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慎也と元カノ 編

〝理想の彼女〟

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「ある日突然、慎也に『好きな人ができたから別れよう』って言われた。その時は〝いい彼女〟でありたかったし、私に悪いところはないって言ってくれたから、身を引いた形で別れた。何より〝面倒な女〟になりたくなかったの」

 言われた通り、大学三年生の時に優美と出会って、彼女の事しか考えられなくなった。
 思い上がっていた自分を恥じ、そんな自分を〝最高の彼氏〟と言ってべた褒めしていた弓香を直視できなくなった。

 俺はそんなに立派な男じゃない。
 何も最高じゃない。

 一枚皮を剥けば凡庸で、人の苦労にも気付けない傲慢で嫌な男だった。

 弓香も結局、それに気付いていない、上辺だけの俺を見ていた女性だった。
 そんな俺に付き合わせるのも悪かったし、これ以上空しい人付き合いをするのは嫌だった。

 優美なら、皆から完璧と言われる俺を見ても、ズバッと欠点を指摘してくれる気がしていた。
 憧れの女性がいる以上、これ以上弓香と惰性で付き合う事はできない。

 好きな人がいるから、優美以外の人とは付き合えないと思ったし、これ以上不誠実な事をし続けたくないというけじめでもあった。

 身勝手なのは自覚していたけど、その時はどうしても〝リセット〟しないと一からスタートできない気がしていた。

 だから弓香を傷つけるのを覚悟の上で、別れを切りだした。

「弓香は何も悪くない。それは今でも言える」

 俺は紅茶を飲み、ハッキリ告げる。

「……そういう優しいところは好きなんだけど。……嘘ついてなかった?」

「え?」

 嘘と言われ、心当たりがないので俺は聞き返すしかできない。

「別れたあと、慎也を遠くから見守っていたけど、誰と付き合っている様子はなかった。いつもつるんでる友達と過ごして終わり。今だから言うけど、休日につけてしまった事があるけど、恋人と会っている様子もなかった」

 あー……。

 そこまでされていたとは気付かず、俺は溜め息をつく。

 ……なんか、キツいな。

 別れて随分経った頃に、元カノの嫌な部分を知らされるって。

 自分の中では、ある程度綺麗な思い出として処理されいた感覚はあったから、尚更。

「『彼女ができた』なんて一言も言わなかっただろ。〝好きな人〟と必ずしも両思いな訳じゃない」

「両思いにならなかったの? 慎也なのに? 別れてから数年経っても、ずっと彼女がいなかったじゃない」

 弓香の目は疑惑に彩られている。

「世の中の女性が全員、俺に惚れるなんて思ってないよ」

「……私、聞いたよ。慎也が今付き合っている女の人、遊んでそうな人なんだって? 騙されてない?」

 その言葉を聞き、腹の底に怒りが宿った。

「彼女を侮辱したいだけなら、もう帰る」

 立ち上がりかけた俺の手を、とっさに弓香が掴んできた。

「違うの! そうじゃない!」

 彼女が大きな声を上げ、周囲に注目されたのもあり、溜め息をついて再度座る。

「……私じゃ駄目だったの? 納得できないの。悪いところがなかったなら、どうして私と付き合ったままじゃいけなかったの?」

 弓香の声が涙で歪む。
 ヤバイと思った時には、彼女は静かに泣き始めていた。

「私、慎也にフラれてから誰とも付き合ってないんだよ? 慎也以上に好きになれる人ができないの。慎也は最高の彼氏だった。別れたからには不満があったんでしょう? 好きな人に比べて、私が劣っていたんでしょう? そこを教えてよ。きちんと理由を教えてくれるなら、直すから」

 こじらせてるなぁ……。

 思わず溜め息をつき、それを誤魔化すようにまた紅茶を飲む。

 ハッキリ言わなかったのが悪かったかもしれないけど、あの時は本当に遠くにいる優美に片思いをしていただけで、彼女と同じ職場で働けてもいなかった。
 会社に入っても、アプローチをずっと無視され続けていた。

 端から見れば脈ナシだったろうし、ぶっちゃけ先輩からも「懲りないな」と言われていた。
 それでも、俺は優美しか見えていなかった。

「少なくとも、当時の弓香には何も問題はなかったよ。いい奴だったし、嫌な事は何一つしなかったし、一緒にいて心地よかった」

 そう言われても、弓香は不満げだ。

「自慢の彼氏だったの。慎也以上に好きになれる人は、もうできない。あなたが私を捨てても、私はずっと慎也を想い続けてる」

 泣いている彼女を見て、不思議な気持ちになる。

 学生時代の彼女は聡明で、何を語っても同じレベルで議論できた。
 その上で気が利いて、なのに押しつけがましくなくて、そんな性格を好ましく思っていた。

 まさに弓香は、〝理想の彼女〟だった。

 だからこそ彼女のネガティブな面を知った今、『あの時見ていた彼女は何だったんだろう?』と思ってならなかった。
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