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入籍 編
もっと、ゆるーくいこ
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「タイム・イズ・マネー。楽しく生きたいなら、悩むだけ損。『踊る阿呆に見る阿呆』」
阿波踊りの囃子詞を口にすると、理解した正樹が笑顔で応える。
「『同じ阿呆なら踊らにゃ損々』!」
意味を察した正樹の表情は、とても軽くなったように思えた。
「もっと、ゆるーくいこ。楽しいに目を向けたら、きっと世界は正樹に笑いかけてくれるから。思いっきり泣いたら笑え。んで、前向いて歩け」
「うん!」
最後にコーヒーと小菓子を出された頃には、私たちは楽しく会話を弾ませていた。
チェックを終えてレストランを出たあと、正樹が私の手を引く。
「ん?」
「……あの、さ」
彼は少し言いにくそうに切りだし、指で上をさす。
「部屋とったから、……その、泊まりじゃなくていいから、……ちょっと独り占めさせて」
いつもならカラッと誘うのに、こんなにしおらしくなってるのはさっきの事があったからだろう。
「いいよ。部屋に行こうじゃないか」
私は男性のように返事をしたあと、エスコートのために腕を出した。
「もー。優美ちゃんなら身長もあるし、白いタキシードとか似合うかもね」
正樹は笑い、私の手を普通に握ってくる。
そのあと私たちは彼が取った部屋へ向かった。
**
「泊まりじゃないのにこんな部屋とったの? 勿体ないなぁ」
部屋は予想通り、広々としたスイートルームだ。
リビングにはグランドピアノまであって、大きな窓からは東京の夜景が一望できる。
正樹は部屋まで案内してくれたスタッフに、シャンパンを頼んだ。
スタッフが出て行ったあと、正樹は窓際まできてしばらく夜景を眺めていた。
「駄目だね、僕。優美ちゃんに弱いところを見せてばっかりだ」
自嘲めいたように言う彼に、私はソファに座って脚を組み、夜景を見たまま返事をする。
「私だって弱音吐くじゃん。お互い様だよ。それに、こうやって言いたい事を言えたほうが、健康的な仲になれると思うよ」
「……確かにそうだね。利佳と結婚してた時は、彼女が何を考えているのか分からなかった」
正樹は私の隣に腰掛け、肩を組んでくる。
「望んでいる事は分かっていたけど、理解し合える余地がなかった。平和的にやれていた時もあったけど、根本から僕と利佳は別々の方向を見ていた」
「全部聞くよ」
私の言葉を聞いて、正樹は自分が同じ話を繰り返そうとしていたと気付いたようだった。
「ごめん。酔っ払いの絡みみたいだね」
「ううん、そうじゃない。何度でも話したいの、分かるよ。凄く傷付いた時は、ちょっと愚痴を吐いたからって抱えているものすべてが楽になる訳じゃない。何度でも反芻しちゃうから、そのたびに自分を落ち着かせるしかなくなる。正樹は長い間、強い怒りと悲しみ、絶望を抱えていたのに、誰にも打ち明けられなかった。今、正樹は私を信頼してくれて、結婚しようって思うまで変わってくれた。だから私は、あなたの一番側にいる存在として、話を聞きたいと思ってるよ」
正樹はゆっくり息を吐き、天井を仰いで目を閉じる。
何回も深呼吸をして、心の中でグルグルしている感情を必死に宥めているようだった。
「僕、こんなふうにずっと誰かを憎み続けると思わなかった。確かに傷つけられたとは思った。でもこんなに長く憎んで、立ち直れなくなるまでトラウマを植え付けられたとは思わなかった。……気付こうとしなかったのかな」
もう一度正樹は溜め息をつき、私の手を握ってこちらを見た。
そして泣きそうな顔で笑いかけてくる。
「こんな、心の奥底に憎しみを抱えた僕でも、幸せになっていいかな?」
「勿論!」
私は力強く頷く。
正樹は私を眩しそうに見て、自分の胸を拳でトンと叩いた。
「いつか、ここにいる化け物を解放できると思う?」
「〝そっち〟ばっかり向かなければ」
私の言葉を聞いて、彼は小さく笑いながら頷いた。
「そうだね。闇ばっかり見ていたら、闇に囚われる」
私は正樹の手に指を絡め、彼の長くて美しい指の輪郭を辿る。
「正樹はとっても素敵な人だよ。沢山傷付いているのに、まだ心の底で人を愛したいと願って、幸せになりたいと祈り続けている。その希望を、私が叶えたいと思ってるよ」
彼はクシャリと破顔した。
「優美ちゃんは聖女みたいだね。決して諦めないし、綺麗なところばっかり見てる」
「あっはは! まさか! 聖女なんてガラじゃないよ。自分を嫌ってる人の欠点を見つけたらホッとしちゃうし、その人に何かあったら、ちょっとだけ『ざまーみろ』って思っちゃう」
私の人間らしい面を知り、正樹は安堵したように笑う。
そう。私は決して綺麗なだけの人じゃない。
暗い感情に囚われる事だってあるし、嫌な事をされたら悲しいし、憎たらしいし、仕返ししてやりたいって思う、普通の人間だ。
