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入籍 編

そのまんまの正樹を愛してるよ

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「皆、とっても傷付いてる。それぞれ壮大な人生のドラマがあって、パッと見ただけじゃ分からない。表面上明るくニコニコしている人でも、少し付き合ったぐらいじゃ分からない、波瀾万丈な人生を抱えているんだよ。中には深く傷付いて、普通に生きられなくなってしまう人もいる。〝普通〟に過ごしているふりをしても、闇に呑まれた人もいる。でも、自分を見捨てず愛してくれる人がいれば、背中を押してもらって幾らでもやり直せると思ってる。転んでもいい。沢山泣いたあと、励まされて、顔を上げて前に進む。中には自分一人の力で立ちあがる人もいるかもしれない。そうやって皆、違う苦しみの中で生きてるんだよ」

 言ったあと、私は正樹を見つめて微笑み、キスをした。

「私たちは、三人の凸凹がカッチリ合って結婚するの。三人っていう人数上、皆キラキラした想いを抱いている訳じゃない。でも認め合って許せる相手なら、敵じゃない。一緒に歩いていけるんだよ。私も慎也も、何かしら心に泥を持ってる。その泥の中で、もがきながら綺麗なものに手を伸ばして、三人で求める幸せのために生きていこう」

 言ったあと、私の胸にフッと浮かび上がったのは、闇の中で咲く蓮の花だった。

 困った時に自分の心を覗き込むと、いつもそんな光景が見える。

 真っ暗な闇のなか、波一つ立たない水面に美しい蓮の花が咲いている。
 水面上で咲く花は、とても美しい。

 でも、水面下には底の知れない泥がある。

 それでいいんじゃないかな、って思うんだ。

 自分の中にある汚い感情や過去を、あらいざらい吐き出して懺悔しなくていい。
 泥を抱えていても、人様に迷惑を掛けず、ニコニコしていられれば、それでいいじゃんって思う。

 太ってた頃に色んな感情を心で育てすぎて、私は色々こじらせてしまった。

 勿論、痩せて美人な人への嫉妬や、グツグツ煮えたぎるマグマのような感情も持っていた。

 外に出ると、周りの人が私をあざ笑っている感覚に陥った時もあった。

 勿論、実際は誰も何も言っていない。
 百歩譲って私を見た瞬間「あいつでかいな」と思っても、その人の人生の一コマに過ぎないし、執拗に馬鹿にする気持ちなんて湧き起こらないだろう。

 自分は思っている以上に、他人の人生にとってモブだ。

「外に出たら皆が私を見て馬鹿にしている」なんて、思い上がりもいいところだ。

 それに気付けないぐらい、傷付いていた当時の私は、すべての事に敏感になりすぎていたと思う。

 トレーナーさんと出会ってダイエットし始めた時も、すぐ変われた訳じゃない。

 善意で「痩せたいと思う人のお役に立ちたいです」と言っている彼を、私はとても疑っていた。
 体重やすべてのサイズを知られて、とても恥ずかしかったし馬鹿にされたと感じた。

 でもトレーナーさんは、終始明るく振る舞って態度を変えないでいてくれた。

 彼はずっと変わらず、そのお日様みたいなキャラに私が影響され、前向きな言葉に心がグングン栄養を吸っていった。
 気がつけば、トレーナーさんに影響されて、私がどんどん変わっていった。

 体重が減るごとに、女子同士みたいに「やったー!」ってピョンピョン飛び跳ねて喜んで、つらい筋トレや有酸素運動をクリアしたあとも、めっちゃ褒めてくれた。
 自分で自分を否定し続けて傷付いた私を、トレーナーさんはひたすら褒めて肯定する事で癒してくれた。

 気がついたら鏡の中の私は徐々に痩せていって、頼りない表情もキリッとした顔立ちになっていった。

 何回も掛けられた自己を肯定する言葉は、私の身となっていた。

 パーソナルトレーニングを終了して大学生になったあと、文香と出会えた。

 とっつきにくそうな美女って思ったけど、生まれ変わった私は「友達になりたかったら声を掛けたらいーじゃん」と思えていた。

 話してみたらぎこちなくて不器用な人で、愛しいな、可愛いなって思った。
 仲良くしたら文香に甘えられるようになって、「こんな素敵な人に依存されるのも、悪くないんじゃない?」と思えた。

 一見自立しているようでいて、誰よりもさみしがっていた文香と、忌憚のない言葉で接してくれる友達がほしかった私は、需要と供給がカッチリ合ったのだと思う。

 馬が合った友人と過ごした大学生活は、とても楽しかった。
 キラキラした日々を過ごしているうちに、自分を縛っていた色んなネガティブな感情を「まぁいっか」と少しずつ解放できるようになっていった。

 私にはこういう〝道〟があって、最初から〝綺麗〟だった訳じゃない。

 昔の自分のどす黒い感情を知っているからこそ、「絶対に戻るもんか」と高い理想を掲げている。

 慎也も正樹も、欠点のある普通の人だ。

 苦しい事があったら悩むし、あまりに傷が深かったら癒えるまでに長い間苦しんで当たり前。
 それを責める人がいたら、「お前は〝完璧〟なのか?」と問い詰めたい。

 誰だって〝完璧〟じゃない。
 なら、誰かと向き合う時だって、相手の欠点ごと抱き締めないとって思う。

 だから、こうやって弱さを見せてくれる正樹が、その傷ごと愛おしく感じられる。
 自分の弱い部分、トラウマを見せてくれるって、信頼していないと無理な事だから。

 私は正樹の胸元に額をつけ、告げる。

「そのまんまの正樹を愛してるよ。駄目なところも全部。だから、安心して」

 私の言葉を聞いて、彼は安心したように息をつき、目を閉じる。
 それから尋ねてきた。

「僕と慎也の差って、役所に届けを出してるかどうかだよね」

「うん」
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