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入籍 編
途方もない願い
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じっくり味わったあと、私は正樹に微笑む。
「タイミングがあったんじゃない? 今までだったら、私が『話して』って言っても、多分正樹は誤魔化した。今日、慎也と入籍して、今までずっと我慢していたものがパンクしたんだと思うよ。入籍の事は、多分きっかけに過ぎないと思う」
「そうだね。今日こうなったからと言って、慎也が憎いとかは全然ないんだ。僕、あの子大好きだよ。幸せになってほしいってお世辞じゃなく思う。その気持ちと、僕自身が幸せになりたい、優美ちゃんを好きっていう気持ちは別なんだ」
「うん、分かってる」
やっぱり、正樹のそういうところが好きだ。
誰よりも幸せになりたいという欲を持っていながら、他者の幸せを願う優しい面も持ち合わせている。
「正樹って、優しいよね」
「え? そうかな? 結構鬼畜でひどい奴っていう自覚があるけど」
「何だろう、自分のテリトリー内にいる人に優しいっていうか」
「あー、それはあるね。家族や友人は、僕に害を為さないって分かってるから、敵意を持たないんだと思う。慎也とはちょっと複雑な関係になっちゃったけど、芳也とか未望に対しては、すっごく〝いいお兄ちゃん〟できてると思うよ」
前菜の一皿目はキャビアがびっしり詰まった缶が出てきた。
底には茄子とクリームチーズが敷き詰められていて、贅沢! と思いながらスプーンを入れる。
しばらく二人で無言になり、キャビアを食べる。
そのうち、正樹がポツリと呟いた。
「慎也の事、憎くはないんだ。兄弟だし、兄弟の中で一番僕を気遣ってくれてる」
「うん」
「ただ……、何だろうな。素直に言えば、やっぱり『悔しいな』っていう気持ちはあるのかも」
「そうなのかもね」
それでなかったら〝嘘〟だと思っていた。
「さっきも言ったように、先に優美ちゃんに出会いたかった。十年前、こんなに好きになれる人だと分かっていたらなぁ……」
「いや、それ、無理ゲーでしょ。自分を卑下する訳じゃないけど、あの時の私は人に惚れてもらえる要素は何もなかった。研磨される前の宝石の原石とか、そんなレベルでもない。ただの石だったよ。その段階で『好きになれたら』っていうのは、いくら何でも無理だよ」
「そうかー……」
正樹は残念そうに笑い、息をついてシャンパンの残りを呷る。
「僕、幸せになれると思う?」
「幸せにするよ」
私は自信満々に笑う。
「愛されたいなら、私が嫌って言うほど愛してあげる。ベタベタイチャイチャして、バカップルみたいなリクエストも聞くよ。デートしたいなら喜んで応じる。慎也からも月に二回ぐらい、二人きりのデートを求められてるから、お互い毎週互い違いにデートしたらいいんじゃない?」
次に出された大きなホタテのチーズ焼きにナイフを入れ、正樹は微妙に笑う。
「僕も慎也も、根っこの部分で考えている事は同じなんだろうね。『本当は自分が一番に愛されたい』って。……でも、争うつもりはないから安心して」
「分かってるよ。……思うんだけど、三人ってバランスを取るのに難しい人数だよね。子供の頃から、すっごく難しいなって思ってた。三人のバランスを取るには、二人だけで盛り上がったら駄目なんだ。一人をあぶれさせて、誰かが優越感を覚えるような事があったら、絶対にいけない」
「そうだねぇ。わざとハブにしてる訳じゃないって分かってても、自分が〝中〟にいないって理解した時は、凄く蚊帳の外に感じるよ。意識的に〝参加〟し続けるっていうのも、結構きついしね。僕は自然体で三人の会話を楽しめたらなって思ってる」
彼の言いたい事は、とても分かる。
「これが友達ならまだ我慢できるのかもしれない。でも恋愛感情のある男女三人で、一緒に生活するなら、各自ガス抜きの方法を考えないとね」
「だね。隔週デートって言っても、優美ちゃんの自由時間がなくなるでしょ。そこも話し合ったほうがいいと思うよ。僕と慎也にばかり気を遣って、優美ちゃんのストレスが溜まったら本末転倒だもん」
「ありがと」
大きな椎茸の上に、フォアグラのソテーが載せられて出てくる。
トロッとしたフォアグラと、肉厚でムチムチした椎茸の食感のギャップが楽しい。
「僕が一番望むのは、優美ちゃんに無理してほしくないって事だ。さっきも漏らしたように、本音では僕を構ってほしい、気にしてほしいっていう気持ちは少なからずある。でもガキじゃないから、四六時中そんな想いを抱えて悶々としてる訳じゃないんだ。お互い、楽に、いいようにやれたらって思う」
「ありがとう」
正樹も、慎也も、沢山私の事を考えてくれている。
そして自分自身の幸せと、兄弟の幸せも。
