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慎也と元カノ 編

さようなら

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「……進んでないのは、私だけなんだね」

 彼女は溜め息をつく。

「仕事、楽しい?」

 俺は話題を変える。

 確か今は大手金融にいるはずだ。

「うん。もう慣れた感じがあるから、毎日キラキラしてるとか、そういうのはないけど。やりがいあるよ」

「人脈もあるはずだから、合コンでも参加してみたら? 見つけようとしてみろよ」

「ん……」

 弓香は曖昧に微笑む。

「私が結婚するとして、慎也は結婚式に来てくれる?」

「行かないよ。相手に失礼だ」

 きっぱり否定すると、彼女は悲しそうに俯いた。

「今回、弓香を結婚式に招待しなかったのは、君を嫌いになったとかじゃなくて、妻になる女性に失礼だからだ。もう完全に関係が終わっていて、お互いの幸せを心から祝える〝友達〟ならワンチャンありかもしれない。でも弓香はまだ俺に未練を持っている。そんな状態で結婚式に来てほしくないし、妻になる人に嫌な想いをしてほしくない」

 彼女は肩を落とし、溜め息をついて微笑む。

「私はもう、慎也の守備範囲にいないんだね。へたをすれば敵になる」

「守りたいものはもう決まってる。それに、別れてからもう七年になる。お互い変わっていて当たり前だと思わないか?」

 弓香はクシャリと泣き笑いの表情になった。

「慎也を好きになって、もう、十年目だよ。…………長すぎた、ね。……疲れちゃった」

 俺は会話の終わりを感じつつも、罪悪観で一杯になっていた。

 弓香は決して嫌な女じゃないし、悪ではない。

 だからこそ、この店に来てからずっとひどい疲労を感じていた。

「今までありがとう」

 礼を言うと、弓香はとても傷付いた表情で痛々しく笑って頷く。

「私も……、ありがとう。……大好きだったよ。愛してた」

 また、弓香は涙を流す。

「ごめんね。もう帰るね」

 そう言って、弓香は立ち上がった。

「まだもう少し好きでいると思うけど、それは許して。もう、連絡はしないから」

「ん」

「さようなら」

 弓香はヒールの音を立てて歩いていく。

 やがて店員の「ありがとうございました」という声がして、彼女が店を出ていったのを知った。



**



 ……やばい。

 思った以上にほんまもんの奴だった。

 運ばれてきたクレープを綺麗に食べたあと、私は正樹と一緒に紅茶を飲んでいた。
 ……んだけど、聞こえてくる二人の会話を聞いて、おもいっきり反省していた。

「優美ちゃん、落ち込んでる?」

 向かいに座っている正樹が、新しい飲み物を頼もうとメニューを広げながら、意地悪に笑う。

「すっごい後悔してる。来るんじゃなかった」

 頭を抱えて言うと、正樹が「あっは!」と笑う。

「慎也はいい子だから、付き合ってた子も割とまともなんだよね。僕はこういう流れになるって分かってたけど、ま、面白かったからいいんじゃない?」

「面白かったって……」

 こういう時、正樹の感覚はちょっと分からない。

「僕は絶対に体験できない事だから、面白かったよ。世の中の男と女は、こういう会話してるんだなぁー、って」

「あー、そっちか」

 正樹は真剣にお付き合いとか、してこなかっただろうからなぁ。

「他人の恋愛を覗き見すると、ドキドキするよね」

「んー、私は罪悪感のほうのドキドキかなぁ」

「なら、見学料払ってもらっていい?」

 いきなり慎也が割り込んできて、私は紅茶を噴きだしかけた。

「隣、座るよ」

 慎也はめちゃくちゃ疲れた顔で私の隣に座る。

「あれー? 変装してたのにバレた?」

「正樹は声がでかいんだよ。それに俺が優美の声を聞き間違える訳ないだろ」

 慎也は溜め息をつき、気分転換に冷たい紅茶を頼む。

 そのあと私の手を握ってきた。

「きちんとフッてケリつけたから、褒めて」
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