかった私は、需要と供給がカッチリ合ったのだと思う。

 馬が合った友人と過ごした大学生活は、とても楽しかった。
 キラキラした日々を過ごしているうちに、自分を縛っていた色んなネガティブな感情を「まぁいっか」と少しずつ解放できるようになっていった。

 私にはこういう〝道〟があって、最初から〝綺麗〟だった訳じゃない。

 昔の自分のどす黒い感情を知っているからこそ、「絶対に戻るもんか」と高い理想を掲げている。

 慎也も正樹も、欠点のある普通の人だ。

 苦しい事があったら悩むし、あまりに傷が深かったら癒えるまでに長い間苦しんで当たり前。
 それを責める人がいたら、「お前は〝完璧〟なのか?」と問い詰めたい。

 誰だって〝完璧〟じゃない。
 なら、誰かと向き合う時だって、相手の欠点ごと抱き締めないとって思う。

 だから、こうやって弱さを見せてくれる正樹が、その傷ごと愛おしく感じられる。
 自分の弱い部分、トラウマを見せてくれるって、信頼していないと無理な事だから。

 私は正樹の胸元に額をつけ、告げる。

「そのまんまの正樹を愛してるよ。駄目なところも全部。だから、安心して」

 私の言葉を聞いて、彼は安心したように息をつき、目を閉じる。
 それから尋ねてきた。

「僕と慎也の差って、役所に届けを出してるかどうかだよね」

「うん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

令嬢たちの破廉恥花嫁修行

雑煮
恋愛
女はスケベでなんぼなアホエロ世界で花嫁修行と称して神官たちに色々な破廉恥な行為を受ける貴族令嬢たちのお話。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...