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入籍 編

入籍

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 複雑な気持ちになったけれど、私と慎也は婚姻届を書いて、証人になってくれる両家の母親にサインを頼んだ。

 それでもって提出したら、「おめでとうございます」と受理されて終わりなので、あっけないものだ。

 文香は私たちが婚姻届を書いたり提出している姿を、逐一撮影してくれていた。

「それじゃあ、レストランに行きましょうか」

 玲奈さんが言って、歩き始める。

 両家の父親と私の弟は仕事もあり、今日はいない。
 来てくれた皆も本当は忙しいけれど、せっかくの日だからとこちらを優先してくれた。

 ワイワイ話しながら区役所を出る途中、一人で少し離れた所で歩いている正樹のどこか寂しげな表情が、とても心に残った。

「正樹、どうかした?」

 慎也の隣を歩いていたけれど、私は彼に近寄って顔を覗き込む。

「ううん。何でもないよ。感慨深いなぁ……っって」

 彼は明るく返事をするものの、やっぱりその横顔には影が差している。

(あとでじっくり話そう)

 今は皆がいるし、おめでたい雰囲気になっている。

 後回しになってしまうのは申し訳ないけれど、きちんと正樹とも向き合いたい。





 ホテルの中華レストランでコース料理を予約してあり、皆でおしゃべりしながら食べた。

 美味しい小籠包や蒸し物、ゴロゴロと大きな海鮮が入った炒め物に、ふかひれの姿煮。チャーハンや豚肉の角煮など、何もかも美味しかった。

 文香も交えての食事はとても楽しく、慎也も正樹も、両家の母も芳也くん、未望ちゃんも、皆笑顔だった。

 正樹は区役所での表情は何だったのかと思うほど、いつも通りだ。

 でも彼は切り替えが早いだけだから、私の違和感と直感は間違えていないと信じている。





 慎也がお手洗いと称して会計に立った時、「私も行ってきます」と言って立ち上がった。

 私は通路で彼を呼び止める。

「ねぇ、慎也」

「ん? 何? 奥さん」

 彼が嬉しそうに言うので、つい照れ笑いしてしまった。

「ん、んー……。あなた!」

 ちょっとふざけてそう言うと、慎也は壁に向かってもだえ始めた。

 ヤバイなコレ……。照れる……。

 い、いや。そうじゃなくて。

「あのね、相談があるんだけど」

「ん?」

 改めて……という雰囲気の私に、慎也はまじめに返事をしてくれた。

「今日、ランチが終わったら記念にちょっとデートしない?」

「うん!」

 慎也の表情がパァッと明るくなり、とっても嬉しそうに返事をする。
 それに微笑み返し、ちょっとまじめに続けた。

「そのあと、夜はちょっと正樹とディナーがてら話してきていいかな」

 今度も慎也はすぐに反応した。

「うん、分かった。そうしてほしい」

 区役所での正樹の感じを、慎也も察していたんだろうか。

「逆の立場だったら……って思うと、俺だってつらくなる。幾ら正樹が『自分の幸せは追求しない』と言っても、以前に俺がいなかったら優美と結婚したいって言ったあれは、本心だと思っている。……だから、優美がきちんと話を聞いてやってほしい」

「ん、任された!」

 パッと手を出すと、私は慎也とハイタッチする。

「こっからだね。三人で幸せになっていかないと」

「そうだな」

 笑い合ったあと、慎也はまた会計に向かおうとする。

「ごちです!」

「何も何も」

 軽い挨拶をして、私は今度こそお手洗いに向かった。





 ランチを終えたあと、私と慎也は皆に記念のデートをして帰ると告げた。

 正樹をはじめ、皆が「そうするといいよ」と頷いてくれ、ありがたく二人で抜けさせてもらう事になる。

「正樹」

 ちょいちょい、と彼を手招きすると、彼が素直に近づいてくる。
 一歩踏み出すと、私は彼の耳元で囁いた。

「夜の部は正樹とデートね。十七時くらいにはマンションに戻って、一旦着替える。そのつもりで準備して、良さそうなお店予約しといて」

「うん!」

 途端に彼の表情がパァッと明るくなるものだから、昼間の慎也とデジャヴして面白くなる。
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