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正樹と料理 編
ワンランク昇格!
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正樹は長葱をまな板の上に置き、右手を振り上げた。
「待てええええええええ!!」
目を剥いて激しく突っ込みを入れた私の向こうで、慎也が項垂れていた。
「え?」
「『え?』じゃない! 罪人の首でも落とす気か!」
強めに突っ込んだ私に、正樹は目をぱちくりさせる。
「……危ない。……ひっじょうに危ない……。これは慎也が『やるな』って言いたくなるの分かるわ」
ブツブツ言いながら、私は正樹の後ろに回り込む。
そして彼の両手を後ろから握り、葱に添えさせた。
「左手、猫の手。卵を一つ握ってるような感じで」
「え? 猫?」
声を上げる彼の左手を、柔らかく握らせる。
「指を出しっぱなしにしてると、包丁で切っちゃうから、猫の手で指をガード」
「うん。なんか可愛いね」
「で、包丁の握り方は三種類。普通に握る型は、固い野菜とか切る時ね。で、刃を指でこう両方から押さえて、残りの指三本で柄を握る型は葉物の野菜とか」
説明しながら、私は正樹の手を変えさせる。
「最後に、人差し指を包丁の背中に添える型は、お刺身とかお豆腐とか、切る時にちょっと神経つかう場合。今はどれだと思う?」
「……押さえるやつ?」
「ピンポン。余計な力を入れないで、けど取り落とさないように握ってみて」
正樹が少し肩や腕から力を抜いたので、私は彼の手を上から握ったまま、葱を切り始めた。
「こうやって、手前から奥に、スッと滑らせる感じで切ってみて。力任せに上から下に叩き切るんじゃなくて、手前から奥、もしくはその反対で、前後に動かす事でスッスッって切るの。ダンッてやったら、包丁の刃が傷むからね」
正樹は真剣な顔をし、少し手を震わせながらゆっくり葱を切る。
「そう。スッ、スッ」
彼の手元で、長葱の小口切りが少しずつできあがっていく。
やがて、十五センチほどの長葱をすべて切り終えた。
「慎也ー! 見て見て! 僕できたよ!」
正樹が子供のようにはしゃいで慎也を見る。
「はいはい。見てたよ。やればできるじゃん」
「よーし、正樹! それじゃあ今度はワカメも切ってみようか!」
「ラジャ!」
お水に浸けておいたワカメを出し、まな板の上に横に広げた。
「大体、これぐらいの幅。一口で食べやすいサイズで切ってみて」
今度は助けなしにやらせてみたけれど、緊張していたものの上手にできた。
昆布からは十分出汁が出ているようなので、鍋を火に掛ける。
「沸騰したら、昆布からヌルヌルが出てくるから、沸騰直前に救出してあげて。ヌルヌルが混ざると美味しくなくなるから」
「OK」
「その前に、豆腐切ってみようか。慎也は鍋にいれる時に、掌の上で切ってるけど、正樹は初心者だからまずまな板の上でね」
「了解。なんか悔しいなぁ」
「悔しいって思えるなら、まだ成長できるって事。期待してるよ!」
「うん!」
期待っていう言葉を聞いて、正樹は嬉しそうに微笑んだ。
それから、豆腐のパッケージに切れ込みを入れて、正樹に掌を出させる。
「パックを持つ手に力を入れすぎないで、サッと掌の上にひっくり返してみて」
彼は緊張した顔をしていたけれど、思い切って掌の上にパックをのせた。
「ゆっくりパックから出して、掌の上からまな板にやさしーくリリースしてあげて」
言う通りにこなし、ちょっと形は崩れてしまったけれど、ミッション成功だ。
「よしやった! ワンランク昇格!」
「やったね!」
そのあと、豆腐の切り方と目分量を教え、実践してもらう。
「そろそろ鍋が沸騰しそうだから?」
「昆布救出!」
正樹はサッと箸で昆布を出す。
「んじゃ、沸騰したらこの鰹だしの素を、火を小さくして入れてね。沸騰したまま入れると、爆発します」
「爆発」
彼は真顔になる。
チラッと慎也を見たのは、過去に洗濯機から泡を噴き零した実績があるからか……。
そして鰹だしを入れてちょっと浮いてきた灰汁を取ったあと、ワカメと豆腐を静かーに入れてもらった。
「葱はすぐ煮えちゃうから、仕上げの時でOK。もうちょっと煮えたら味噌入れようか。これも、火を小さくしてね」
「爆発」
「うーんと、味噌は完全に沸騰させちゃうと、香りが飛んで美味しくなくなっちゃうの。さっきの昆布もだけど、沸騰寸前の状態を〝煮えばな〟って言うの。それが一番いい温度」