三人で幸せになるんだ。
二人を、幸せにしないと。
それは、途方もない願いに思える。
「タイミングがあったんじゃない? 今までだったら、私が『話して』って言っても、多分正樹は誤魔化した。今日、慎也と入籍して、今までずっと我慢していたものがパンクしたんだと思うよ。入籍の事は、多分きっかけに過ぎないと思う」
「そうだね。今日こうなったからと言って、慎也が憎いとかは全然ないんだ。僕、あの子大好きだよ。幸せになってほしいってお世辞じゃなく思う。その気持ちと、僕自身が幸せになりたい、優美ちゃんを好きっていう気持ちは別なんだ」
「うん、分かってる」
やっぱり、正樹のそういうところが好きだ。
誰よりも幸せになりたいという欲を持っていながら、他者の幸せを願う優しい面も持ち合わせている。
「正樹って、優しいよね」
「え? そうかな? 結構鬼畜でひどい奴っていう自覚があるけど」
「何だろう、自分のテリトリー内にいる人に優しいっていうか」
「あー、それはあるね。家族や友人は、僕に害を為さないって分かってるから、敵意を持たないんだと思う。慎也とはちょっと複雑な関係になっちゃったけど、芳也とか未望に対しては、すっごく〝いいお兄ちゃん〟できてると思うよ」
前菜の一皿目はキャビアがびっしり詰まった缶が出てきた。
底には茄子とクリームチーズが敷き詰められていて、贅沢! と思いながらスプーンを入れる。
しばらく二人で無言になり、キャビアを食べる。
そのうち、正樹がポツリと呟いた。
「慎也の事、憎くはないんだ。兄弟だし、兄弟の中で一番僕を気遣ってくれてる」
「うん」
「ただ……、何だろうな。素直に言えば、やっぱり『悔しいな』っていう気持ちはあるのかも」
「そうなのかもね」
それでなかったら〝嘘〟だと思っていた。
「さっきも言ったように、先に優美ちゃんに出会いたかった。十年前、こんなに好きになれる人だと分かっていたらなぁ……」
「いや、それ、無理ゲーでしょ。自分を卑下する訳じゃないけど、あの時の私は人に惚れてもらえる要素は何もなかった。研磨される前の宝石の原石とか、そんなレベルでもない。ただの石だったよ。その段階で『好きになれたら』っていうのは、いくら何でも無理だよ」
「そうかー……」
正樹は残念そうに笑い、息をついてシャンパンの残りを呷る。
「僕、幸せになれると思う?」
「幸せにするよ」
私は自信満々に笑う。
「愛されたいなら、私が嫌って言うほど愛してあげる。ベタベタイチャイチャして、バカップルみたいなリクエストも聞くよ。デートしたいなら喜んで応じる。慎也からも月に二回ぐらい、二人きりのデートを求められてるから、お互い毎週互い違いにデートしたらいいんじゃない?」
次に出された大きなホタテのチーズ焼きにナイフを入れ、正樹は微妙に笑う。
「僕も慎也も、根っこの部分で考えている事は同じなんだろうね。『本当は自分が一番に愛されたい』って。……でも、争うつもりはないから安心して」
「分かってるよ。……思うんだけど、三人ってバランスを取るのに難しい人数だよね。子供の頃から、すっごく難しいなって思ってた。三人のバランスを取るには、二人だけで盛り上がったら駄目なんだ。一人をあぶれさせて、誰かが優越感を覚えるような事があったら、絶対にいけない」
「そうだねぇ。わざとハブにしてる訳じゃないって分かってても、自分が〝中〟にいないって理解した時は、凄く蚊帳の外に感じるよ。意識的に〝参加〟し続けるっていうのも、結構きついしね。僕は自然体で三人の会話を楽しめたらなって思ってる」
彼の言いたい事は、とても分かる。
「これが友達ならまだ我慢できるのかもしれない。でも恋愛感情のある男女三人で、一緒に生活するなら、各自ガス抜きの方法を考えないとね」
「だね。隔週デートって言っても、優美ちゃんの自由時間がなくなるでしょ。そこも話し合ったほうがいいと思うよ。僕と慎也にばかり気を遣って、優美ちゃんのストレスが溜まったら本末転倒だもん」
「ありがと」
大きな椎茸の上に、フォアグラのソテーが載せられて出てくる。
トロッとしたフォアグラと、肉厚でムチムチした椎茸の食感のギャップが楽しい。
「僕が一番望むのは、優美ちゃんに無理してほしくないって事だ。さっきも漏らしたように、本音では僕を構ってほしい、気にしてほしいっていう気持ちは少なからずある。でもガキじゃないから、四六時中そんな想いを抱えて悶々としてる訳じゃないんだ。お互い、楽に、いいようにやれたらって思う」
「ありがとう」
正樹も、慎也も、沢山私の事を考えてくれている。
そして自分自身の幸せと、兄弟の幸せも。
三人で幸せになるんだ。
二人を、幸せにしないと。
それは、途方もない願いに思える。
応援ありがとうございます!
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