でも、闇落ちする事は私のプライドが許さない。
阿波踊りの囃子詞を口にすると、理解した正樹が笑顔で応える。
「『同じ阿呆なら踊らにゃ損々』!」
意味を察した正樹の表情は、とても軽くなったように思えた。
「もっと、ゆるーくいこ。楽しいに目を向けたら、きっと世界は正樹に笑いかけてくれるから。思いっきり泣いたら笑え。んで、前向いて歩け」
「うん!」
最後にコーヒーと小菓子を出された頃には、私たちは楽しく会話を弾ませていた。
チェックを終えてレストランを出たあと、正樹が私の手を引く。
「ん?」
「……あの、さ」
彼は少し言いにくそうに切りだし、指で上をさす。
「部屋とったから、……その、泊まりじゃなくていいから、……ちょっと独り占めさせて」
いつもならカラッと誘うのに、こんなにしおらしくなってるのはさっきの事があったからだろう。
「いいよ。部屋に行こうじゃないか」
私は男性のように返事をしたあと、エスコートのために腕を出した。
「もー。優美ちゃんなら身長もあるし、白いタキシードとか似合うかもね」
正樹は笑い、私の手を普通に握ってくる。
そのあと私たちは彼が取った部屋へ向かった。
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「泊まりじゃないのにこんな部屋とったの? 勿体ないなぁ」
部屋は予想通り、広々としたスイートルームだ。
リビングにはグランドピアノまであって、大きな窓からは東京の夜景が一望できる。
正樹は部屋まで案内してくれたスタッフに、シャンパンを頼んだ。
スタッフが出て行ったあと、正樹は窓際まできてしばらく夜景を眺めていた。
「駄目だね、僕。優美ちゃんに弱いところを見せてばっかりだ」
自嘲めいたように言う彼に、私はソファに座って脚を組み、夜景を見たまま返事をする。
「私だって弱音吐くじゃん。お互い様だよ。それに、こうやって言いたい事を言えたほうが、健康的な仲になれると思うよ」
「……確かにそうだね。利佳と結婚してた時は、彼女が何を考えているのか分からなかった」
正樹は私の隣に腰掛け、肩を組んでくる。
「望んでいる事は分かっていたけど、理解し合える余地がなかった。平和的にやれていた時もあったけど、根本から僕と利佳は別々の方向を見ていた」
「全部聞くよ」
私の言葉を聞いて、正樹は自分が同じ話を繰り返そうとしていたと気付いたようだった。
「ごめん。酔っ払いの絡みみたいだね」
「ううん、そうじゃない。何度でも話したいの、分かるよ。凄く傷付いた時は、ちょっと愚痴を吐いたからって抱えているものすべてが楽になる訳じゃない。何度でも反芻しちゃうから、そのたびに自分を落ち着かせるしかなくなる。正樹は長い間、強い怒りと悲しみ、絶望を抱えていたのに、誰にも打ち明けられなかった。今、正樹は私を信頼してくれて、結婚しようって思うまで変わってくれた。だから私は、あなたの一番側にいる存在として、話を聞きたいと思ってるよ」
正樹はゆっくり息を吐き、天井を仰いで目を閉じる。
何回も深呼吸をして、心の中でグルグルしている感情を必死に宥めているようだった。
「僕、こんなふうにずっと誰かを憎み続けると思わなかった。確かに傷つけられたとは思った。でもこんなに長く憎んで、立ち直れなくなるまでトラウマを植え付けられたとは思わなかった。……気付こうとしなかったのかな」
もう一度正樹は溜め息をつき、私の手を握ってこちらを見た。
そして泣きそうな顔で笑いかけてくる。
「こんな、心の奥底に憎しみを抱えた僕でも、幸せになっていいかな?」
「勿論!」
私は力強く頷く。
正樹は私を眩しそうに見て、自分の胸を拳でトンと叩いた。
「いつか、ここにいる化け物を解放できると思う?」
「〝そっち〟ばっかり向かなければ」
私の言葉を聞いて、彼は小さく笑いながら頷いた。
「そうだね。闇ばっかり見ていたら、闇に囚われる」
私は正樹の手に指を絡め、彼の長くて美しい指の輪郭を辿る。
「正樹はとっても素敵な人だよ。沢山傷付いているのに、まだ心の底で人を愛したいと願って、幸せになりたいと祈り続けている。その希望を、私が叶えたいと思ってるよ」
彼はクシャリと破顔した。
「優美ちゃんは聖女みたいだね。決して諦めないし、綺麗なところばっかり見てる」
「あっはは! まさか! 聖女なんてガラじゃないよ。自分を嫌ってる人の欠点を見つけたらホッとしちゃうし、その人に何かあったら、ちょっとだけ『ざまーみろ』って思っちゃう」
私の人間らしい面を知り、正樹は安堵したように笑う。
そう。私は決して綺麗なだけの人じゃない。
暗い感情に囚われる事だってあるし、嫌な事をされたら悲しいし、憎たらしいし、仕返ししてやりたいって思う、普通の人間だ。
でも、闇落ちする事は私のプライドが許さない。
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