「煮えばな」
正樹が復唱する。
「待てええええええええ!!」
目を剥いて激しく突っ込みを入れた私の向こうで、慎也が項垂れていた。
「え?」
「『え?』じゃない! 罪人の首でも落とす気か!」
強めに突っ込んだ私に、正樹は目をぱちくりさせる。
「……危ない。……ひっじょうに危ない……。これは慎也が『やるな』って言いたくなるの分かるわ」
ブツブツ言いながら、私は正樹の後ろに回り込む。
そして彼の両手を後ろから握り、葱に添えさせた。
「左手、猫の手。卵を一つ握ってるような感じで」
「え? 猫?」
声を上げる彼の左手を、柔らかく握らせる。
「指を出しっぱなしにしてると、包丁で切っちゃうから、猫の手で指をガード」
「うん。なんか可愛いね」
「で、包丁の握り方は三種類。普通に握る型は、固い野菜とか切る時ね。で、刃を指でこう両方から押さえて、残りの指三本で柄を握る型は葉物の野菜とか」
説明しながら、私は正樹の手を変えさせる。
「最後に、人差し指を包丁の背中に添える型は、お刺身とかお豆腐とか、切る時にちょっと神経つかう場合。今はどれだと思う?」
「……押さえるやつ?」
「ピンポン。余計な力を入れないで、けど取り落とさないように握ってみて」
正樹が少し肩や腕から力を抜いたので、私は彼の手を上から握ったまま、葱を切り始めた。
「こうやって、手前から奥に、スッと滑らせる感じで切ってみて。力任せに上から下に叩き切るんじゃなくて、手前から奥、もしくはその反対で、前後に動かす事でスッスッって切るの。ダンッてやったら、包丁の刃が傷むからね」
正樹は真剣な顔をし、少し手を震わせながらゆっくり葱を切る。
「そう。スッ、スッ」
彼の手元で、長葱の小口切りが少しずつできあがっていく。
やがて、十五センチほどの長葱をすべて切り終えた。
「慎也ー! 見て見て! 僕できたよ!」
正樹が子供のようにはしゃいで慎也を見る。
「はいはい。見てたよ。やればできるじゃん」
「よーし、正樹! それじゃあ今度はワカメも切ってみようか!」
「ラジャ!」
お水に浸けておいたワカメを出し、まな板の上に横に広げた。
「大体、これぐらいの幅。一口で食べやすいサイズで切ってみて」
今度は助けなしにやらせてみたけれど、緊張していたものの上手にできた。
昆布からは十分出汁が出ているようなので、鍋を火に掛ける。
「沸騰したら、昆布からヌルヌルが出てくるから、沸騰直前に救出してあげて。ヌルヌルが混ざると美味しくなくなるから」
「OK」
「その前に、豆腐切ってみようか。慎也は鍋にいれる時に、掌の上で切ってるけど、正樹は初心者だからまずまな板の上でね」
「了解。なんか悔しいなぁ」
「悔しいって思えるなら、まだ成長できるって事。期待してるよ!」
「うん!」
期待っていう言葉を聞いて、正樹は嬉しそうに微笑んだ。
それから、豆腐のパッケージに切れ込みを入れて、正樹に掌を出させる。
「パックを持つ手に力を入れすぎないで、サッと掌の上にひっくり返してみて」
彼は緊張した顔をしていたけれど、思い切って掌の上にパックをのせた。
「ゆっくりパックから出して、掌の上からまな板にやさしーくリリースしてあげて」
言う通りにこなし、ちょっと形は崩れてしまったけれど、ミッション成功だ。
「よしやった! ワンランク昇格!」
「やったね!」
そのあと、豆腐の切り方と目分量を教え、実践してもらう。
「そろそろ鍋が沸騰しそうだから?」
「昆布救出!」
正樹はサッと箸で昆布を出す。
「んじゃ、沸騰したらこの鰹だしの素を、火を小さくして入れてね。沸騰したまま入れると、爆発します」
「爆発」
彼は真顔になる。
チラッと慎也を見たのは、過去に洗濯機から泡を噴き零した実績があるからか……。
そして鰹だしを入れてちょっと浮いてきた灰汁を取ったあと、ワカメと豆腐を静かーに入れてもらった。
「葱はすぐ煮えちゃうから、仕上げの時でOK。もうちょっと煮えたら味噌入れようか。これも、火を小さくしてね」
「爆発」
「うーんと、味噌は完全に沸騰させちゃうと、香りが飛んで美味しくなくなっちゃうの。さっきの昆布もだけど、沸騰寸前の状態を〝煮えばな〟って言うの。それが一番いい温度」
「煮えばな」
正樹が復唱する。
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